王都から緊急の招集がかかったのは、それから三カ月ほどが経った頃だ。
使者の人が言うには、どうしても早急に、直接話がしたく、家族全員で王都へ来るようにとのことだった。
定期的に催されている、六属性が集まるパーティーの時期からはずれている。
新しい魔法の報告後に拝命した、建物や道路を整備する役割についても、特別に問題は起きていないし、定期的な報告の時期でもない。
思い当たるのはやはり、先週末に献上した、魔法効果を付与した剣のことだろうか。
陛下への献上用だからと、随所に装飾を施して鞘にもこだわったので、完成までにだいぶ時間がかかったのだという。
刀身を鍛えたのは親方だが、そこからいくつかの職人の手にわたって、特別な装飾と鞘をあつらえたというわけ。
完成品を受け取ったお父様は、陛下へ会って報告をするために王都まで行ってきた。
念には念を入れて、誤解のないようにやってきたはずなのに、戻ってきてすぐに家族全員を招集するなんて、何があったのだろう。
献上した剣にしても、気を遣ったつもりだった。
ソルトお手製の防御力アップの魔法にしたから、例えば速度アップで勢い余ってどこかから転落するとか、そういう事故が起きる可能性も低いはずだ。
「わたしたちも一緒に行くの?」
「そうだよ。陛下は私たち全員に直接会いたいと仰せのようなんだ」
「念のため、これも持っていく?」
「いいや、それは置いていこう。先に献上した剣のことで何か誤解を招いているのであれば、さらに強力な装備をもって王都に行くのは、よくないだろうからね」
これとかそれとか言っているのは、わたしたち専用のエンチャント装備だ。
陛下への献上までにだいぶ時間があったおかげで、わたしたちはエンチャント装備の改良にたっぷり時間をかけられた。
複数のバフ魔法を重ね掛けして練り込んだものも、いくつか作ってみたのだ。その結果、効果が高すぎて、怖くなるくらいのものもできた。
それらは、エアさんにも協力してもらって、結晶化と魔法式を駆使して、ちょっとした認証機能をつけてある。
具体的には、それぞれの魔力に反応して、バフ効果が起動するような仕組みにした。
持ち主に設定した人以外の誰かがそれを手にしても、バフ効果は得られない。
考えたくはないけど、万が一盗まれても、悪用はしにくいはずだ。
わたし、エル兄様、シェリル姉様の分を先に作ってから、お父様、お母様の分も作りたいと相談したのだけど、お断りされてしまった。強すぎる力を、公爵やその妻としての立場で持つのはよくないからだそうだ。
結晶そのものをはめ込んで使う装飾品の方も、わたしの腕に合うようなおしゃれな腕輪を作ってもらった。
重ね掛けできる数は、試作品と同じく五つにしてある。それより多いと、制御の難易度がはね上がるからだ。とはいえ実際のところ、専用エンチャント装備と腕輪とで、わたしは最大十個分まで制御できるようになっている。
「さて、私たちは陛下へ報告してくるよ。シェリルとクリスは、別邸で待っていてくれ」
王都に到着したわたしたちは、結局二手にわかれることになった。
家族全員で来てほしいと言われてやってきたものの、わたしやシェリル姉様は、公式の場での報告には若すぎると判断されたらしい。
王都にある各属性の公爵家別邸で、待機するよう言い渡された。
公爵家の別邸は、定期的に開催されるパーティーの時や、王都で公爵家としての役目を言い渡される時の滞在と、その際の公爵家同士の会談に使う。
別邸も新しい魔法でピカピカにしたので、数カ月前とは見違えるほど綺麗になっている。
「エアさんたちも一緒に来れたら、何か誤解があっても早そうだったのにね」
「神樹を守るのが一番の使命なんでしょう? 仕方ないよ」
エアさんやソルトたち四属性の精霊は全員、クレイマスターに残っている。
ヒートが教えてくれた、レイジングフレアの外法のこともあって、少し嫌な予感がするということで、エアさんから丁重にお断りされた。
「まあでも、何かの誤解じゃなくて、いよいよクレイマスターがしっかり認められて、急遽お褒めの言葉をいただくのかもしれないわよね?」
「シェリル姉様、前向き!」
「だって、そうでもなければ、私たち全員を呼んだりしないと思わない?」
「うん……そうかも!」
「クリスお嬢様、シェリルお嬢様、お茶が入りましたよ」
ソニアと、シェリル姉様の専属メイドに呼ばれて、温かいお茶を楽しむ。
シェリル姉様はああ言っていたし、わたしも前向きに考えたい。
だけど何かこう、エアさんたちの話ではないけど、どうしてもぬぐえない胸騒ぎのようなものがあった。
そしてそれは、時間が経てば経つほど濃くなっていく。
お茶を飲み終わり、ひとしきりしゃべり終えて、シェリル姉様がうとうとし始めた頃、その不安は残念ながら現実のものになる。
「エルドレッド様がお戻りです!」
ソニアの声に、はじかれたように立ち上がる。
戻ってきたのは、エル兄様だけ?
どういうことなのだろう。
まだ眠そうなシェリル姉様ものそのそと起きだして、ふたりで玄関に向かう。
そこには、真っ青な顔をしたエル兄様が、息を切らせて立っていた。
「父さんと母さんが……国家への反逆を企てた罪で、軟禁されてしまった」
「そんな! 反逆なんて、そんなわけないのに!」
一気に眠気が吹き飛んだようで、シェリル姉様が絶叫する。
「もちろんだよ……僕も、父さん母さんも必死に反論したさ」
ソニアから水を受け取り、一息にあおってから、エル兄様が説明してくれる。
悪辣な外法を用いた禁忌の魔法、それによる領地の急速な発展、神樹と精霊の洗脳と囲い込み、果ては魔法の力を込めた装備を秘密裏に開発した上、その中のひとつをこれ見よがしに陛下に送りつけ、宣戦布告に等しいふるまいをしたというのだ。
エル兄様だけが解放されたのは、領地へ戻って、隠ぺいしているすべてを差し出せば、両親を開放するという条件を出されたからだ。
何から何まで、すべてがおかしい。
悪辣な禁忌の魔法だなんて、ひどすぎる。
王国史上類を見ない、奇跡的な出来事が続いているからこそ、なるべく丁寧に報告しておきたい。お父様はそう言って、毎回必ず、直接王都に出向いて報告をしてきた。
誠実さを見せて、クレイマスターの成果が認められてきたからこそ、名誉あるお役目として建物や道路の整備を任されたはずじゃないか。
神樹の管理にしたって、いったんはクレイマスター預かりとするようお達しがあったのだから、どこにも国家への反逆要素なんてないはずだ。
今回、献上用に作ったエンチャント仕様の剣にしても、何ができるかを隠さないようにするために献上したのだ。
宣戦布告だなんて言われたら、クレイマスターの職人たちも悲しむに違いない。
エル兄様の話を聞き終えて、わたしは自分が唇を強く噛んでいたことに気が付いた。口の中に広がる血の味に、頭の奥がにぶく痛む。
これは本当にあの、優しそうな陛下のお考えなのだろうか。
みんなの表情も暗い。実際に話を聞いてきたエル兄様はもちろん、シェリル姉様は泣きそうになっているし、ソニアたちや別邸のメイドも、顔をこわばらせている。
「……とにかく一度、クレイマスターに戻ろう」
「でもお兄様……何も隠してなんていないのに、どうするの?」
シェリル姉様が、震えた声で聞く。
その通りだ。クレイマスターは何も隠してはいない。
反逆の企てなどしていないし、出せる情報はすべて出してきたつもりだ。
「父さんは今、この一連の出来事の首謀者ではないかと疑われているんだ。まだ報告していないものがないか整理して、すべて持っていくしかないと思ってる。できれば、精霊のみんなにも……例えばエアさんだけでも、王都で弁明をしてもらえれば、きっと」
「そうね、エアさんたちに協力してもらえれば……!」
本当にそうだろうか。わずかな希望にかけて、無理やり笑顔を作るふたりとは反対に、わたしの不安は消えてくれない。
お父様やお母様が、これだけ正直に報告を積み重ねてきた上で、この状態だ。
追加でちょっとした情報を出したところで、状況が変わるとは思えない。
強いて言うなら、エアさんたち精霊についての報告は、お父様も考えることが多かったようだし、誤解を生んだ可能性はある。
エアさんに頼んで、自身が精霊であり、クレイマスターに協力しているのだと話してもらえれば、それなりのインパクトはあるだろう。
ただしそれが、いい方向に転がるかどうかは判断できない。
やはり精霊を洗脳して、反逆を企てていたのではないかと、疑いを濃くする恐れもある。
それくらい、道理を捻じ曲げるようないやらしさを感じる。
これは五歳のクリスティーナではない、前世のわたしが鳴らし続ける警鐘だ。
炎上案件の責任を、トカゲの尻尾切りのように、孫請け会社が取らされるニュースを目にした時のような気持ち悪さを、感じずにはいられない。
「ふたりとも待って。もう少しだけ、落ち着いて考えてみようよ」
「すまないクリス、落ち着いて考えている時間はないよ。こうしている間にも、父さん母さんはどんな尋問を受けているか」
実際にその場にいたからこそ、ただならぬ気配を感じ取っているのだろう。
エル兄様はおそらく、わたしたちに気を使って軟禁と表現したのだろうけど、実際は無理やり捕まったような状態なのかもしれない。
「こんな無茶苦茶な話なのに、ただ正直に答えるだけで、本当に許してもらえるのかな? 何をしても、許してもらえないんじゃ……!」
思わず、わたしは拳をギュッと握りしめて、声を大きくしていた。
しまったと思う。エル兄様の顔色がもはや蒼白になり、シェリル姉様も目に涙を浮かべている。ふたりだって不安に決まっているのに、それを煽るような言い方をしてしまった。
「あ……ごめんなさ――」
「なるほどなるほど。クレイマスターのお嬢さんは、これが国家側の陰謀であると、そうお考えなのかね?」
謝ろうとしたわたしの背を、低いのによく響く、こちらを試すような声がぞわりと撫でた。



