それから放課後にわざわざ自ら進んで学校の中を案内してくれたこともあったっけ。
「冬はドアが凍り付いて開かないんだけどさ、春になると学校周りに咲いてる桜がよく見えるんだ」
屋上に繋がる扉の前。廊下にもかけられた暖房が届かない、この学校にある階段の一番上の段に腰かけながら松雪は教えてくれた。床から上がってきた冷気が制服をすり抜けて身体を震わせる。かじかんだ両手を胸の前で擦り合わせながら口を開いた。
「桜か。なんか⋯⋯想像できないね」
「今は辺り一面雪景色だもんな。でもほんとうにすごいんだ」
こう、ぶわああって咲くんだよ。と両手を広げながら、歯を見せてニカッと笑う彼は子どもみたいだった。指先はかじかんだままだし、屋上前の扉の隙間からひんやりとした空気が流れ込んできているというのに。楽しそうに学校のことを話してくれる松雪との時間がこのまま続けばいい、とか柄にもないことを考えてしまった。
「だからさ、春になったら屋上から桜見ような!」
たしかに、松雪はそう言っていた。その後「約束だからな」って、彼のテンションに乗せられて互いの小指を絡ませて指切りをした。右手の小指にまだあの時の感触が残っているのは自分だけなのか。約束を思い出しては雪解けを楽しみにしていたのも自分だけなのか。もうその答えを聞くことが出来る可能性は限りなく低い。けれど、もしまた会えたその時には必ず針千本のかわりに、約束通りの視界いっぱいの桜景色を見せてもらわなくちゃ割に合わない。
だって、松雪がいない教室は物足りない。松雪がいない春はきっと雪が溶けても寒い。それほどまで転校生フィルターをかけない松雪が、むしろうるさいほど馴れ馴れしく話しかけてくれる松雪聡という存在は、この一週間で自分の中で随分と大きくなっていたみたいだ。



