あめ降る日々

 
「あ、そうだ。ちょっと手出して」

しばらく雑談をしていると、彼が急にそんなことを言い出した。よく分からないが、悪い予感はしなかったので、大人しくそれに従う。コロンと手に落とされたのは、白い包みの飴玉のようなものだった。

「飴? 私がもらっていいの?」
「うん。たくさん持ってるから、もらってくれると逆に助かる。これすごく美味しいんだよ」
 
唐突ではあったものの、くれるというのならもらってしまおう。飴は好物だし、彼の顔もタイプなのだから。その場で包みを解いて舐め始めると、彼はまた顔を綻ばせた。
 
不思議な味。最初の感想はそれだった。こういう表現をすると不味そうに聞こえるかもしれないが、実際はその逆だ。とても美味しい。甘いような、酸っぱいような、ほんのり苦いような、そんな味がうまく混ざりあっている。こんな美味しい飴を知らずにいたなんて、飴好きが聞いて呆れる。そんなレベル。

 
「あめは嫌い?」

突然彼にそう尋ねられてハッとした。飴を口に入れたまま、しばらくぼーっとしてしまっていた。一瞬、飴か雨か分からなかったが、イントネーション的に雨のことだろう。

「うーん、あんまり好きじゃないかな」

そう言って笑ってみせると、彼は悪戯っぽく微笑んで再び尋ねてくる。

「じゃあ、あめは?」
「そっちは好き。君は?」

今度はきっと飴のことだ。答えつつ私の方からも聞き返してみる。たくさん持っているからと、一つ分けてくれたくらいだ。おそらく飴好きの同志だろう。だからこの質問にあまり意味はないのだが。

「俺も好きだよ」

彼が声を少し低くして言ったその言葉に、不覚にもキュンとしてしまった。かっこいい男の子に、まっすぐに見つめてそんなことを言われたら、そうなるのは必然だろう。なんて、私の惚れっぽさを正当化しようとしているだけなのかもしれない。心なしか熱くなった頬を、手で仰いで冷ます。

「あめ」
「ん?」

気がつくと彼は道路の方を見ていた。つられて私もそっちを見る。どんよりとした雲がいることに変わりなかったが、雨自体は止んでいるようだ。たしかに先ほどから雨音があまり気にならなくなっていた。向こうの方の空は晴れているから、じきにこの辺りも晴れるだろう。

「止んだね。もう帰る?」

彼に尋ねた。普通に聞いたつもりが、思ったよりも暗い声が出てしまった。まるで引き留めようとしているかのように。実際、そういう気持ちが全くなかったとはいえない。

「……まだ帰らない」

彼はちょっと考える素振りをして、そう答えた。私の気持ちが伝わってしまったのだろうか。何にせよ嬉しいことには違いなかった。
 
それからしばらく、たわいのない話を続けた。改めて軽く自己紹介。そして、お互いの学校の話、中学時代に流行ったものの話、好きなお菓子の話。初対面だというのに、話は途切れることがなかった。彼とは妙に話しやすいのだ。こちらを否定することもないし、マウントを取ってくることもない。話していて気が楽だった。
 
「優馬くんの学校変な人多いよね」
「いやいや、沙紀ちゃんのところほどじゃないって」
 
自己紹介で教えあった名前を呼ぶのにも、お互い躊躇がなかった。彼、坂田優馬くんは、ここから歩いて20分ほどのところにある男子校に通っているらしい。家も近所にあるそうで、徒歩通学だという。そんなところも私と同じで親近感が湧いた。