最後に忘れ物はないかと机の中を覗くと、さっき教科書を取り出したばかりのそこには見覚えのない紙がぽつりと残されていた。今朝、教科書に押されて奥にしまい込まれてたせいか、紙は心なしかぐしゃぐしゃに丸まってしまっていた。心当たりのないそれ(・・)を訝しみながらも机の中に腕を入れて、そっと取り出して広げてみればその紙には、





 『今夜、裏山で待ってるな
 ちょうど流星群が綺麗に見えるんだ
 桜もいいけど咲くのはまだ先だから、
 冬の星も良いものだって知ってほしいんだ
 だから一緒に星が見たい。待ってるから』





 と書かれていた。どれだけ紙に皺がよっていても、その筆跡が松雪のものであることが嫌でもわかってしまう。隣の席に座っているせいで、自然と視界に入ってきてしまう彼のノートの字と同じだった。教科書を見せてもらった時には、もれなく偉人には落書きされていたのを笑ったけれど、偉人につけられた吹き出しの字とも同じで。意外にも頭が良くて背筋をピンと伸ばしたまま、チョークで黒板に書いた答えの字とも同じだった。絶対に見間違えるはずがない、この1週間で一番見た文字に思わず息を飲んだ。





 それからすぐに二次被害だとか、現場には規制線が張られているかもしれない。なんてことは気にも留めず、気が付いたら走りだしていた。なんであの紙が机の中に? だとか、松雪が昨日いそいそ帰った理由とか、もし自分が昨日この手紙に気が付いていたら? だとか。そんなことを深く考えるよりも先に身体が動いてしまった。冷静になれなかったのは松雪のせいではない。松雪からの手紙に気が付けなかった昨日の自分へのおさまらない苛立ちのせい。





 校舎を出る時、この町に来てからはじめて傘をささなかった。慣れない雪道ではローファーのつまさきが沈んで上手く走れない。いつものように、淡い灰色の空からはゆっくりゆっくりと大粒の雪が降り続いていた。





 背後にどれだけ足跡が増えていっても、すぐに覆い隠すように降り積もる雪。





 凍りつくような冷たさが靴下から足先にじっとりと沁みて、急速に冷えていく身体。踏みしめすぎると硬くなって滑る雪はじわじわと体力を奪っていく。荒くなった息を整えようと深く息を吸おうとすれば、あまりの空気の冷たさに鼻の奥がツンと痛くなって涙が出た。目頭から少しだけ出た涙が凍り付く。呼吸をするだけで冷たくなっていく肺。吹きつけてくるひやりとした風は相変わらず、服に守られていない肌を突き刺してくる。頬も、耳も、鼻頭も、じんじんと痛みだす。





 自分の吐息しか聞こえない鼓膜を震わすのは、ガタガタと震えた上下の歯がぶつかり合う音だけ。不気味なほど辺りは静かだった。






 ようやく校舎の奥に裏山が見えてくると向かい風がひどくなり、目を開いたまま前進するのがきつくなってきた。