あめ降る日々


それからきっかり一週間後、谷口から電話が掛かってきた。しなくていいと言ったのに、優馬くんのことを調べてくれたのだろうか。宿題をこなしていた手を止めて、応答のボタンを押す。


「坂田優馬は2年前に亡くなってる」

谷口の第一声はそれだった。意味が、分からなかった。
 
「沙紀、聞いてる?」
「えと、ごめん、意味が分からなくて」
「いや、意味が分かんないのは俺の方だよ。沙紀が言ってるのって、本当に坂田優馬なんだよな?」
 
谷口の声は険しかった。それが、彼が嘘を言っていないということの証拠だろう。そもそもそういうタチの悪い冗談を言うような人間ではない。
 
「だって、本人がそう名乗ってた」

返事をする声が震える。優馬くん本人が名乗ったのだ。それを疑ったことなんてない。でも、もしそれが嘘だとしたら。嫌な汗がじんわりと額に滲んだ。

「それならそいつは、死んだ人間の名前を騙ってるってことになる。おかしいだろそんなの」
「でも、優馬くんはそんなことする人間じゃない……と思う」
「じゃあなんなんだ。少なくとも俺の学年には坂田って名字のやつはいない。他の学年を調べたって、同姓同名のやつはいなかった」 

徹底的に調べてくれたらしい。そこまで言われてしまうと、言い返しようがない。ここで谷口にはっきり言い返せるほど、私は優馬くんことを知っているわけではないのだから。
 
「なぁ、お前なんか変なことに巻き込まれてるんじゃないのか。気をつけろよ。嘘の名前教えるやつなんて、どんな理由があったとしてもまともじゃないだろ」

何も言い返せなくなった私に、谷口はそう言った。心配してくれているのが伝わってくる。だが、優馬くんのことをそんなふうに言ってほしくはなかった。少なくとも私の知っている優馬くんは、誰かを騙して悪いことをしようとするような人ではない。
 
「ごめん、正直今は頭が追いついてない。整理ができたらまた連絡するから」
「分かった。でももし何か危ないなって感じたら、俺でも誰でもいいからすぐに言えよ」
 
そんなやり取りをして、電話を終わらせる。声がなくなると、自分の鼓動の音が聞こえた。頭がぐるぐるして、瞬きが多くなる。机の上のプリントに目を落とすが、全く頭に入ってこない。私は立ち上がって、ベッドに移動した。小さいころから使っている抱き枕をぎゅっと抱いて、どうにか心を落ち着かせようとする。もし、谷口の言っていることが本当だったら、なぜ名前を偽る必要があるのだろう。本名がばれたらまずい理由があるのか。それか、もし考えられることがあれば。

「……幽霊?」
 
しんとした部屋に、半開きになっていた私の口からそんな言葉が落ちた。自分が言ったことなのに驚いてしまう。
 
「いやいや、それはないでしょ。まさかそんなことあるわけないじゃん!」

あえて明るめに否定する。さすがにそれは有り得ない。漫画の読みすぎだ。飲み物のこととか、服のこととか、確かに不自然なところはあるけれど、幽霊なんて存在するはずがない。

「なんで……」
 
それ以上は何も言葉が出てこなかった。なんで、に続く言葉が何なのかは、自分でも分からない。ただ、彼の正体に対する不安だけが私の中に残っていた。