「……様! クリスお嬢様!」
「……ソニア?」
「やりましたよ……お見事でした! 大変、お見事でした!」
光が消え、音と意識が戻ってくると、わたしの手の中には、真っ黒な球体が収まっていた。
冷たい汗が全身から噴き出して、慌てて辺りを見回す。
そのままの姿勢で呆然とするサディアス。後ろにはエアさんとソルトもいる。意識を失ったのはほんの少しの間だったらしい。
「よかった、うまくいったみたい」
サディアスが全身に炎をまとっている時に、一回だけダメージを通した魔法。
あれは咄嗟に、組み立てた魔法の一部に、結晶化のスキルを混ぜたものだった。
魔法を当てる瞬間に、サディアスを守る黒い炎を結晶化で剥がしてから、鉱石の礫をぶつけたのだ。
巨大な黒い炎の塊に、わたしの魔法だけが効いていた理由も同じ。
あれがうまくいったのなら、黒い炎を全部まとめて結晶化させてしまえるのでは、と思ったのだ。
「サディアスさん。これ、返すね?」
「な、な、なんだと……?」
「触れると爆発するんだよね?」
「無駄だぞ、この俺が、自身の炎に焼かれるとでも思うのか?」
「わかってないんだね。今のこれは、わたしが制御したまったく別物なんだよ? でもまあ、試してみればわかるよね。気を付けてね! てえい!」
「なんだと、やめろ! やめてくれ!」
「どかーん!」
「ぎゃあああ!」
コン、とサディアスの頭に球体が当たって、そのままころころと転がる。
「気絶しちゃったみたい。ソニア、この人縛っちゃって。そっちのドリスさんもお願い」
「え……あ、はい」
気の抜けた返事をして、ソニアがのろのろと動いてくれる。
まだぽかんとして、事態を飲み込みきれていないみんなに向き直って、わたしはにっこり笑ってみせた。
「せっかく危ない炎を結晶にしたのに、こんなところで爆発なんてさせるわけないのにね?」
「これはなんとしたことだ、なぜレイジングフレアとハリケーンが拘束されている!?」
クレイマスターに攻めてきたサディアス・レイジングフレアとドリス・ハリケーンの部隊を全員拘束した後、わたしたちはダークナイトさんの転移魔法で王都に戻ってきた。
本当は拘束した全員を転移させたかったけど、いくら魔力があっても足りるものかとダークナイトさんに抗議されてしまった。
仕方なく、サディアスとドリスのふたりと、証人としてダークナイトさんとヘヴィーレインさん、それから精霊の代表として、エアさんとソルトについてきてもらった。
少し無理を言って、エル兄様とシェリル姉様も一緒だ。
ダークナイトさんとヘヴィーレインさんに取り次いでもらって、国王陛下への謁見を果たしたわたしたちは、ざわつく謁見の間にひざまずいている。
「ダークナイト殿、ヘヴィーレイン殿……どういうことですかな?」
「今すぐそのおふたりを開放するのだ。反逆の疑いをかけられた、クレイマスターの者まで連れ立って、どういうおつもりか!」
口々に厳しい言葉を浴びせてくる陛下の側近たちを、ちらりと見上げる。
きっとこの人たちが、ダークナイトさんが言っていた、買収された人たちなのだろう。
その証拠に、視線をダークナイトさんとヘヴィーレインさんに移すと、心の底から楽しそうにぎらぎらした笑顔で、側近たちを睨みつけている。
「ご覧の通りです、陛下。クレイマスターに非はなく、国家反逆を企てていたのはこのふたりでした」
うやうやしくお辞儀をしながらも、ダークナイトさんの口元は意地悪くゆがんだままだ。
せっかく国を守るお仕事をしてきたのに、そういう表情をするから誤解されるのだと思う。
「反逆を企てていたのは、このおふたりとごくわずかな側近の方々だけのようですの。どうかレイジングフレアとハリケーンそのものには、寛大な処置をされますよう進言いたしますわ」
ヘヴィーレインさんが、横からそっと援護する。
「ううむ……どこから話を聞いたものか」
「陛下、惑わされてはなりませんぞ。先にお話した通り、レイジングフレア公爵はこの国の未来を憂いて……!」
「ほお? この国の未来を憂うあまり、レイジングフレア領の地下深くに眠っていた外法の魔導書を発見し、それを陛下に報告するどころか秘密裡に研究するだけでは飽き足らず、クレイマスターに無実の罪を着せた上、神樹と精霊を手中に収めようと暗躍したわけですな? 自らの野心のために、精霊と神樹を焼き払おうとまでしていたとか。そんな彼らをかばうとは、随分と懐を黒き炎で温めてもらったようですな。大臣殿?」
「……根拠のない言いがかりは、よしてもらおう」
「あら、お顔の色が優れませんわよ? ご安心なさって? 先んじて処分をお命じになられたつもりの賄賂の証拠でしたら、すでにしっかりと、こちらで抑えさせていただきましてよ」
ころころと笑うヘヴィーレインさんに、先ほどまで顔を真っ赤にして反論していた数人の側近たちが、真っ青になって崩れ落ちる。
それを見ていた陛下は、色々と悟った様子で顔に手をやった。
「どうやら……私は大きな過ちを犯していたようだ。すぐにクレイマスターのふたりを解放し、ここへ連れてきてくれ」
「賢明なご判断に感謝いたします、陛下」
ダークナイトさんが再び礼をして、すぐにお父様とお母様が解放されることになった。
「サディアス、ドリス。何か申し開きはあるか?」
ありません、とドリスが小さくつぶやき、サディアスは何も言わずにふいと顔をそむけた。
陛下は少し寂しそうな顔をしてから、ふたりを連れていくように命じた。
「クレイマスターの躍進に、精霊の助力があったことは報告を受けている。そこにいるのが、まさしく精霊たちなのだろう? 人前に姿を見せないはずの精霊が、このような場に姿を見せるとは……どうか真実を聞かせてはもらえないか? アレクシスの報告では、たまたま領内に神樹の森があり、森も偶然復活したということだったが、さすがにそれだけではあるまい」
サディアスとドリスは、横柄なところはあったとはいえ、陛下にしてみれば国のために貢献もしてくれたふたりだ。
それがまさか、本気で国をひっくり返して、神樹や精霊を奪うか消してしまうかを企んでいたなんて聞いたら、ショックは大きいはずだ。
だからこそ、なのだろう、陛下がわたしたちに向けた質問には、切実さがにじみ出ていた。



