転入初日、はじめて二人で歩いた帰り道で




「え、東京のひとって雪が降る中でも傘とかさすんだ」





 なんて目を見開いて驚いていた彼も





「反対に……傘をささないって選択肢があることが驚きなんだけど」






 と返せば





「ほら、フランス人は雨の日に傘をささないって言うじゃん。あれと同じだよ、アレと」






 とか、ちょっと常人が理解しがたい答えを返してきた彼にだってもう会えないかもしれないのに。







「雪はいつか溶けるだろ? 寒い冬から守って消えてなくなる雪があるからこそ、その下に埋まっていた花は安全に春を待てるんだよ」





 なんて今度は柄にもなくロマンチストみたいなことを言って、頬を赤らめた松雪が記憶の中で笑う。思い返せば思い返すほど、ここに来てからの記憶にはいつも松雪がいた。





 勝手な松雪。





 そんな彼がすでにこの世にいないのかもしれない、とはどれだけ考えてもにわかに信じられなかった。





 まあ、まだ彼が死んだとは限らない。だから明日にでもまたひょっこり教室に現れて「僕が死ぬと思った?」「約束しただろ。桜、一緒にみようなって」「馬鹿だなあ」なんて冗談を言い合えるかもしれない、とかまだ心のどこか隅の方で期待している自分がいる。





 その事に誰も気付かないように、誰にも気付かれないように。いつもに増して重たい空気の流れる教室の中で息を潜める。寂しいだとか、悲しいだとか、そんな感情を持つのはまだ早いような気がした。勝手に外野にいる自分たちが彼の生死を決めつけて、勝手に泣いて、勝手に偲ぶ。なんて、彼に失礼なんじゃないかって思った。だって松雪はまだ⋯⋯。