この高校に転校してきたのは、わずか一週間前のことだった。





 男女ともに濃紺色の制服のせいで東京にいた時よりも重たく感じる空気が苦手だな、と初めてクラスに足を踏み入れた瞬間に感じたことを今でもありありと思い出せる。黒板の前に立たされた後、自分の名前と東京から来たことを言うだけで精一杯だった。ドラマとか漫画でよく見る所謂(いわゆる)転校生らしいことをさせられるとは思ってもみなかったから、仕方がない。




 ただでさえ注目を浴びるのは得意ではないし、目立たないのですむのであれば目立たないに越したことはないなんて性分。だから明確な意思を持って注がれる数多の視線と教室中の瞳がこちらに向いている状況は、背中の産毛がすべて逆立ってしまうくらいくすぐったく気分の良いものではなかった。そのせいか、教室に入ってから自己紹介をしていた辺りはよく憶えていない。先生から指示された席に向かって歩く時も、席についてからも「そろそろHRを再開するぞ」と先生に言われてやっと周囲の視線から開放された。




 そんな憂鬱だった初日の中でもしっかりと記憶に残っているのは、自分の席についてすぐのこと。緊張と肌に突き刺すような鋭い寒さに身体を震わせていたところを、隣の席の男子が




「うわ、お前の足元スリッパじゃん。それ、足凍らん?」




 なんてニカッと笑って喧嘩を売りながらも吹き飛ばしてくれたことだった。目立たないように気を遣ったのか、彼はこちらに向かって頬杖をつきながら小声で話しかけてきた。




「東京とは比べものにならないくらい寒いだろ?」




 そう言いながらよく言えばコンパクトに、悪く言えばぐしゃぐしゃに丸められたブランケットを机の中から貸してくれた。差し出されたものを断れるほどの仲でもなかったから、受け取ってブランケットを広げれば、淡いカフェオレみたいな色の生地に可愛らしいくまが何体も散りばめられたいかにも可愛らしい柄をしていた。あまりにも可愛すぎて一瞬、逆に罰ゲームかと思ったけれど。




「ないよりはきっとマシだと思うよ」




 遠慮なくどうぞ、と続けた彼の笑顔を見てこの行動が善意であると判断して、軽く会釈しながら「ありがと」と小さく返す。ブランケットを膝にかければ、足全体が突き刺すような寒さから守られた。助かった、と心の底で名前も知らない彼にもう一度感謝する。この時実は、たまたま上履きだけ買い忘れていただけだったのだけれど。その後の休み時間に、スリッパをネタにクラスメイトと仲良くなるチャンスをくれた彼には今でも感謝している。





 その彼が、松雪聡(まつゆきそう)だった。