だけどもしも本当に雪崩に巻き込まれたのなら、彼は大好きな雪をお腹いっぱい食べられて幸せだったのでは……と心の片隅で考えてしまう自分がいるのも恐ろしい。まあ、雪崩だと雪に埋められた上での窒息死か、圧死だろうから、元より雪を食べる余裕なんてなかったかもしれないけれど。どれだけ不謹慎な妄想をしても「だから勝手に殺すなよ」と突っ込んでくれる松雪はいない。





 一度考えてしまうと、止まらないのが妄想というものの厄介なところで。例えば彼のお葬式が執り行われた時にはお焼香をしながら『おなかいっぱいに食べた雪は美味しかったですか?』と涙をこぼすのかと思うと、笑えないほどシュールで頭の中に思い描いた最悪なシナリオを打ち消すように首を軽く横に振ってから教室に意識を戻した。





「⋯⋯それじゃあ、今日はここまで。気をつけて帰りなさい。くれぐれも裏山に近づいたりしないこと」





 すると、ちょうどそう言った先生が顔をあげるところだった。その目の下に色濃く刻まれたくまからは心労が伺えた。そりゃそうだ。教え子のひとりの安否が不明なんだ。心労がない先生の方が想像できない。みんな、先生はみんなは松雪のことどう思っているんだろう。なんて思っても、その答えを聞けるような空気の教室ではなかった。





 「さようなら」と発せられた声を合図に、いつもなら騒がしくなるはずの教室は静まり返ったまま。いつもと同じ流れ作業で教室の暖房を消して、いつものように喚起のために窓を開けて「じゃあ、最後にここ出る人は窓閉めだけお願いな」と言い残して、先生は教室を去って行った。松雪がいた頃となにひとつ変わらない行動と相反して、その足取りは重く、背中は昨日よりもずっと丸まってしまっていて痛々しく見えた。





 それから誰ともなく、のろのろと席から立ち上がり、各々マフラーを巻いたり、ニット帽や耳当てをかぶり始めたクラスメイトは帰りの支度がすんだ人から順になにも言わずに教室を後にしていった。たった1日で「ばいばい」も「またね」も「じゃあね」もこの教室内で禁句になってしまったかのように、みんな無言で教室から出て行ってしまう。




 ⋯⋯松雪がいなくなったせいだよ。
 八つ当たりだとわかっていても、そう思わずにいられなかった。




 だんだんと減っていくクラスメイトたちの気配に背を向け、いつもよりも時間をかけてコートを着て、長いマフラーを首に巻き終わる頃には、振り返った教室の中にはだれも残っていなかった。雪にすべての音が吸い込まれてしまったのか思うほど、10時になってすぐとは思えないくらい静かだった。自分以外だれもいないのだから、それもそうか。と思い直して指先が凍てつきそうなほど冷たい風が吹きつける窓を閉める。