「……怒鳴ってごめん。沙紀ちゃんが悪いわけじゃないのに」
今度は泣きそうな声で謝られる。だめだと言ったのが彼の本意ではないことはすぐに分かった。私が黙り込むと、優馬くんは再び口を開いた。
「俺が死んだのも雨の日でさ、あそこの交差点で傘さし運転のチャリとぶつかっちゃって。死んだ後、なんかよく分からないんだけど、真っ暗な空間で変なやつに声を掛けられたんだ。思い残してることがあるなら、それが叶うまで成仏は待ってやってもいい。そう言われた」
訥々と語る姿を、私はじっと見つめた。これが見納めになるかもしれない。そんな気持ちもあって、目が離せなかった。
「俺はとにかくこの世からいなくなるのが怖くて、咄嗟に恋をしてみたいって言ったんだ。誰かに恋したことがないのは事実だしね。そしたら、3つの条件つきで認められた」
雨の日以外はこの世に現れることはできない。
死んだ場所から半径500m以内でしか動けない。
恋をしたら、成仏をしなくてはならない。
それが3つの条件だと彼は言った。
「だから俺は成仏しなくちゃならない」
私は恋愛ごとに鈍くない。優馬くんが恋をした相手が誰かなんて聞かなくても分かる。話し終えてこっちを見据えた彼にそっと近づいた。雨がさらに激しさを増す。
「いつ? いつまでなら一緒にいられるの?」
努めて落ち着いて言おうと思ったが、どうしても感情的な言い方になってしまう。優馬くんは気まずそうな顔をして答えた。
「この雨が止むまで」
その返答に、私は言葉を失った。そんなの不明確だ。でも、そんなに長い時間が残されているわけではないことは分かる。おそらく夜になる前には、この雨は止んでしまうだろう。
そこからは沈黙が流れた。いつもは何も考えずにいろいろ話せるのに、一番話すべきタイミングで何を言っていいのか分からない。時間がないと思えば思うほど、言葉が出て来なくなっていった。
「雨、激しいね」
しばらくの沈黙の後、優馬くんが呟いた。声は出さずに、うんと頷く。
「仕方のないことだけど、俺ら雨の景色しか一緒に見てないね」
私はまた、うんと頷いた。声を出したら何かが決壊してしまう気がした。
「俺、沙紀ちゃんともっと……」
彼はそこまで言って口を閉じた。また静かになってしまう。もっと、に続く言葉はあえては問わなかった。



