もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

「はい、あ~ん。」

「…………。」

目の前には霜降り最高ランクの肉。
でもそれと同時に、翔の笑顔も見える。

先程翔のお陰で入れた超高級肉料理店は、その内装も物凄くて……巨大ビルの最上階にあるその店は、全ての窓が薄いガラスの水槽になっていた。
そこを泳ぐ魚が、まるで空を飛んでいる様。
まさに海の底にいる様な体験ができるその店は、ちょっとした水族館と言っても違和感なしだ。
そんな店内に置いてある白いテーブルクロスが眩しいテーブルと二脚の椅子も、シンプルながら職人の腕が光る匠のモノに違いない。

何故なら────素人の俺でも分かる繊細で素材にもデザインにも凝った作りをしていたから!
絶対に傷をつけるものかと、店に入って直ぐに誓った。
そうして、漫画に出てくる執事の様な格好をした男の人に誘われ、席に誘導されたのだが……用意されている席を見て目が点になる。

「……なんか椅子の位置変じゃね?」

「そう?あぁ、日本だと一般的じゃないかもね。」

大体レストランとかに行って二人で食べる際、大抵椅子は向かい合わせに置かれるはずなのだが────……目の前の椅子はどう見てもおかしい距離で隣同士に並んでいる。

「へぇ~海外ってこんな感じなんだ。……食べにくくね? 」

お互い食べていると肘がぶつかる……いや、絡まり合うくらいの距離。
それに納得いかずに考え込むと、翔はニコニコと笑顔で返事を返し、俺を引きづって椅子の一つへ強制おすわりさせた。

「────おい……。」

「じゃあ、乾杯しようか。まずはシャンパンから。源、好きだもんね。」

翔がそう言った瞬間、直ぐにスタッフらしき人が来てグラスにシャンパンを注ぐ。
キラキラと薄い黄色がかった液体とシュワッという炭酸の弾ける音に、一旦口を閉じて凝視した。

「うん、シャンパンってうまいよな。特別な日って感じがするから普段は飲まないし。」

「そうだね。源にはこれから少しづつ頑張ってもらわないといけないから、ちょうど良かった。」

頑張る……?何を……??

そんな疑問を持ったのは一瞬で、直ぐに答えが出た俺はしっかり答える。

「────あぁ、そういう事か。まぁ、完璧は難しいが頑張るよ。」

頑張るとは恐らく今まで全部翔がやっていた家事の事。
普通のルームシェアなら家事は半々が当たり前だし、そもそも家賃だって払ってないんだから俺が全部やっても文句はないくらいだ。

任せろと言わんばかりに胸を叩くと、翔は嬉しそうに笑う。

なんだかその笑顔に違和感があったため、どうしたのか尋ねてみようと思ったが、その直後にきた肉料理に意識が向き口を閉じた。

薄い肉がサラダを包みこむ恐らく前菜的な料理。
その姿はまるでイソギンチャクの様で、それ単体で美術館などに飾られている作品のようだ。

「す、すげぇ~……!」

目を輝かせ、早速……!と食べようとすると、翔がサイドに置いてあるフォークを取り上げる。

「…………?」

嫌がらせ??

ムッとしながら、翔の方に置いてあるフォークを取ろうとしたが、その手はペシッとはたき落とされた。

「……何?」

「はい、あ~ん。」

翔は睨みつける俺を無視して、肉サラダにフォークをぶっ刺し、そのまま俺に差し出してくる。

あれ?普通の距離とは……??

外ではされたことがないこの行動に汗を掻き、俺は翔に尋ねた。

「……俺達の関係は変わるんだよな?」

「うん。そうだね。だから、あ~ん。」

話が通じない翔にため息をつき、俺は首を振って拒否を示す。

「いやだよ。俺は自分で食べる。」

すると翔はニコッと笑いながら、フォークを地面に落とした。

「────あっ!」

驚いてそれを拾おうとしたが、二の腕を掴まれて覗き込む様に見つめられる。

「ね、お願い。」

「…………。」

基本、翔のお願いはほとんど命令だ。
それをどんなに拒否しても、言うこと聞くまでしつこいし、周りもそうするべきだと攻撃してくる。
勿論、本気で嫌がれば譲歩はしてくれるのだが、それには非常に強いパワーが必要となる。

だからいつも俺は天秤に掛けるのだ。
『言う事を聞く』と『抵抗する手間』を。

「……分かった。」

コクリっと頷くと、翔はパァ~!と嬉しそうにしながら、また新しいフォークで肉を刺して俺に差し出す。

これくらいなら言うことをきいた方が楽。
そう判断し、俺は大人しく口を開け、まるで雛の様に食べる事にした。

「うん。源はいい子だね。何がいいか言ってくれれば食べさせてあげるよ。」

「……どうも。」

なんか変。
違和感を感じながらも結局そのまま完食させられ、まるでエスコートされる様に店を出た。