後宮妃は木犀の下で眠りたい

「それはいけません」

 香月はすぐに立ち上がった。

 ……伝染病の可能性を否定できない。

 呪術の中には病を流行させるものもある。それに対応する術を持たない李帝国の中枢であり、神のように丁重に扱われるべき皇帝が真っ先に出向いていいわけがない。

 それを宦官長も宦官も口にしなかった。

 ……わざとか。それとも、噂を信じているのか。

 俊熙を呪術の標的にすることが目的なのか、呪術を遠ざけるという根拠のない噂を信じ切っているのか、わからない。

 しかし、賢妃である香月の発言に露骨なまでに顔色を変えた。

「香月。お前は俺の御子を産まなければいけないだろう。このようなことで病が感染したら、どうするつもりだ」

「恐れながら、陛下の妃は大勢おります。私が役に立たなければ、廃妃にしていただいてもかまいません」

「そういう話をしているわけではない!」

 俊熙は頭を抱える。

 言い争いをしている時間は残されてはいない。

「陛下は替えのきかない唯一無二のお方でございます」

 香月は淡々と語る。

 その言葉が俊熙たちの心に響くとは思っていない。しかし、この場を円滑に進める為にはそれらしい言葉が必要になる。

「しかし、私は翠蘭姉上と同じように替えのきく玄家の人間です。賢妃は玄家の女性であれば問題ありません」

 香月の言葉に対し、俊熙は立ち上がった。

 それから、容赦なく香月の頬を平手打ちした。

「そのような言葉を二度と口にするな」

 俊熙は怒っていた。

 他でもない愛おしい女性から聞きたくない言葉だった。

「俺は香月が愛おしくてしかたがないと伝えただろう。なぜ、お前はその言葉を信じてはくれないんだ」

「……恐れながら、陛下、後宮の人間はすべて陛下の所有物でございます。一定の誰かを愛するなど、陛下の役割を損ねかねません」

「そんなことはわかっている!」

 俊熙は感情のままに言葉を発する。

 それから、平手打ちをしてしまった香月の頬を申し訳なさそうに触れた。