全速力で、空を駆ける。
 エアさんがヘヴィーレインさんの手を引き、わたしとソニアはソルトの背に乗っている。
 不安と緊張がごちゃ混ぜになったような感覚で、全身がふわふわする。
 城塞都市も心配だし、神樹の森も心配だ。
 その上、精霊が誰かひとりでも消えてしまえば、世界全体に影響が出るという。
 あれこれ考えすぎているのはわかっているのに、考えずにはいられない。
 焦れば焦るほど、自分のいる場所がわからなくなってきて、ぐんぐん通りすぎる景色に頭がくらくらするようだった。
「クリスお嬢様、きっと大丈夫です」
 そっと、背中に手が置かれる。ソニアだ。
 後ろから見ていて、わたしの焦りと不安を感じ取ってくれたらしい。
 ひとりでは抱え込まないと決めていたのに、視野が狭くなっていたみたいだ。
「ありがとう、もう大丈夫」
 意識して、深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
 わたしには、素敵な家族や仲間がいる。
 王都で、懸命に無実を訴え、誤解を解こうとしているはずのお父様やお母様もそう。
 屋敷を守るために武器をとってくれた、エル兄様やシェリル姉様もそう。
 エアさんやソルトも、屋敷に残ってくれたスノーやヒートもそう。
 ダークナイトさんやヘヴィーレインさんもそうだ。
「見えた!」
「……煙が上がっているっすね」
 エアさんの声色に、ぞくりとする。
 怒っている。当たり前だ。長い時をかけて守ってきて、ようやく復活した神樹の森を焼かれているのだとしたら、穏やかでいられるわけがない。
「下りよう、まだ間に合うはず!」
「皆様、私は一足先に行かせていただきますわね。焼いた後は消えてしまう魔法の炎でしょうから、どこまで効果があるかはわかりませんけれど、できるだけ沈めながら追いつきますわ」
 ヘヴィーレインさんが、すいとエアさんの手を放す。
 危ない、と思ったのは一瞬で、ヘヴィーレインさんは魔法で水の塊を足元に作り出して、優雅に着地した。しぶきをあげて魔法の水が消えると、着地したヘヴィーレインさんがひらひらと手を振ってくれる。
 あれだけの魔法が使えるなら、ひとりで動いてもらっても大丈夫だろう。
 わたしたちは森の中心、つまりは神樹を目指して速度を上げた。
 眼下にいる火の兵士たちがこちらに気付き、槍や矢を放ってくる。ここまではほぼ届かないので無視もできるけど、森を壊されながら進んでこられるのは嬉しくない。
「わたしたちがなんとかする。エアさんとソルトは先に行って!」
「クリスさん……ありがとうございます」
 神樹を守るのは、エアさんたちの使命だ。
 わたしはエアさんに大きく頷いて、ソルトの背からソニアと一緒に飛び降りる。
 速度アップをふたつと、身体能力強化、魔力伝導率アップ、魔法範囲アップの五つを重ね掛けしたロッドを振りかざす。
 わたしのロッドの一番の魅力は、魔力伝導率アップだ。
 これはわたしだからこそ最大限に効果を発揮できるバフで、頭の中で思い描いた魔法式を、そのまま出力できるくらい、魔力の伝導効率を高めてくれる。
 着地は、ヘヴィーレインさんの真似をした。わたしとソニア、ふたりが着地できる大きさの、やわらかい土のクッションを作って、その上に降り立った。
「な、子供とメイドだと? どうしてこんなところに……とにかく捕らえろ!」
 ソニアが、槍をくるりと回して構える。
「後ろは私にお任せください。挟撃を防がねばなりません」
「うん、気を付けてね!」
 ぐるりと周りを見回す。ちょうど、火の軍勢のど真ん中に割って入った格好なので、前も後ろも、鎧やローブをまとった兵士ばかりだ。
「ストーンバレット、アースウォール、クリスタルレイン……いっけぇ!」
 魔力伝導率アップのおかげで、思い描いたイメージをそのまま魔法にして、操れる。
 ロッドの先から生み出したいくつもの魔法が、兵士たちを飲み込む。
「なんだこいつ、うわあああ!」
「この、くそ、硬い! ぐはあっ!」
 魔法をかいくぐってわたしのところまできた兵士が、剣を振りかぶる。
「なっ、消えた……?」
「消えてないよ、後ろに回り込んだだけ」
 わたしには、ロッドとは別に、魔法決勝を五つまではめられる腕輪がある。
そっちに、速度アップと筋力アップの結晶をふたつずつ付けてあった。
「よい、しょっと!」
 片手で兵士を持ち上げて、ぽーんと投げ飛ばす。
 筋力アップをふたつ付けてあるからこそできる、まさしく力技だ。
「なんて力だ……本当に人間か!?」
 スピードで翻弄し、力で圧倒し、魔法で制圧する。
 戦うのは楽しくないけど、この場を早く終わらせて、エアさんたちに追いつきたい。
「後ろは片付きました。ここからは私も……と思いましたが、もう終わっていますね。さすがはクリスお嬢様です」
 わたしは、小さく息を吐く。バフ魔法の恩恵を受けずに、ひとりで後ろにいた十数人を片付けてきたソニアの方が、実はとんでもないよね。
 ソニアに笑いかけて、無事を喜ぼうとしたその時、神樹の方で大きな爆発音がした。
「なんですか、今のは……」
「エアさんとソルトが心配、行こう!」