【プロローグ】あなたと私
――ぴちゃん、ぴちゃん、

 赤い雫が零れ落ちる音。

――ポタ、ポタ、

 透明で澄んだ雫が『私』の頬に降り注ぐ音。


 星ひとつない曇天の夜空。見渡す限り赤、赤、赤。
 黒にも見える血の赤。鮮やかな炎の赤。そして、『私』からあふれ出す赤。

 生ぬるい風が『私』の鼻をかすめる。

 噎せ返るような血の匂い。何かが腐ったような不吉な穢れの匂い。
 まるで、地獄で吹いている風のよう。


――嗚呼、最後にあなたと満開の桜が見たかった。
――桜の香りに包まれてあなたと最後の時を過ごしたかった。

 もう、痛みは感じない。

 ふと、もうほとんど見えぬ、視界の中で何かが揺れた。声が聞こえた。


「ごめんな、幸せにしてやれなくて。守ってあげられなくて、ごめんな」

 どうして泣いているのですか? 『私』は桜は見えずとも、匂わずとも、あなたの腕の中でこうして眠りにつくことができるのを幸せに感じております。『私』はあなたと一緒にいることができてとても幸せでした。

 もう、声は出せない。出そうとすれば、ゴポと口から赤があふれてしまう。
 それでも、最後にこれだけは言わなければ。

「私は輪廻に帰るだけです。だから、だから、また私を見つけて……私はあなたの事をずっと覚えている。永遠に忘れない。ずっと待ってる……ごぽっ、かはっ」

「もう話すな……」

 あなたはいつもそうやって優しく声をかけてくれる。

「ずっと待ってるから……朧月が私たちを照らした、あの桜の下で――」