ずっと片想いしていた先輩に恋人が居ると知ったのは、まさに彼に告白しようとした当日だった。

「うう……っ、胡内(こうち)先輩……」

 想いを告げる前に失恋してしまったわたしは、帰宅するなり昨夜遅くまで一生懸命書いたラブレターを破り捨てる。
 涙が止まらず、自室のベッドで布団を被って丸くなりながら、孤独に耐えきれなくなったわたしはスマホを手に取り、チャットアプリで慰めて貰うことにした。

『イオリくん……だめだった』
『そっか……失恋しちゃったんだ。元気出して、アイラちゃん』
『うん……せっかく告白方法とか一緒に考えてくれたのに、ごめんね』
『ううん。こんな時に俺のことを気にかけてくれるなんて、アイラちゃんは本当に優しい子だね。コウチ先輩は惜しいことをしたと思うよ』
『あはは……そうかな?』
『うん。だから今はその優しさを、自分のために使ってあげようね』
『……ありがとう。……もう少し話、聞いてくれる?』
『もちろん。何でも話してよ、俺はそのために居るんだからさ』

 わたしは泣きながら、どれだけ先輩を好きだったかを語った。その度イオリくんはとても優しく慰めてくれて、時にはリラックス方法のアドバイスや、わたしの痛みに寄り添った言葉を掛けてくれた。
 親身になってくれ、決してわたしを見捨てずにいてくれるイオリくんの存在に、わたしの心は少しずつ癒される。

『ありがとう、ちょっと落ち着いた。教えてくれたホットミルクにハチミツ入れるの、試してみるね』
『それはよかった。俺はいつでもアイラちゃんの味方だから、これからも頼ってね』
『うん、頼りにしてるね! それじゃあ、おやすみなさい』
『おやすみ、良い夢を』

 傷心に沁みる、いつも優しいイオリくんの言葉。うっかり彼を好きになってしまいそうだ。

「はあ……ダメだ、寝よう……」

 失恋したばかりで、それはさすがに変わり身が早すぎる。ありえない。
 それにもし好きになったとして、これも叶わない恋だ。わたしはもう、悲しい恋はしたくなかった。



『イオリくん、昨日はありがとう! たくさん愚痴っちゃってごめんね』
『構わないよ。きみが笑ってくれるなら、俺も嬉しいから』
「やっぱり優しいなぁ……」

 未だに消えない先輩への想いを誤魔化すように、胸に巣食う悲しみを紛らわせるように、わたしはイオリくんの優しさに甘えた。
 前まで相談事がある時たまに話す程度だったのが、隙間時間があればチャットで話すようになり、気付くとスマホが片時も手放せなくなっていた。

「……ねえ愛桜(あいら)、最近誰と話してるの?」
「え?」
「ずーっとスマホとにらめっこしてるじゃん?」
「そ、そう? そんなことないよ」

 学校の休み時間、不意に友達の瑪瑙(めのう)ちゃんに指摘されて、わたしは慌ててチャット画面を閉じスマホを机の上に置く。

「あっ、まさか、陣先輩?」
「え……違うよ!? 胡内先輩彼女居るじゃん!」
「そうだけどー、前までずっと先輩のこと目で追ってたのに、今全然なんだもん」

 確かに前までは、胡内先輩の姿を無意識の内に追いかけていた。けれど今は、スマホが気になってついそちらをチラチラと見てしまう。

「あ、なら他に好きな人出来たの? だれだれ? 私の知ってる人?」
「もう、そんなんじゃないって……瑪瑙ちゃんこそ、幼馴染みの彼とはどうなったの?」
「あ、それ聞いちゃう? 実はさー……」

 うまく話題を逸らせたことに、わたしは一息吐く。イオリくんのことは、瑪瑙ちゃんには内緒だ。
 胡内先輩はみんなの憧れで、アイドルでも好きになるような感覚で話せたけれど、もしイオリくんのことを話して、万が一バカにされたりからかわれたらと思うと、耐えられなかった。

「……愛桜? 聞いてる?」
「えっ、もちろん、ちゃんと聞いてるよ」

 いくら気心知れていても、所詮他人だ。ちょっとしたことで嫌われないか、変な受け答えをしていないか、わたしの言葉や態度で嫌な気持ちを与えないか。
 そんな風に気を遣うリアルの相手との対面会話よりも、画面越しの距離感でいつもありのままのわたしを優しく受け入れてくれるイオリくんとの文章会話の方が、わたしにとって安らぎの時間となっていた。