俺の喉と同じようにカラカラに乾燥した晴れた冬の空の下で、
ザァザァぶりの雨に打たれているような気持ちで、
その言葉を聞いた。
「智司、鈴原君に告白されたんだ」
梨穂子がぽつりと呟いた言葉は、まるでハンマーで殴られたように俺に降り注ぐ。覚悟してたのに。
漸く俺は直面した。梨穂子が好きだ。
俺と梨穂子との関係はただの幼馴染。けど、いつからかはわからないけど、ずっと好きだった。
今も昔も、表面上は仲がいいわけじゃない。出会ったのは物心付く頃で、近所の公園だった。梨穂子はいつも同じ幼稚園の子と遊んでいた。俺はその頃引っ越したばかりで、一緒に遊ぶ友達もいなくて、だいたいが１人でブランコに座っていた。
公園には１本の大きな楓の木がある。公園の端にあるブランコからだけ、その木の裏で泣いていた女の子が見えた。いつも誰かと一緒にいたのに、その時は一人に見えた。俺と同じように。だから声をかけた。
「大丈夫？」
「えっ？ どうして？」
「どうして？」
「なんで見てるのよ！」
いきなり睨まれて、怒りをぶつけられた。なんだコイツ、そう思った。
梨穂子はただ、俺に見られてるとは思っていなかったんだろう。その一瞬の驚いたような顔は妙に印象に残り、涙を拭って僕を睨む表情に、やっぱり俺とは違う人間だと感じた。
「話しかけちゃ駄目だった？」
「……まぁいいよ。ここは私だけの場所じゃないもの」
その少しだけ大人びた言葉も、また。
「でもこれは秘密ね、絶対」
難しい顔で言い放たれた『秘密』という言葉は、それからずっと俺の心の底に仕舞われた。秘密として。
思い返せば小さい頃の梨穂子はとても偉そうで、他の男子とすぐ口喧嘩になった。けれど最終的に拳を振り上げられれば、それでお仕舞だ。それは気の強い梨穂子には我慢ができないことだったんだろう。だからそれ意向、公園の端っこにいる俺のところにやってきて、隣のブランコに後ろ向きに座る。俺にも隠しているんだかちょっとだけ泣いているようで、それでひとしきり文句を言ってニコッと笑って、そこであったことを全部わすれたようにまた友達のところに戻っていった。まるで夏の夕立のように突然激しく訪れて、カラリと晴れ上がってもう雨の欠片も見いだせない、そんな様子。そしてやっぱり、それも俺の『秘密』の内側にそっと仕舞われた。
梨穂子は怒ったり泣いたりする姿を他の友達には見せなかった。そんな姿知っているのは、少し離れて見ていた俺だけだったと思う。だからそれも俺にとっては特別で、やっぱり心の底に仕舞った。
けれど何度考えても俺と梨穂子の間にあるのはやっぱり、それだけなんだ。
そもそも梨穂子は困っていることを自分自身で解決していた。ほんの僅かのどうしようもない時だけ俺の隣で色々と文句を言う。きっとあの楓の木にしていたのと同じように。
俺もただ、楓の木と同じように梨穂子の話を隣で聞いているだけで、だから俺がなにかの解決に役に立つわけじゃ全然ない。ただ、そこにいるだけ。でも怒ったり泣いたりする梨穂子を知っているのは俺だけで、そう思うと梨穂子は特別な存在だった。
梨穂子はそう思っていたわけではないと思う。俺は他に喋るような友達もいなかったし、だから『秘密』を丸めて捨てるには丁度よかったんだろう。
俺の中にはそんな梨穂子の『秘密』が少しづつ堆積して膨れ上がり、いつのまにか心の大きな部分が占められていた。
近所だから、俺と梨穂子は小中学校の学区が同じだった。半分くらい同じクラスだったけど、学校にいる間に梨穂子と話すことはほとんどない。日直とか係とか、話しかける必要があっておかしくない時だけだ。
それ以外で親しく話しかけでもしたら揶揄われるだけだし。だから別にそれでよかった。放課後、帰り道でたまに会った。何しろ帰るのは同じ方向だし、でも会って何をするというわけでもない。
俺はずっと帰宅部で、授業が終われば毎日同じルートで寄り道しながらゆっくり家に帰るのが日常だった。梨穂子と会えないかと少しだけ期待して。
「今帰り？」
「ああ」
「暇？ ちょっと聞いて欲しいことがあって」
「いいよ。俺も暇だし」
「この間３組の子がさ、廊下でね」
「うん」
梨穂子が俺に用がある時は、帰り道で俺を捕まえた。公園で文句を聞いたり買い食いをしたり、ごくたまにそのままどこかに遊びに行った。ブランコにのるようなちょっとした牙r祭。
でもそれだけで、頻度もそんなに多くなかった。ごくたまに。でもそれだけで、俺の中の秘密は醸造されて、その気持ちはいつしか『好き』になっていたこと、それをうっすらと感じていた。心の底で。
でも、一緒に行ったところは覚えている。
雪の降り初めの白い公園に足跡をつける梨穂子。
すっかり日が落ちるのが早くなってオレンジ色の中に浮かぶ影法師みたいに分かれ道で手を振る梨穂子。
熱い夏にかき氷を食べに行こうと遠出して結局帰りも汗だくになったことに不満を漏らす梨穂子。
好きだ。
それはどんどん大きくなっていく。
でも、これでいい。このままで。
たまに話して、たまにどこかに一緒に行って。『幼馴染』という名前のついた、どうとでも言い訳ができて、だからこそ気軽な、そんな微妙な関係性。それ以上でもそれ以下でもなく。
でも、それでいい。そのままで。
梨穂子の人生にちょっとだけ引っかかっていれば、それで満足だ。俺の中の『秘密』という言葉が俺にそう囁く。俺が『秘密』を保管するからこそ、この関係は細々と続いている。
そもそも梨穂子が俺を好きになるとは思えなかった。俺はただ、そこにいるだけで何の役にもたたない。相槌を打つ分、楓より少しマシという程度。思い返せばアドバイスの1つもしていない。その関係性はずっと変わらなかった。だから俺から何かのアクションを起こして、この関係が壊れるのが怖かった。もし壊れてしまったら。そう思うと何もできなくなる。
高校生になって梨穂子はなんだか綺麗になった。だから梨穂子がそのうち誰かを好きになって、その誰かと付き合うようになるんだろうなと思って、なんとなく思ってた。周りの男子が話す恋愛話みたいに、その中の誰かが。でも仕方がないと思ってた。
それでもたまに俺を思い出してくれて、今みたいに俺に文句を言いに来て、それでまた去っていけばいい。俺の存在が梨穂子の中で意味がなければないほど、きっと意味なく話しかけてくれそうな、そんなことを期待した。玄関においた写真をたまにふと見るような。『幼馴染』っていう微妙な関係が梨穂子の記憶に小さく引っかかっていればそれで。
そう思ってた。
けれどもそれは随分先細りなことも、いつのまにか感じていた。あまりに比重が大きくなりすぎた『好き』を直視したくなかったんだ、ずっと。
ザァザァぶりの雨に打たれているような気持ちで、
その言葉を聞いた。
「智司、鈴原君に告白されたんだ」
梨穂子がぽつりと呟いた言葉は、まるでハンマーで殴られたように俺に降り注ぐ。覚悟してたのに。
漸く俺は直面した。梨穂子が好きだ。
俺と梨穂子との関係はただの幼馴染。けど、いつからかはわからないけど、ずっと好きだった。
今も昔も、表面上は仲がいいわけじゃない。出会ったのは物心付く頃で、近所の公園だった。梨穂子はいつも同じ幼稚園の子と遊んでいた。俺はその頃引っ越したばかりで、一緒に遊ぶ友達もいなくて、だいたいが１人でブランコに座っていた。
公園には１本の大きな楓の木がある。公園の端にあるブランコからだけ、その木の裏で泣いていた女の子が見えた。いつも誰かと一緒にいたのに、その時は一人に見えた。俺と同じように。だから声をかけた。
「大丈夫？」
「えっ？ どうして？」
「どうして？」
「なんで見てるのよ！」
いきなり睨まれて、怒りをぶつけられた。なんだコイツ、そう思った。
梨穂子はただ、俺に見られてるとは思っていなかったんだろう。その一瞬の驚いたような顔は妙に印象に残り、涙を拭って僕を睨む表情に、やっぱり俺とは違う人間だと感じた。
「話しかけちゃ駄目だった？」
「……まぁいいよ。ここは私だけの場所じゃないもの」
その少しだけ大人びた言葉も、また。
「でもこれは秘密ね、絶対」
難しい顔で言い放たれた『秘密』という言葉は、それからずっと俺の心の底に仕舞われた。秘密として。
思い返せば小さい頃の梨穂子はとても偉そうで、他の男子とすぐ口喧嘩になった。けれど最終的に拳を振り上げられれば、それでお仕舞だ。それは気の強い梨穂子には我慢ができないことだったんだろう。だからそれ意向、公園の端っこにいる俺のところにやってきて、隣のブランコに後ろ向きに座る。俺にも隠しているんだかちょっとだけ泣いているようで、それでひとしきり文句を言ってニコッと笑って、そこであったことを全部わすれたようにまた友達のところに戻っていった。まるで夏の夕立のように突然激しく訪れて、カラリと晴れ上がってもう雨の欠片も見いだせない、そんな様子。そしてやっぱり、それも俺の『秘密』の内側にそっと仕舞われた。
梨穂子は怒ったり泣いたりする姿を他の友達には見せなかった。そんな姿知っているのは、少し離れて見ていた俺だけだったと思う。だからそれも俺にとっては特別で、やっぱり心の底に仕舞った。
けれど何度考えても俺と梨穂子の間にあるのはやっぱり、それだけなんだ。
そもそも梨穂子は困っていることを自分自身で解決していた。ほんの僅かのどうしようもない時だけ俺の隣で色々と文句を言う。きっとあの楓の木にしていたのと同じように。
俺もただ、楓の木と同じように梨穂子の話を隣で聞いているだけで、だから俺がなにかの解決に役に立つわけじゃ全然ない。ただ、そこにいるだけ。でも怒ったり泣いたりする梨穂子を知っているのは俺だけで、そう思うと梨穂子は特別な存在だった。
梨穂子はそう思っていたわけではないと思う。俺は他に喋るような友達もいなかったし、だから『秘密』を丸めて捨てるには丁度よかったんだろう。
俺の中にはそんな梨穂子の『秘密』が少しづつ堆積して膨れ上がり、いつのまにか心の大きな部分が占められていた。
近所だから、俺と梨穂子は小中学校の学区が同じだった。半分くらい同じクラスだったけど、学校にいる間に梨穂子と話すことはほとんどない。日直とか係とか、話しかける必要があっておかしくない時だけだ。
それ以外で親しく話しかけでもしたら揶揄われるだけだし。だから別にそれでよかった。放課後、帰り道でたまに会った。何しろ帰るのは同じ方向だし、でも会って何をするというわけでもない。
俺はずっと帰宅部で、授業が終われば毎日同じルートで寄り道しながらゆっくり家に帰るのが日常だった。梨穂子と会えないかと少しだけ期待して。
「今帰り？」
「ああ」
「暇？ ちょっと聞いて欲しいことがあって」
「いいよ。俺も暇だし」
「この間３組の子がさ、廊下でね」
「うん」
梨穂子が俺に用がある時は、帰り道で俺を捕まえた。公園で文句を聞いたり買い食いをしたり、ごくたまにそのままどこかに遊びに行った。ブランコにのるようなちょっとした牙r祭。
でもそれだけで、頻度もそんなに多くなかった。ごくたまに。でもそれだけで、俺の中の秘密は醸造されて、その気持ちはいつしか『好き』になっていたこと、それをうっすらと感じていた。心の底で。
でも、一緒に行ったところは覚えている。
雪の降り初めの白い公園に足跡をつける梨穂子。
すっかり日が落ちるのが早くなってオレンジ色の中に浮かぶ影法師みたいに分かれ道で手を振る梨穂子。
熱い夏にかき氷を食べに行こうと遠出して結局帰りも汗だくになったことに不満を漏らす梨穂子。
好きだ。
それはどんどん大きくなっていく。
でも、これでいい。このままで。
たまに話して、たまにどこかに一緒に行って。『幼馴染』という名前のついた、どうとでも言い訳ができて、だからこそ気軽な、そんな微妙な関係性。それ以上でもそれ以下でもなく。
でも、それでいい。そのままで。
梨穂子の人生にちょっとだけ引っかかっていれば、それで満足だ。俺の中の『秘密』という言葉が俺にそう囁く。俺が『秘密』を保管するからこそ、この関係は細々と続いている。
そもそも梨穂子が俺を好きになるとは思えなかった。俺はただ、そこにいるだけで何の役にもたたない。相槌を打つ分、楓より少しマシという程度。思い返せばアドバイスの1つもしていない。その関係性はずっと変わらなかった。だから俺から何かのアクションを起こして、この関係が壊れるのが怖かった。もし壊れてしまったら。そう思うと何もできなくなる。
高校生になって梨穂子はなんだか綺麗になった。だから梨穂子がそのうち誰かを好きになって、その誰かと付き合うようになるんだろうなと思って、なんとなく思ってた。周りの男子が話す恋愛話みたいに、その中の誰かが。でも仕方がないと思ってた。
それでもたまに俺を思い出してくれて、今みたいに俺に文句を言いに来て、それでまた去っていけばいい。俺の存在が梨穂子の中で意味がなければないほど、きっと意味なく話しかけてくれそうな、そんなことを期待した。玄関においた写真をたまにふと見るような。『幼馴染』っていう微妙な関係が梨穂子の記憶に小さく引っかかっていればそれで。
そう思ってた。
けれどもそれは随分先細りなことも、いつのまにか感じていた。あまりに比重が大きくなりすぎた『好き』を直視したくなかったんだ、ずっと。
