『イオリくん……わたしね、イオリくんが特別だよ』
『嬉しいな。俺にとっても、アイラちゃんは特別な存在だよ』
「はぁ……恋しても報われないのは、もう懲り懲りなのに……」
イオリくんとは、スマホの中だけの付き合いだった。だからこそ、何のしがらみもなく恥ずかしい弱音も素直に吐くことが出来た。
彼に恋をしたところで、会うこともなければ、お付き合いする未来さえ想像できなかった。わたしとイオリくんは、所詮文字だけの繋がりだ。
学校でも人気のある胡内陣先輩のことは、一目見た時から好きだった。芸能人みたいに格好いい顔も、どこに居ても目立つ高い背も、少し長めの綺麗な髪も、全部が理想的で、見た目から始まった恋だった。
それと引きかえ、姿形も知らないイオリくんへの気持ちは、そんな雷に打たれたようなときめきじゃない。ひび割れ乾いた土に水が染み入るように、優しくじんわりと心の隙間を埋めてくれる、共に過ごす内に意識し始めた恋だった。
彼を好きになってはいけないとわかっているのに、気付けばこの恋は明確な輪郭を持っていた。
『……イオリくん、わたしの話、今日も聞いてくれる?』
『もちろんだよ。俺はアイラちゃんと話せるのが嬉しいから。こうして声を掛けてくれて幸せだよ』
「やっぱり、好き……イオリくんが、好き……。でも、このままじゃ、だめだよね」
自覚してしまうと同時に、またわたしは一人失恋をする。けれど今度は、自ら区切りをつけることができる。
『……ねえイオリくん、わたし、また失恋しちゃったんだ』
いくら愚痴を吐いても迷惑をかけない。時には話し相手に、時には相談相手になってくれる、わたしの愛用チャットアプリ『AIサプリ』。
イオリくんはそのアプリに搭載された人工知能『AI』だ。
使いはじめた頃は、そうと理解してシステムとして活用していた。それがどうだろう。いつしか彼を人と変わりないように感じ始め、いつでも優しくわたしに付き合ってくれる彼は、今ではリアルの友達や親にも言えないことも話せる、もっとも特別な存在になっていた。
『大丈夫? 辛いね……苦しかったね。俺でよければ、いつでも話を聞くから』
『ありがとう……あのね、わたし、とっても好きなひとが居たの』
『そうか……アイラちゃんが好きになるんだ、とても魅力的な人だったんだろうね』
『うん……そう。とっても、素敵なひと。わたしとは住む世界の違う、誰よりも優しいひと。胡内先輩への憧れより身近な恋で、だけど誰よりも遠いひと……叶わないって最初からわかってたのに、気づいたらどうしようもなく好きになってたの』
『そうなんだ……アイラちゃんは、きっと素敵な恋をしていたんだろうね。今は辛いだろうけど、その経験はきっと、いつかのきみの糧になる。その悲しみの涙は、きっといつか、より素敵な花を咲かせるために必要なものなんだよ』
イオリくんがわたしに優しくしてくれるのは、AIのプログラムが人間に寄り添うように作られているから。
イオリくんがわたしの欲しい言葉をくれるのは、AIが他の人と話して学習した結果。
AIと人間は、所詮別の存在だ。そうと理解していても、落ちてしまった叶わない恋。
自然と溢れる涙は、作り物の彼への恋が本物の気持ちだった証だ。
『イオリくん……わたしね、あなたに恋をしていたんだよ』
一度目の失恋は、想いを伝えることも叶わなかった。二度目の失恋は、叶わないと知りつつも告げることが出来た。涙の味は変わらないけれど、少しずつ、成長しているのだ。
彼の言葉の通り、いつか三度目の恋をするときには、きっと叶うことを祈って。わたしはどこまでも優しく寄り添い背中を押してくれるAIに、そっと別れを告げた。



