「遅かったね。今日は部活ない日でしょ?」
家に着いてリビングに入ると、ママは開口一番にそう言った。料理中らしく、キッチンからこちらを見ている。怒っている口調ではないものの、なんとなく責められているような感じがして、居心地が悪かった。
「うん。でも友達と話してたら盛り上がっちゃって」
嘘はついていない。ママの知っている私の友達の中に、優馬くんがいないというだけの話だ。ママはなおも、何か言いたげに私を見てくる。水が沸騰しているのか、グツグツという音が部屋に響いていた。
「誰ちゃんと話してたの?」
「……別に誰でもよくない?」
「教えてくれてもいいじゃん。なんで隠すの? ママの知ってる子?」
「知らない子だよ。別のクラスの子だし」
やっぱり嘘はついていない。別のクラスというより別の学校ではあるけれど。毎日しつこくいろいろ聞かれるうちに、嘘をつくのも、嘘をつかずに濁すのも上手くなってしまった。今回は後者を選んだけど、適当な嘘で乗り切ることも多分可能だ。ただ、嘘をつくと優馬くんの存在をないことにするみたいで少し嫌だった。
自分の部屋に戻ると、自然とため息が出た。あと30分もしないうちに夜ご飯の時間になる。そしたらまたママからいろいろと言われるだろう。時期的に来週のテストの話が話題にあがりそうだ。勉強はそんなに嫌いではないが、勉強の仕方やテストの結果に口を出されるのは嫌だった。毎度テスト前後は気が重い。
「だるいなぁ」
心の声が漏れたのに合わせて、ベッドに倒れ込む。その勢いで何か硬いものが太ももに当たった。さっきもらった飴だ。スカートにしまっていたのを忘れていた。包みを解いて口に含むと、やはりとても美味しい。それだけで幾分か気持ちが明るくなる。優馬くんがくれた飴だから、というのもあるだろうか。優馬くんと出会ったことで何かが大きく変わったわけではないが、多少なりとも楽しい気持ちになる時間は増えている気がした。



