実に興味深い余興だった。
 いいや、あの宴の席自体は、いつも通り変わり映えのしないものではあったか。
 自身の家柄が上に立つべきと信じて疑わない、光の王家にさえ尊大な態度を見せる、派手さと勢いしか能のない火のレイジングフレア。
 火の勢いが強いとみて、軽率に尻尾を振る風のハリケーン。
 燃費の悪さ、使い勝手の悪さ、そして派手さに欠けることで必要以上に委縮し、いいように言われたままのクレイマスターも、自身の主催したパーティーで、公爵家の争いを御しきれない光の王もそうだ。
 変わり映えがしないという意味では、静観していたこの俺も、向かいで茶をすする水の女公爵も、人のことを言えた義理ではないか。
 思わず漏れそうになったため息を隠すように、ティーカップを手に取った。
「先日は、非常に興味深い余興でしたわね、お気付きになりまして?」
「なんのことだ、ヘヴィーレイン」
「まさかですわ。闇の公爵デイビス・ダークナイト様ともあろうお方が、お気付きになられなかったとでもおっしゃるのかしら?」
 試すような大袈裟な口ぶりは、明らかに俺が気付いていることを前提にしたものだ。
 女狐め、こちらから言わせようとせず、さっさと切り出せばよいものを。
 どうせ、考えていることは同じであろうが。
 だからこそ俺は、今日ここに来たのだ。この女も気付いているという確証を得るために。
「回りくどい言い方をする。貴様が言っているのは最後のアレだろう、パトリシア・ヘヴィーレイン」
 返事のかわりに、パトリシアはすうと目を細めた。もちろん、目の奥は笑っていない。
「陛下はもちろん、火も風も、当事者のはずの土の皆様すら、気付いていらっしゃらないご様子だったでしょう? まさかわたくしだけなのかしらと、この国の公爵家そのものに失望するところでしたの」
 ああよかった、とさして安心などしていなさそうに言って、パトリシアが茶を一口含む。
 水の公爵家を名乗るだけあって、ここの水で淹れた茶は旨い。
 お茶請けにと出された菓子は甘すぎて好かないが、パトリシアが自信ありげに振る舞う程度には、高価なものではあるのだろう。これが、俺が甘いものは好かないと知っていて出しているのでなければ、もう少し好感が持てたものを。
「今年の茶もいい出来のようだな」
「露骨にはぐらかされるのね、いじわるなお方」
 どの口が言う。ひとつやり返した気がして、ふんと笑みが漏れる。
 たまには、その余裕ぶった表情を崩してみるといい。
「わたくし、パーティーの後で確かめてみましたの」
「……ほう?」
 俺があえて話を逸らしたのが、お気に召さなかったらしい。
 パトリシアはティーカップを完全に置いて、俺に向き直った。
「舞台の上に、乾きかけた泥がそのまま残っていましたわ」
 土の魔法にも種類がある。
 すべてが、あの余興でクレイマスターの親子がやったように、紋章を象るようなゆっくりしたものばかりではない。
 ものによっては土をえぐり、泥を飛ばすこともあるかもしれない。
「舞台が削れた様子はありませんでしたわ。いいお天気でしたから、舞台に上がる時にどこかから付いたものでもなさそうでしたの」
 俺が頭の中に浮かべた根拠の薄い仮説を、パトリシアが先回りして潰してくる。
「魔法はあくまで魔法。世界に存在するものの姿を借りて現れ、消えていくもの」
 こんなところで復唱してみせるまでもない。誰もが知っている一般常識だ。
「ところが……ですわね?」
 仕方なく頷く。
 クレイマスターの末娘、クリスと呼ばれていたか。
 おそらく魔法の教育などいくらも受けていないであろう、幼いあの娘が咄嗟に使った魔法は、冗談にもならないとんでもないものだった。
 我ながら馬鹿げた考えだと思ったが、俺もパトリシアと同じように確かめたのだ。
 魔法はあくまで魔法。世界に存在するものの姿を借りて現れ、消えていくもの。
 あの娘の魔法は確かに、それを覆していた。
「気を付けておく必要がありそうだな」
「まあ怖い。例えそうだとしても、あのレベルなら様子を見てもよろしいのではなくて?」
「本質がわかっていないな、ヘヴィーレイン。魔法の完成度は問題ではない」
 パトリシアは、楽しそうに目の端だけで笑った。
「どの程度、様子を見ようとお考えなのかしら? まさか、攫ってこいとはおっしゃらないでしょう?」
「まさかだな。機会があればもう少し間近で見て、話を聞ければとは思うが」
「間近で話を……ということは?」
「冗談はほどほどにしろ」
 間近で見て話をするために、攫ってくるのでは?
 そう言いたげなパトリシアを一蹴して、カップの底に残った茶を一気に飲み干した。
「では失礼する」
「もう少しゆっくりされていかれませんこと? 名目は、自領発展のための他領視察でしょう? まっすぐ私のところへ飛んでいらして、他に何も見ずに帰られたのでは、あらぬ噂が立ちましてよ?」
「問題ない。そんな噂が万が一立った時のために、その言い訳を用意しているのだからな」
「頑固なお方ですわね、お帰りの際はお気をつけて」
「誰に言っている」
「誰にでも言いますのよ、このセリフは。社交辞令ってご存知かしら? あなたの場合は、早すぎるお帰りにもお気をつけて、と皮肉を込めたつもりですけれど」
「……失礼する」
 つれないのね、と笑ったパトリシアに背を向ける。
 確認は取れた。響いているかは別にして、パトリシアが人攫いだとかの強硬手段に出ないよう牽制もした。
 ひとまずは、じっくり様子を見させてもらうとしよう。六大属性のパワーバランスに影響を及ぼしかねないイレギュラーではあるが、さて。