もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

「 おい、根本~。

いつも凄いじゃねぇか~!それ、同棲している彼女が作った弁当だろ? 」


ニヤニヤと誂うような顔をした会社の同期である<  唐木 アズマ >が俺の首に腕を回し、現在食べている弁当を指差す。

全て味の違う完全な三角形型のおにぎりが3つ。

衣はサクサク、中はジューシーな唐揚げに、甘々でふわふわの卵焼き。

そしてその周りには多種多様の色合いのおかずがこれでもかと詰められている俺の弁当は、料亭などで食べるなんとか御膳のレベルだ。

これが毎日の俺の弁当のクオリティー。

そんな弁当を会社でもそもそと食べていると、大体一緒に御飯を食べるアズマはこうして大げさに羨ましがる。


「 ……いや、彼女じゃねぇんだけど。 」


「 はぁぁぁぁ~!?

んっなわけあるかよ!こんな豪華な手作りお弁当!

しかも毎日だろう?!

めちゃんこ愛されてるじゃねぇか! 」


ブーブーと盛大に文句を言いながら、アズマは俺から腕を離し隣のデスクに座った。


「 いや、愛って……。 」


呆れながらため息をついたが、確かにちょっとこれは……と困ってしまい、情けなく眉は下がっていく。


このお弁当は、社会人になった今もルームシェアしている翔が作ったモノだ。

初めてルームシェアした時から、こういったお弁当はおろか、全ての家事は翔が相変わらずしてくれている。

こんな生活は駄目だ。

ルームシェアも止めよう!

そう決意して、いざ翔に言おうとすると……。


「 なんで? 」


「 どうしてそんな事言うの? 

 ────あ~……もしかして源の会社にいる後輩の子かな?

ちょっと距離が近いよね、あの子。

もしかして気になっちゃった? 」


「 それとも、いつも電車で一緒になる大学生の女の子が原因かな?

この間落とした定期券拾ってあげたんだもんね?

少女漫画なんかでありきたりな展開だ。 」


ペラペラペラ~と語られる内容に間違いはない。

ただ、どうして翔が知っているのかは分からない。


「 ……いや、なんで知って────……。 」


「 ────はぁ……。

とりあえず、どうしても源が電車がいいって我が儘言うから許してあげたけど、明日から車ね。 」


翔は心底うんざりした様子で、俺の通勤用バックを漁り定期券を取り出すと、そのままゴミ箱へ勢いよく投げ捨てた。

慌ててそれを拾いあげようとする俺の手を掴み、怒りの形相で俺を見下ろす。


「 駄目。


────ね?


分かった? 」


その言い回し方がまるで子供相手みたいで、嫌な気持ちになったが……本気で怒っている事が分かったので「 ……分かった。 」ととりあえず返事を返しておいた。

すると、翔はニコッと嬉しそうに笑い、次の日から俺は翔の運転する車に乗せられての通勤に……。

流石に会社の前は止めて欲しいと頼み、少し離れた場所に止めてもらって会社に来ている。


俺は現在の生活を振り返り、フルフルと首を横に振った。


……やっぱりこの生活は普通じゃない。

これは本当に本当にまずいぞ?


お弁当も一度言いかけたら、なんでなんで攻撃からの~……何故か夜ご飯は箸を持つのを禁止されてしまいとてもとても困っている。

なんのこっちゃ??と俺も他人から聞いたらそう思うだろうが、つまり全てのご飯を翔に食べさせて貰っているという事だ。

ちょうど雛鳥に餌を与える様に。


「 源、あ~ん。 」


「 …………。 」


無言で口を開ける俺を見て、とても幸せそうにする翔。

俺は淡々と口を動かして、この地獄の様な時間が過ぎ去るのを待っているしかないのだが、翔は俺の口をクニクニと触ったり顎を触ったり、首を触ったりと落ち着きない様子を見せてきた。


「 あ~……いいな、こういうの。

抵抗がなくて大人しいのって、自分のモノって感じがしていいなって思うよ。

このまま閉じ込めたいな。

手足とか動かなくなっちゃえばいいのに……。

ご飯を食べるのも、お風呂もトイレも俺がいないとできないね。

いいな~。

────ねぇ、源はそういうのどう?

嬉しい? 」


ニヤニヤしながらわけのわからない事を尋ねてくる翔。

” 嬉しい ” がどこにも存在しない事を言われ、流石にその時は正直に答えた。


「 俺は、できれば寝たきり期間は少なく死にたいよ……。

まぁ、ポックリが理想的かな。

それと介護職はいつも人手不足ってニュースでやってたから、就職には困らないんじゃないか? 」


詳しくは知らないが、介護に興味があるならやってみればいいと思う。

本心でそういったのだが、翔は腹を抱えての大爆笑だ。

そのままヒーヒー笑いながら、結局現在もまるで要介護者の様に俺に接してくる。



「 マジでやめて欲しいんだよな……。 」


「 ??なんか言ったか?

それよかよ~聞いたか?

今週末、また新しい派遣の子たちが来るじゃん?

ものすごい美人ばっかなんだってよ。

こりゃ~テンション上がりまくっちゃいますな~! 」


「 へぇ~。そりゃ、いいな。

部署内が華やかになる。 」


定期的にやってくる派遣の子たちは、正社員……特に男性職員にとっては楽しみの一つ。

更に派遣されてくる子が女性!若い!美人!となれば、全員のテンションが上がり、あからさまに仕事をがんばり始めるのでとても分かりやすいなと思う。

勿論俺だって、異性の女性の目があると思えば多少はやる気がでるってもんだ。

アズマの話を聞いて良い楽しみができたな~と思いながら、今日も翔が作ったお弁当を完食しお弁当箱を洗うと、そのまま仕事に戻った。


帰りは勿論翔の車でのお出迎えなので、少し離れた場所で待っていると、そんなに待たずに翔が車で颯爽と現れる。


「 おまたせ源。────さ、帰ろう? 」


「 あぁ。いつもありがとう。 」


車の助手席に乗り込みシートベルトをつけ……ようとしたら、翔がすぐにやってくれたので、そのまま固まった。


「 これでよし。帰ろっか! 」


「 う、うん……。 」


とうとうシートベルトまで締めてもらうって……。

ザッ!と青ざめてしまったが、そんな俺の事などお構いなしに翔は車を発進して、あっという間に家へ到着する。
ちなみに俺達の家は、大学の頃と同じではなく、大学卒業と共に翔が名義らしい超高層マンション……いわゆるタワマンってヤツだ。

しかもその最上階という……俺みたいな一般人ならお目にかかる事だってない世界に住んでいる。

翔はそのマンションに付属している駐車場に車を止めると、直ぐに助手席の方へと回り込み、ドアを開けた。

そして慌ててシートベルトを外した俺を抱きかかえる様に立たせ、そのまま腰を掴んで引きずるように中へと連れてかれる。


「 あのさ、いつも言ってるんだけど、一人で歩け────……。 」


「 翔はお風呂入っちゃってね。

ご飯作っておくから。 」


相変わらず人の話を全く聞いてない翔に大きなため息が漏れたが……ここで怒らせるのも面倒だったので、大人しく口を閉じた。


翔は現在、俺の勤めている中小企業とは違うめちゃくちゃ有名な大手企業で働いている。

だから当然忙しいはずなのに、こんな俺の面倒なんて見てて大丈夫なのか……。

そんな心配は常にあった。


「 あ、あのさ。毎日忙しいんじゃないのか?

だからやっぱり俺も家事を……。 」


「 源の持ち帰った仕事は、もう俺が終わらせておいたから大丈夫だよ。

源は頑張りやさんだもんね。

でもホントは仕事なんて止めて欲しいんだけどな。 」


スリスリ……。

腰を掴んでいる手が撫でる様にその周辺を触ってきて擽ったかったが、それどころではない。

いや、だからなんで知ってるんだ??


「 かけ────。 」


翔の名前を言いかけたのだが、その前にいつもマンションに常駐しているコンセルジュが俺達に頭を下げたので、俺も黙って頭を下げた。

そしてエレベーターに入ると、そのまま最上階へ。

そこには赤いカーペットが敷かれた廊下が続き、正面のドアから部屋の中に入れる様になっている。

足の裏に感じるふわふわした感触を味わいながら、掃除の行き届いた廊下を見下ろし、俺は何から話を切り出していいか本気で悩んでしまった。


なんかもう、全部ツッコミをいれたい。

でも、もう何からツッコんでいいか分からない。


頭を抱えている間にもドアは開かれ、俺達の住む部屋が姿を現す。


広くて綺麗で上品さも感じる部屋の中。

ぱっと見た感じは、まるで超高級ホテルの宣伝に使えそうな外観で、家具も詳しくはしらないが、絶対に高いと分かる程のモノばかり。

一面大きな窓がついているため、ネオンの光や空の星達の光で、まるで空に浮かぶ家にいる様な気分になる。


「 …………。 」


黙ってたままの俺を翔は風呂場へと連れて行き、そのまま上着を脱がしてきた。

それにハッ!として自分で脱ごうと手を挙げたが……優しく手をはたき落とされてしまう。


「 どうして嫌がるの?

いいからそのまま大人しくしててよ。 」


「 え、嫌だよ。

なんで子供みたいに脱がせられないと駄目なんだ……。 」


呆れながらもう一度手を挙げようとすると、そのままグッ!とシャツを握られ、なんと勢いよく引き裂かれてしまった。


ブチブチブチ~!!!


そのせいで弾け飛んだボタンを呆然と見ていると、翔はいきなり怒鳴り散らしてくる。


「 なんでそんなに嫌がるんだよ!!

だってアズマって男には、今日抱きつかれても嫌がらなかったのに!! 」


「 はぁ?抱き……???

────あぁ~……あれか。 」


お弁当を食べている時、首に腕を回されたアレか……?

思い当たる節があったため、納得していると、そのまま翔はズボンにも手を掛け勢いよく脱がしてきた。


「 ────っ!!??

うわっ!!ちょっ!! 」


「 源は目を離すとすぐそうだ。

ほら、早く見せて。違うっていうなら見たっていいでしょ! 」


「 ????? 」


理解不能な言葉の連続に混乱している間に、丸裸にされてしまった俺は、そのまま翔にマジマジと見られる。

流石にそんなに見られたら同性でも恥ずかしい!と、さり気なく手で股間部を隠そうとしたが……翔に手を捕まれ後ろに回されてしまった。


「 うん、朝と同じだね。

大丈夫大丈夫……。 」


ブツブツと何やら大丈夫だと呟き続ける翔に、何か狂気めいたモノを感じてゾッとする。


一体何が大丈夫???

まさか、まだ成長するとか思っている??


いやいや、流石にそれは……と心の中で否定していると、突然クルッと後ろを向かされ、壁に顔をつけられ、お尻を突き出す体勢を取らされた。


「 ????!!! 」


流石にこれは酷い!と暴れたが、頭は掴まれ壁にくっつけられ、もう片方は俺の手を掴み捩じ上げられているので身動きがとれない!


「 ────なっ!!バカッ!!止めろよ!! 」


必死の抵抗も虚しく、なんと翔は俺のお尻を覗き込む仕草まで背後でしている様であった。

これじゃあ刑務所の身体検査だ。

流石の俺だって人権侵害で訴えるぞ!


「 ────~……っ……っ!!嫌だって言ってんだろ!! 」

「 ────!? 」


渾身の力で翔の腕から脱出すると、そのまま破られた服をかき集め、お風呂場から逃げる。

そしてそのまま服を着てドアまで猛ダッシュだ。


「 源! 」


翔が後ろで叫んでいたが、俺は振り向くことなくそのまま大激怒して外に出た。

そしてエレベーターに乗り込み、驚くコンセルジュの視線を受けながら実家へ向かう。

夜の風が少し冷たいが、それよりもとにかく翔と離れたくて仕方がなかったため、全力ダッシュした。


「 なんなんだよ、なんなんだよ、なんなんだよ、アイツ~! 」


頭の中には翔に対する怒りと不満が一杯だ。

そもそもなんで俺は社会人になったっていうのに、まだ翔とルームシェアとかしてんの?!


怒りと不満は今までボンヤリと霧がかかった様な頭をスッキリとさせ、今の状況がおかしい!とうるさいくらいに警告を鳴らす。



「 タワマン貰ったからそこに引っ越そうね。 」


ちなみに学校を卒業して直ぐに言われたのはコレで、俺がはぁ?と冗談だと思っている間に荷造りが終わっていて、次の日にはタワマンが住処になっていた。

これだって他人から聞いた話なら、” 意味わからん ” と返すと思う。

でもいざ自分に起きると、こんなにもあんぽんたんになるとは思わなかった!


「 ……とりあえず少しの間実家に住まわせてもらって、直ぐに物件探す。

それで翔とはそれっきりだ!

あんな要介護者みたいな生活とはおさらばしてやる。 」


人生の中で何度目かになる決意をし……その日は実家に帰り、そのまま寝た。


そして翌日────……。


今日は会社が休みで良かった……。

朝の八時にモソッ……と起き出し、台所へ向かうと、母と姉が呆れた顔で俺の事を睨む。


「 アンタは全く~……。

昨日突然帰ってきて、理由も言わずに直ぐ寝ちゃうんだから!

なんで急に帰ってきたのよ。

いい年して~。 」


「 しかもなんであんな服がビリビリだったの?

────あ、酔っ払いと喧嘩でもしたんでしょ~。

ばっかじゃな~い? 」


「 お前らなぁ~……。 」


散々貶してくる二人にムカッ!としながら理由を話そうとして、ピタッと止まる。

自分が怒っている事は、なんとなくピンポイントではないため説明が難しい。

う~ん……?と考え込みながらたどたどしく理由を説明した。


「 いや……その……なんか、翔が家事全部してくれるのが嫌……?っていうか……。

車で毎日送り迎えとかも嫌で……??あと、何でも知ってるのも嫌……。

………????

あと、え~と……あっ!!あと、昨日刑務所の体験までさせられたんだ!あんにゃろう!! 」


「「 はぁぁぁ~??? 」」


二人は大きく顔を歪めて怒りだし、そのまま怒涛のごとく怒鳴り散らす。


「 あんた!あんないいところ住まわせて貰っている分際で、家事も全部翔君にしてもらっているの?!

母さん、翔君に合わせる顔がないよっ!!このバカ息子!! 」


「 しかもあんなイケメンに車で送り迎えとか……────はぁ?!アンタ何様!!?

完全な寄生虫生活じゃない!! 」


ガ──ッ!!!と怒鳴られ、俺は大きく背を逸らして黙った。

違うんだ!と伝えたいのに、どう説明してよいものか困ってしまい、そのままガミガミと説教コースへ突入してしまう。


……これがいつものパターン。

俺が翔に対して違和感を感じるとセットでついてくる周りからの説教……。


シュン……と凹んで下を向いていると、突然ピンポーン!とインターホンの音が聞こえた。


「 は~い! 」


母が俺への説教を止め、直ぐに玄関に向かうと「 あらあらあら~♡ 」というご機嫌な声が聞こえて嫌な予感に震える。

そして部屋に入ってきた人物を見て、姉まで目をハートにして黙るのを見て────嫌な予感が当たった事を理解した。


「 源、昨日はごめんね? 」


翔は申し訳無さそうに眉を下げ、俺に謝る。


「 まぁまぁまぁ!!翔君はな~んにも悪くないわ~!

ウチのバカ息子が全部悪いのよ~。 」


「 そうですよ~♡

ウチの馬鹿な弟がすみませ~ん♡ 」


あからさまにキャピキャピと媚びだした二人に、もう絶句!

黙っている間に、翔は手に持っていたお菓子の包みを母と姉に渡した。


「 朝からお騒がせして申し訳ありません。

良かったら皆さんで食べて下さい。 」


「 ────!!?これって……!

銀座で有名な和菓子の老舗店の限定イチゴ大福セット……っ!!

一日販売限定5箱だから、朝から並んでも手に入らないのに……! 」


二人は目をキラキラと輝かせてそのお菓子を見つめている。


もう駄目だ……。


自分の味方は誰もいない事を悟った。


「 さ、帰ろう。源。

源の大好きなシュークリームも用意したからさ。 」


「 いや、俺はもう……。 」


キッ!と睨みつけて頑なに拒んだが、翔は悲しげに目を伏せて同情を誘う顔をする。


「 ごめん。俺は源が仕事をがんばり過ぎているから心配だったんだよ。

────ね?仲直りしよう? 」


「 いや、仲直りとかじゃなくて……。 」


母と姉から盛大なブーイングが飛ぶが、俺はハッキリとルームシェアの解消を申し出ようと思ったのだが……。


────チラッ!


翔の胸元からこんにちは!していたのは、一日限定5名だけの超高級焼肉店の予約チケット!!


「 !!?翔、それどうしたんだよ! 」


「 うん、実はね~運良く予約がとれたんだよね。

これから行こうかなって思ったんだけど……。 」


チラチラッ!と見え隠れするチケットに俺の目は釘付け!

これもいつもの流されパターンだと理解しなんとか踏ん張るが……これには心がゆっさゆっさと揺さぶられる。


「 ぐ……ぐぐぐ~ぅぅぅっ……。 」


「 一体どんな肉を出してくれるんだろうね?

もう一年以上先まで予約が埋まってるって言ってたよ。 」


「 ううぅぅぅ~……。 」


「 源が喜んでくれるかなって、頑張って取ったのにな……。 」


シュン……と悲しむ翔の様子を見た母と姉は、とうとう俺を家の中から追い出そうとグイグイと背中を押してきた。

必死に踏ん張ったが抵抗虚しく家からポイッと追い出されてしまい、そのまま崩れ落ちる。


「 我が儘も大概にしなさい!

こんなに翔君がお前のために色々してくれてるんだから、土下座して受け取るのよ! 」


「 この平凡地味男!!

翔君との友情だけが、アンタの誇れるモノだって理解しろ!

ば~か!ば~か! 」


二人は般若の顔で俺を怒鳴りつけた後は、翔にニコニコと笑顔を見せて家の扉を閉めてしまった。


四面楚歌……。


あんまりな状況に立ち直れず呆然としていると、翔が悲しげな顔を一変。

怒っている様にも見える無表情に変え俺を見下ろす。


「 ────さぁ、帰ろうね。 」


「 お……俺は……俺は……。 」


ブツブツと呟く俺を見て、翔は口元を歪め多分笑顔の様な表情を浮かべてボソッと呟いた。


「 本当に凄いな、源は……。

側にいるだけでも幸せだと思っていたのに……。

────これから変わるね、俺達の関係。 」


凹み過ぎててよく聞こえなかったが、とりあえず翔が驚きの発言をしたため、俺はえっ!?と顔を上げる。

すると翔はなんだか嬉しそうな笑顔?をしていたので、もしかして……?と翔の今考えている事を予想した。


” 源に悪い事しちゃったから反省しよう。 ”

” だから今度からは節度ある態度と、普通の幼馴染の距離を心がけるね! ”

” ちょっと変な距離感を改めて、俺達は新たな幼馴染関係になるぞ☆ ”


「 ────!!そっかそっか~!

翔やっと分かってくれたか~。

じゃあ、俺達今日から新たな関係って事でよろしく。 」


「  ハハハッ!源、分かってないよね?

────フフ……アハハハハハっ!!!

まぁ……いいよ?

どうせ逃げられないんだし。

籠の中にちゃんと大人しくいるなら、今まで通り自由をあげる。 」


そのまま腹を抱えて笑う翔を見て、少々心配になったが、そのまま腕を引っ張られて車に無理やり乗せられると、またシートベルトまで装着してくれた。

そして自分も運転席に乗ると、そのまま車は走り出す。


「 さぁ、お店に行ってお腹一杯食べようね。

今日はお祝いだ。 」


「 う……うう~……。わ、分かった……。

肉に罪はないし……こ、今回だけは許す……。

でも、もう二度と変な事するなよ!?

ああいう冗談は本当に止めろよ?! 」


「 冗談??あぁ……もしかして裸をジロジロ見た事?

──ん~……分かった。 」


翔はキッパリと言ってくれたので、俺は安心して力を抜いた。

そしてそんな俺を見て翔は笑ったので、仕方ないかと今回は綺麗にすっぱり許す事にする。


なんてったってこれから俺達は普通の幼馴染!

小さな喧嘩くらいは、こうやって仲直りしないとな!


ニコニコしながら高級肉の事を考えていた俺に、翔は最後にボソッと呟いた。


「 冗談(ルビ)はやめるから大丈夫だよ。

楽しみだね。 」


( 翔サイド )

まさに脱兎の如く部屋を出て行ってしまった源。

直ぐに捕まえようとした所で自分の体の変化に気づき、動きを止めた。


「 ……あ~。

────マジ……? 」


その変化が現れた場所を見下ろし頭を抱えると、落ち着くために一度ベッドの上に座り込む。

そして直ぐにスマホで電話を掛けた。


《 はい、もしもし。 》


「 源、今どこにいる? 」


電話の相手は常に源の側に控えさせている護衛で、そいつは淡々と質問に答える。


《 現在全速力で走っていらっしゃいますので、こちらも全員で跡を追っています。

この方角なら行き先はご実家である可能性が高いです。 》


「 ……そう。

じゃあ、そのまま見張りを続けて。

それと、直ぐに今流行りのお菓子を用意してくれる? 」


《 承知いたしました。 》


────プツッ!と通話を切った後、俺は携帯を投げ捨て自身の下半身を見下ろした。


「 ……こんなに興奮したの初めてだな。

う~ん……。どうしようかな?

女でも呼ぼうかな……。 」


” 遊ぶ時はコレを使え。 ”

高校を卒業後、父にそう言われて渡されたのは、性を売りにしている高級プライベート・クラブの会員証だ。

ここはいわゆる、富裕層向けに作られた会員制のクラブで、セックス接待を提供してくれる場所。

徹底した情報管理をしてくれるため、今まで何度も利用してきた。


「 …………。 」


投げ捨てたスマホを取りに行こうとしたが、なんだか面倒で……。

もういいやと、自分の下半身をマジマジと見下ろし観察してみた。


「 ……すご。こんなになったの始めてかも…………。 」


急激な変化をしてしまったソレに少しだけ恐怖を感じたが、直ぐに ” 気持ちいい ” に思考は溶かされる。

頭に浮かぶのは、今まで抱いてきた女の体────じゃなくて、さっき見た源の身体で、それにありえない程興奮した。


「 ……はっ……は、はははっ……。

……っすっごい……なっ……。

あ~……源の身体を触ったら……俺、どうなるのかな……? 」


頭の中に、突然現れた生まれたままの姿の源。

優しく全身を触ってあげると、妄想の中の源はすごく気持ちよさそうな顔をしていて……俺にすがりつく様に抱きついてきた。

源の顔。

源の胸、背中、お腹、手、足……視覚に入る全てが興奮を手助けしてくれて。

耳に入る声も息遣いも、感じる体温だってそう。

五感全てが奪われる様な感覚になった。


「 ……はっ……はっ……っ……源、源、源、源……。 」


源の名前を囁きながら、気がつけば自分の快感を引きずり出そうと勝手に手が動き………。


” 翔……。 ”


「 ────~……っ……っっ……っ!!?? 」


妄想の中の源が俺の名を口にした瞬間、凄まじい快感が体を襲い視界は真っ白に。

肩を大きく揺らしながら荒々しく息を吐く。


「 ────ハァ……ハァ……。……??

…………?? 」


荒い息を吐きながら、初めて味わう衝撃にしばらくボンヤリとしたまま動けなかった。


何だコレ?

何だコレ??

何だコレ???


強すぎる快感と、ぐちゃぐちゃに濡れてしまった下半身に驚きながら、俺の脳裏には源と初めて出会った頃の事が浮かんでいた。



源は本当に普通。

最初に会った時だって特に印象に残る事はなく、沢山いる誰かの内の一人程度だった。

物心ついた頃から、自分は普通じゃない特別な存在である事は分かっていて、他人に対しては ” なんでできないの? ” くらいしか思った事がない。

勿論家の近所でたまに見かける源に対しても最初はそう思ったし……いや、むしろ不快感すらあった。

俺の家は広い豪邸で、源の家は犬小屋みたいな狭い家。

俺がエスカレーター式の富裕層向け幼稚園で、源はそこら辺の普通の幼稚園。

俺が毎朝車で幼稚園に行く時、源は母親が運転する自転車の前にちょこんと乗って通園していた。


バカみたい。


自転車の前に置物の様に乗せられている源は、いつもすごくはしゃいでいて、手を水平にして飛行機ごっこの様なものをしている。

ただ自転車に乗せられて手を広げただけ。

それで幸せになれる源が、心底気持ち悪いと思った。


だから少しだけ気まぐれを起こしたのだ。


ほら、気持ち悪い毛虫とかが目の前でゴソゴソ動いていたら……潰したくなるじゃない?


────プチってさ。



「 ねぇ、何やってんの? 」


車から出た時、俺はちょうど母親と家に入ろうとしている源に話しかける。

母親の方はビックリしたみたいだか、源は何でもないかの様にすぐ近くに咲いていたタンポポの綿毛を指差した。


「 しょれ……吹きたい。 」


舌っ足らずのアホみたいな言い方。

それでも一生懸命母親を引っ張りながらタンポポの綿毛を指して訴えてくる。


どうやら母親が早く帰りたいからと源を無理やり引っ張って家に入れようとしていたみたいだ。

源はひたすら踏ん張ってそのタンポポの綿毛に手を伸ばしている。


「 ……ふ~ん。 」


俺はつまんなそうにそう答えると、そのまま足を上げてその綿毛を踏み潰した。
────グチャッ!


潰れてしまったその綿毛は無惨な姿になり、俺が足を上げた瞬間その種子はブワッ!と空へと飛んでいく。


「 あ~あ。なくなっちゃったね。 」


クスッと笑って言ってやったら、源は泣き────ださずに、ニコッ!と笑った。

予想外の反応に驚く俺を他所に、源は飛んでいった綿毛の種子達を指差す。


「 アレをとばしてあげたかったんだ。

ありがとーごじゃーます。

とおくにとんで、きっとたのしいね。

バイバーイ! 」


それだけ言い残して源は、ゲンコツされて家に入ってしまった。


「 ……はっ?? 」


残された俺は肩透かしを喰らい、しばし放心した後は怒りが湧く。


思い通りにならなくてムカつく!


それが腹立たしくて、また違う日に公園で遊んでる源に声をかけた。


「 ねぇ、何してんの? 」


源は公園の砂場近くで粗悪な車のオモチャを使って遊んでいたが、俺の手にあるオモチャを見て目を輝かせる。


「 しょっ、しょれは……ゲンテイモデルのビックカーこれくしょん!! 」


「 ────ん、そう。他にも沢山あるよ。 」


後ろに立っている護衛に命じて、他にも沢山持ってきたオモチャを出させると、源はパァァァ~と更に目を輝かせた。


「 しゅげぇ~しゅげ~!!

しゅごいのたくさん!! 」


「 ────そう?

でもこれ、普通だけど。

あ、ごめんね?お前みたいな貧乏で汚いヤツには普通じゃないかもね。

かわいそ。 」


フッと蔑む様にそう言ってやれば、源は泣きだす────ことはせず、へぇ~と納得した様に頷く。


「 しょっか、しょっか~。

" ふつう " っていっぱいありゅんだなぁ~。 」


やはり思い通りの反応ではなかったので固まる俺に、何故か粗悪な車のオモチャを見せつけてきた。

そしてまるで見せびらかす様にフリフリと振る。


「 実は、こりぇは、ちょっとふつうじゃない!

ふぁみれすのガチャガチャであたったシークレットなのだ!

おれ、うれちい! 」


ワーイ!ととても嬉しそうな笑顔を見ると────もう何も言う気になれなかった。

こいつにとっては、特別も普通もあんまり関係ないんだ。


「 …………。 」


なんだか急に自分の持っているもの全てがどうでも良くなって、それがとても不思議で首を傾げる。

するとその直後、顔を真っ赤にした母親がやってきて、また源にゲンコツして連れていったが、俺の視線はそのまま源を追いかけていた。



「 幼稚園変える。 」


その日帰って直ぐに父親にテレビ電話をかけてそう伝えると、父親は少し驚いた様だ。


《 気に入らない先生や友達でもいたのか? 》


的外れな答えに首を振り、ニコッと笑う。


「 気になるモノがあるから近くで見たい。

いいでしょ? 」


《 ……はぁ?? 》


父は素っ頓狂な返事を返してきたが、俺が引くつもりがない事を察し、ハァ……とため息をついた。


《 気まぐれな奴め……そういう所は母親似だな。

────まぁ、どうせすぐ飽きるだろう?

その足元に転がっているおもちゃと同じように。 》


画面の向こうの父は、俺の足元を指差しクスクスと笑う。

足元には、先程源に見せびらかすためだけに買ったオモチャが残骸になって散らばっていた。


だって要らなかったから。


「 ────さぁ。どうかな? 」


《 ……まぁ、いいさ。

好きにすればいい。 》


父との会話はそれで終了。

次の日から、俺は源と同じ幼稚園に通うことになった。


源は全てにおいて普通で、その普通は俺に執着を生む。

源の目に映る俺は、他のみんなが移す俺とは違って普通になってしまった。

だからなんとかその中の特別になりたくて、俺は源のモノは全て奪ってやる。


「 ねぇ、その鉛筆ちょうだい。 」


「 ねぇ、そのハンカチちょうだい。 」


「 ねぇねぇねぇねぇ────。 」


くっついて回る俺に、大抵源はいいよと言って全てを差し出してくれた。

それにゾクゾクする。


俺は源に許されている。

だから俺の全てを受け入れてくれる源は俺のモノ!


まぁ、たまに嫌だと言われてそっぽを向かれることもあったが、その時は全ての力を使って源から奪ってやった。


「 か、翔なんて嫌いだ! 

あっちいけ! 」


「 ふーん?

なんで?ねぇ何で嫌いなの?

俺のどこが嫌いなの?ねぇ、ねぇ、ねぇ。 」


そうグイグイと問い詰めてやれば、源は必死に俺の嫌な所を考える。


「 え、えーと……??

────んん~??な、なんでもできる所……?? 」


「 できないよりできた方がいいんじゃない?

はい、問題は解決したね。 」


「 えっ??……あー……。

う、うん……。 」


頭が弱くてすぐ流される源。

それが可愛くて可愛くて仕方がない!


結局飽きるどころか、執着はどんどん強まるばかりだ。


「 とうとう性欲まで源に向いちゃったんだ。

……いや、これはもしかしてずっと前からかもね。 」


高校の時に奪ってやった源の彼女。

手を繋いだ時、凄く興奮したのだが────それ以上手指は動かなかった。


「 確か、源が一度だけ繋いだ手だって思ったら興奮したんだよね。

それに、今思えば俺が今まで呼んでた女って……。 」


目が少し似てる。

口元が似てる。


髪の色が、指の形が、耳が────……。


「 あ、似てたから興奮してただけか……。 」


今まで見えなかった視界が一気に開けて、俺はそのまま腹を抱えて笑ってしまった。

そして今まで持っていた好きが一気に弾けて、俺の人生はキラキラと輝き出す。

俺の普通じゃない人生は、源によって普通にも普通じゃないモノにも簡単に変化して、人生を輝かせてくれるのだ。

それってすごく幸せな人生じゃない?


「 そっか……俺の人生って、源が一人いるだけで足りちゃうんだ。

んん~……じゃあ、逆に源がいなくなったら俺の人生って終わっちゃうから、大事に大事にしないと……。

大事に……大事に……。 」


ブツブツと呟きながら、源の事を思い浮かべると、あっという間に下半身が元気を取り戻してしまい苦笑い。

呆れてため息が漏れてしまったが、どうにもできずに……その日は好きなだけ頭の中の源とセックスをして過ごした。


「 はい、あ~ん。 」


「 …………。 」


目の前には霜降り最高ランクの肉が。

でもそれと同時に翔の笑顔も見える。


先程翔のお陰で入れた超高級肉料理店は、その内装も物凄くて……巨大ビルの最上階にあるその店は、全ての窓が薄いガラスの水槽になっていた。

そこを泳ぐ魚がまるで空を飛んでいる様。

まさに海の底にいる様な体験ができるその店は、ちょっとした水族館と言っても違和感はない。

そんな店内に置いてある白いテーブルクロスが眩しいテーブルと二脚の椅子も、シンプルながら職人の腕が光る匠のモノ。

素人の俺でも分かる繊細で素材にもデザインにも凝った作りをしていたので、絶対に傷をつけるものかと、店に入って直ぐに誓った。

そうして漫画に出てくる執事の様な格好をした男の人に誘われ、席に誘導されたのだが……用意されている席を見て目が点になる。


「 ……なんか椅子の位置変じゃね? 」


「 そう?

あぁ、日本だと一般的じゃないかもね。 」


大体レストランとかに行って二人で食べる際、大抵椅子は向かい合わせに置かれるはずなのだが────……目の前の椅子はどう見てもおかしい距離で隣同士に並んでいる。


「 へぇ~海外ってこんな感じなんだ……。

……食べにくくね? 」


お互い食べていると肘がぶつかる……いや、絡まり合うくらいの距離。

それに納得いかずに考え込むと、翔はニコニコと笑顔で返事を返し、俺を引きづって椅子の一つへ強制おすわりさせた。


「 ────おい……。 」


「 じゃあ、乾杯しようか。

まずはシャンパンから。源好きだもんね。 」


翔がそう言った瞬間、直ぐにスタッフらしき人が来てグラスにシャンパンを注ぐ。

キラキラと薄い黄色がかった液体とシュワッという炭酸の弾ける音に、一旦口を閉じて凝視した。


「 うん、シャンパンってうまいよな。

特別な日って感じがするから普段は飲まないし。 」


「 そうだね。

源にはこれから少しづつ頑張ってもらわないといけないから、ちょうど良かった。 」


頑張る……?

何を……??


そんな疑問を持ったのは一瞬で、直ぐに答えが出た俺はしっかり答える。


「 ────あぁ、そういう事か。

まぁ、完璧は難しいが頑張るよ。 」


頑張るとは恐らく今まで全部翔がやっていた家事の事。

普通のルームシェアなら家事は半々が当たり前だし、そもそも家賃だって払ってないんだから俺が全部やっても文句はないくらいだ。

任せろと言わんばかりに胸を叩くと、翔は嬉しそうに笑う。

なんだかその笑顔に違和感があったため、どうしたのか尋ねてみようと思ったが、その直後にきた肉料理に意識が向き口を閉じた。


薄い肉がサラダを包みこむ恐らく前菜的な料理。

その姿はまるでイソギンチャクの様で、それ単体で美術館などに飾られている作品のようだ。


「 す、すげぇ~……! 」


目を輝かせ、早速……!と食べようとすると、翔がサイドに置いてあるフォークを取り上げる。


「 …………? 」


嫌がらせ??

ムッとしながら、翔の方に置いてあるフォークを取ろうとしたが、その手はペシッとはたき落とされた。


「 ……何? 」


「 はい、あ~ん。 」


翔は睨みつける俺を無視して、肉サラダにフォークをぶっ刺し、そのまま俺に差し出してくる。

あれ?普通の距離とは……??

外ではされたことがないこの行動に汗を掻き、俺は翔に尋ねた。


「 ……俺達の関係は変わるんだよな? 」


「 うん。そうだね。

だから、あ~ん。 」


話が通じない翔にため息をつき、俺は首を振って拒否を示す。


「 いやだよ。俺は自分で食べる。 」


すると翔はニコッと笑いながらフォークを地面に落とした。


「 ────あっ! 」


驚いてそれを拾おうとしたが、二の腕を掴まれて覗き込む様に見つめられる。


「 ね、お願い。 」


「 …………。 」


基本、翔のお願いはほとんど命令だ。

それをどんなに拒否しても、言うこと聞くまでしつこいし、周りもそうするべきだと攻撃してくる。

勿論、本気で嫌がれば譲歩はしてくれるのだが、それには非常に強いパワーが必要となる。

だからいつも俺は天秤に掛けるのだ。

" 言う事を聞く " と " 抵抗する手間 " を。


「 ……分かった。 」


コクリっと頷くと、翔はパァ~!と嬉しそうにしながら、また新しいフォークで肉を刺して俺に差し出す。

これくらいなら言うことをきいた方が楽。

そう判断し、俺は大人しく口を開け、まるで雛の様に食べる事にした。


「 うん。源はいい子だね。

何がいいか言ってくれれば食べさせてあげるよ。 」


「 ……どうも。 」


なんか変。

違和感を感じながらも結局そのまま完食させられ、まるでエスコートされる様に店を出た。
「 …………。 」


その後車の中で無言を貫いていたが、翔は今まで見た事がないくらいご機嫌で……違和感は更に強くなっていく。

信号で止まるたびに髪や顔を触ってくるし、やっぱりおかしいと流石に分かった。


……今日も実家に帰ろう。


気味が悪い翔と少し距離を置きたくて、俺がそれを口に出そうとすれば、窓の外の景色が帰り道のモノとは違う事に気づく。


「 ??あれ?

翔、どこ向かってんだよ。 」


窓の外を指差し尋ねると、翔はニコニコしながら答えた。


「 買い物だよ。

全部買い揃えようかなって思って。 」


「 はぁ?? 」


いや、何を?────と尋ねるのはやめておく。


翔は結構散財屋の様で、気がつけば毎日違うモノを身につけているからだ。

そこまで細かくは見てないが、スーツとかネクタイとか?頻繁に違うモノを持っている気がする……。


まぁ、なんか欲しいモノでもあるんだろう。

そう軽く考えて────めちゃくちゃ後悔した。



「 ────うん。これがいい。

じゃあ、これとこれとこれ。あとそっちのもね。

全部包んでくれる? 」


翔は値段が書かれていない商品を次々と俺に着させ、片っ端からそれを買っていく。

驚いて直ぐ商品を丁寧に包もうとしている店員さんを止めようとしたが、そんな俺を翔が止めた。


「 大丈夫だよ。全部すごく似合ってたから。 」


「 いやいや……そういう問題じゃねぇよ。 」


まるで高級ホテルの様な内装で、天井にはシャンデリア。

もうこの時点で別世界だというのに、そんな場所に置いてある商品などとんでもない値段に違いない。

そんなモノを山盛り購入。

高級そうな箱に詰められ、テーブルの上に積まれていく商品達は見上げる程だ。


総額がいくらなのか想像もつかない。

恐怖にブルっ!と震える俺とは違い、翔はとても不思議そうな顔をしていた。


「 ?もしかしてデザインが嫌い? 」


「 そうじゃねぇよ。

俺はこんなの買うお金なんてねぇぞ。

だから悪いが全部キャンセルで。 」


ビシッ!と当たり前の事を言ったのに、翔はコロコロと楽しそうに笑い、動きを止めた店員に動いて良しと言わんばかりに手を振る。


「 そんなことか。

なら大丈夫だよ、全部俺のお金だし。 」


「 はぁぁ────!? 」


全然大丈夫じゃない!

慌てて俺は翔に詰め寄った。


「 いや、おかしいおかし過ぎるだろう!?

なんで翔の金で俺のモノを買うんだよ! 」


今までもちょこちょこと色んなものを渡してはきたが、こんなあからさまな感じではなかった。

正直こんなことされても困るので、何か原因があるならやめて欲しいとおもったのだが────やはり翔は不思議そうにするだけだ。


「 ?おかしいかな?

でも、ここで買わないと家に源のモノは何もないよ。

さっき頼んで全部捨てたからさ、源の服や日常品、パンツとかも全部。 」


「 はぁぁぁぁぁ────??!」


更に衝撃的な事を言われて、真っ青になりながら冷静に質問した。


「 ……なっ、なんで俺のモノをすてたのかな~? 」


「 アッハッ!源、今さ~動揺してるでしょ?

動揺すると子供に話しかける口調になるよね。 」


「 …………。 」


笑う翔はすごく楽しそう。

でもやっている事はめちゃくちゃ嫌がらせだ。

ス────~……ハァ~……。

大きく深呼吸をしてから、笑う翔にまた冷静に話しかけた。


「 ……どうしてそんな酷い事をしたんだ。

イタズラにしてはタチが悪過ぎるし、お前なんだかおかしいぞ。 」


「 酷い?なんで?

だってこれからは俺が選んで買ったものだけだよ、源の身につけられるモノは。 」


「 ???? 」


全く会話にならない事に流石に焦ったが、とにかく誕生日でもないのに……いや、誕生日だとしても過剰過ぎる。

完全にお断りしようと口を開けようとしたが、翔は優しい手つきで俺の口を塞いだ。


「 ────っむぐっ!! 」


「 ん~……。俺、この匂い好きじゃないんだよね。

新しく調合させたシャンプーとボディーソープは必須だな。 」


突然口を押さえてない方の手で俺の体を抱き寄せ、耳元の臭いを嗅いでくる。


「 ────~っ!!?? 」


「 あと唇も荒れてるからリップクリームも。

それも好きな匂いのモノを作らせよう。 」


翔は口元を覆う手をパッ!と離し、親指で唇をクニクニと弄んできた。


「 ────っやめろってば!! 」


顔を振ってその手から逃れたが、翔はそのまま俺を押さえ込む様に抱きしめてきたので、身動きが取れない。

流石の暴挙にムカっ!として、怒鳴ろうとした瞬間────翔がボソッと耳元で呟いた。


「 何か嫌なの?

だって源は何にも嫌な事ないのに。 」


まるで子供に言い聞かせる様な口調になんだかゾッとしたが、ちゃんとその理由を答える。


「 嫌だよ。

だって、なんでそんな翔の好きなモノを俺が使わなきゃいけねぇんだよ、バカか。 」


呆れた様に言ってやると、翔はんん~?と少し考える素振りを見せながら言った。
「 だって ” 俺が好きな匂いになる。”

” 源はただあるモノを使うだけ。”

その行為のどこに嫌な事があるの?

だって源は損なんてしてないじゃない?

例えば、源が今のシャンプーやボディーソープにこだわりがあるとか、自分で用意しないといけないとなると損だよね?

こだわりあったっけ? 」


「 ────えっ!!

…………????

いや、別にこだわりなんかないけど……。 」


薬局で一番やすいシャンプーとボディーソープ、リップだってそう。

こだわりなど皆無だ。

モゴモゴと答える俺に対し、翔は ” ね?おかしくないでしょ? ” と言わんばかりに首をコテンと横に倒す。

なんだかそういう問題じゃ無い気がするが、なんて説明していいか分からず黙ると……翔は更に買うモノをどんどん選び、全てスタッフの人たちに運ばせて車の中へ。

そして俺はまた車に押し込まれた。


「 …………。 」


恐怖しか感じない買い物量に青ざめているというのに、翔はやはり行きと同じ様に車が止まる度に俺の顔や口元を弄ぶ様に触る。

更に ” 可愛い ” ” 可愛い ” とまで言い出し、本格的な恐怖に襲われた。


「 ……お、俺……今日は実家に帰る……。

降ろしてくれ。 」


そう告げると、翔はニコッと笑いながら「 駄目。 」とハッキリ告げる。

その言い方は絶対に譲る気がない時のモノで、この場合いつも俺が仕方ないなと譲歩してきたが、今日は俺も引かない。


「 今日のお前は絶対変だ。

だから一旦距離をおこう。 」


「 …………。 」


翔は無視。

その後はシーン……とした車内で、気まずいまま結局俺達の家に到着してしまった。


「 ────っ! 」


とにかく嫌だという気持ちから、俺は即座にシートベルトを外して外に飛び出したのだが、突然どこからか現れたスーツを着た男たちに道を塞がれてしまう。

そしてそれを押しのけ外に出ようとしたが、そのまま優しく拘束されてしまい、” えっ!!? ” と驚いてしまった。

こいつら、絶対素人じゃない!

流れる様な拘束術にアワアワしていると、後ろからゆったりとした動きで翔がやってきて俺の二の腕を掴む。


「 さぁ、帰ろう。 」


「 いや、ほんっとに俺の話聞けって……。

っつーか、なんなんだよ、コイツラは。 」


掴まれた二の腕がやや痛くて顔を歪めながら尋ねると、翔はあっけらかんとそれに答える。


「 あぁ、源用の護衛達だよ。

いつも何十人単位で色んな所に待機させてる。

逃げるのは無理だよ、プロだしね。 」


「 はぁぁぁぁ~!!?? 」


突然聞かされる衝撃の事実!!

えっ?いつも……??


「 えっ、いつもって??? 」


「 ?毎日って事だよ。

何言ってんの?? 」


さも俺がおかしいみたいに言ってくる翔に……激しい怒りが湧いた。

どう考えてもおかしいのは翔!

こんなの絶対に絶対におかしい!!


「 いや、ふっざけんな!!

なんで俺がそんなプライバシーゼロの状態に置かれないといけねぇんだ!!

もうお前とは絶縁だ!!俺は実家に帰る!!

とっとと離せ!馬鹿野郎!! 」


大激怒して怒鳴ってやったが……翔は余裕そうにう~ん……?と首を傾げる。


「 そっか~。でも、それ俺は嫌なんだよね。

うん、じゃあ、仕方ない。

翔の実家を消そうか。

そしたら帰る所、なくなるでしょ? 」


「 …………はいっ?? 」


とんでもない一言にポカンとしていると、突然翔が胸元からスマホを取り出しどこかに電話し始めた。


「 あ、もしも~し。

今融資している< 木原会社 >との契約を今直ぐ切ってくれる?

────うん、そうそう。

それで根本っていう社員を切れば続けるって社長に言って。 」


「 ────っ!!!?? 」


< 木原会社 >は俺の父さんが働いている会社で、その社員は俺の父。

絶句している俺の前で翔はペラペラと喋り続ける。


「 それで、近所のスーパーでパートしている根本さんっておばさんもクビに。

あと< 洞野病院 >で働いている看護師の根本って女も切ってくれる?

う~ん……そうだね、適当に理由をでっち上げて────……。 」


「 ────翔!!! 」


翔の名前を叫ぶと、翔はピタリと止まり、ニコニコしながら俺を見つめた。


「 なに? 」


「 ……なんでそんな事するんだ。

酷すぎるぞ。 」


本気で怒りながらそう言ったのに、翔は本気で分からないのかキョトンとした顔を見せる。


「 ?だって仕方ないでしょ?

源が俺から離れるなんて言うから。 」


自分の望みを叶えるためにこんな事を平気でするなど正直考えられなかったし、しかもその望みが俺が離れない事?

なんじゃそりゃ!!と大声で叫びたかったが、今は家族が酷い事になるのを止めるのが先決だと、俺は静かな怒りを込めて翔に言った。


「 実家に帰らないから……それ、止めろよ。 」


「 そっか。良かった。

────もしもし?やっぱり今の話は全部なしで。

うん、またお願いね~。 」


通話を終えた翔は、スマホを胸ポケットに入れニコニコ笑いながら俺の手に自分の手を絡める。


「 じゃあ、帰ろうね。俺達の家に。 」


「 ……あぁ。 」


いわゆる恋人繋ぎの手にゾゾゾ~!としたのだが、とりあえず今ここで何か言えば家族に被害が及ぶ可能性もあるため大人しくする事にした。

すると大人しい俺を見てどんどん機嫌がよくなっていく翔はそのまま家へと歩き出す。

イタズラ?

嫌がらせ?

家に着いた途端サプラ~イズ!とかやる?

エレベーターに乗ってる間ありうる可能性を思い浮かべてみたが、その間も翔は髪や顔を弄ったり、臭いを嗅いできたりと気味の悪い行動をし続けた。

その行動はまるで…………。




恋人同士のようだ。

「 ────~っ!! 」


ブルっ!と体が震えてしまい、それを目ざとく翔に気づかれてしまう。


「 どうしたの?寒い? 」


翔は頓珍漢な質問をしながら、俺の体を抱き寄せた。

その行動にも、サァァァ~……と血の気が引き、思わず体を離そうとしたが、さっき起こった事を思い出し動きを止める。

とりあえず家に着いたら、なんでこんな事をするのか冷静に話し合おう。

そう誓って動かずにいると、翔は満足そうに微笑み、そのままエレベーターの後ろに俺の体をつけた。

そして体を密着させて鼻がつくくらいの距離まで顔を近づける。


「 ……なっ、なっ、なっ、……っ……!!? 」

「 ────あぁ~……可愛い。

今までなんで気づかなかったんだろう? 」


近すぎてピントがボヤけてもパーフェクトな美しさは現在だが、言ってる事はパーフェクトから程遠い。


「 はっ……?か、かわ────?? 」

「 もう可愛い、可愛い。世界一可愛いよ、源はさ。 」


熱に浮かされる様にブツブツ言う翔が気味悪いを通り越して心配になったが、ハッ!と思い出すのはここがエレベーターの中だって事。

流石にこんなの見られたら、恥ずかしくて死ぬ!


「 ────っ分かった!分かったから、離れろっ!! 」


翔の口元を覆い、なんとか顔を離すと、翔はプゥ……と小さく頬を膨らませる。


「 …………。 」


「 ……エレベーターの中だぞ?俺はこんな所で嫌だから! 」


素直に答えると、翔はパッ!と嬉しそうな顔へと一瞬で変わった。


「 うん。分かった! 」


……いや、本当に分かってる??

翔は心配になるくらいいい返事をすると、チンっ!とエレベーターが最上階へ着いた瞬間、俺を抱き抱える様に部屋の中へ連れてく。

────バンッ!

そして勢いよく扉を閉めると、そのまま後頭部を鷲掴みにされキスされた。


「 ────っ!!??────っ!!? 」


パニックを起こす俺を置き去りに、そりゃ~もう!

ベロベロ、チュチュチュッ、グッチャグッチャと、キスと言うには随分と攻撃的な行為をされる。

ちなみにコレが俺の人生初めてのキス。

ことごとく翔に邪魔されてきたせいで。


「 ~~っ!!────っ!! 」


「 ────ハァ……ハァ……。

は……ははっ……すっごい興奮する。 」


翔はいつもの様に余裕がある様子ではなくて、見たこともないくらい必死な様子だ。


「 か、かぇ────……。 」


散々絡め取られた舌が痺れて呂律が湧いて回らず……それでも何とか名を呼ぼうとしたが、そこで恐ろしい事実を知って言葉を飲み込んだ。


────え……?

た、勃って……??

         
言い訳しようがない翔のソレ(ルビ)に驚き呆然としていると、今度は可愛らしいフレンチキスをされ、正面からギューっと抱きしめられる。


「 これから沢山愛し合おうね!

──あぁ、早く源の中に入りたいな……。

そしたら、もう全部俺のモノだ。 」


「 あ、愛し────……?? 」


クラクラしながら呟くと、翔は俺の胸ぐらを掴み、そのまま一気にシャツを破り裂いた。


「 ────うわっ!! 」 


「 これはもういらないから捨てようね。ダサいし。

これからは俺の買った物だけしかダメ。 」


失礼な言葉に、ムカっ!として抗議しようとしたが、またキスされて口の中を舐め回され、言葉はとられてしまう。


「 ──…………うぅ~……。 」


そっちに意識が全て持ってかれている間に、翔はズボンをやはり乱暴に脱がしてくるので、慌てて落下を抑えていると────その手は後ろに回されパンツの中へ。 


「 ────っ……────っ!!? 」


中の尻の肉をグッ!と掴まれ、一気に体温が下がったが……逆に翔の体温は上がった気がする。


「 源……源……源……。 」


うわ言の様に呟きながら、モニモニとお尻を揉んでくる翔に────とうとう俺は限界を迎えた。


「 わぁぁぁぁぁぁぉぁ────!!!!

あ────!!!あ────!!!ぁぁぁぁぁ────!! 」


「 !!? 」


ワーワー!と大声で叫ぶ俺に、流石に翔も動きを止めるしかなかった様だ。


「 えぇ~……。あのさ……もうちょっとだけ色気だしてくれない?

萎えるでしょ。

────まぁ、源らしくていっか。 」


萎えるとか言っているが、一向にガッチガチな下半身のまま、また俺の体を弄り始めた翔の顔を鷲掴み、更に続けてワーワー!と叫んだ。


「 嫌だ!嫌だ!絶対嫌だ!! 

俺は根本 源! 」


「 ……いや、知ってるよ。

何で自己紹介なんてしてるの?? 」


呆れ顔の翔は、自分の顔を鷲掴む俺の手を優しく外し、チュッとキスしてくる。

それにもゾワッ!としたが、それ以上に────俺が源だと知っているのに、おっ始めようとしている事に絶望した。

最悪何か勘違いしていると思っていたのに……!


「 ……か、翔は、お、お────……俺の事好き……なのか? 」


唖然としながらそう尋ねると、翔はあっさり頷く。


「 うん。好きー。

だからセックスしよう。 」


まるで近所のスーパーへちょっと買い物に~レベルで言われて、ゴクリっと喉がなる。

翔は俺が好き。恋愛的に。

その事実を理解すると、凄まじい衝撃に頭を殴りつけられた様な痛みに襲われた。

い、今までそんな素振りなんて────?……と思ったが、チリッ……と引っかかる記憶が頭の中を過っていく。


” お前姉さん女房でもいるのか?

いつもお弁当豪勢だし、洗濯物だっていつもピシッ!としていて完璧だよな~。 ”


” あ、俺も気になってました~。

羨ましいっす~! ”


” いくら惚れててもそこまで彼氏のためにできないわ~。

根元君愛されてるわね。 ” 


会社の同僚や上司、後輩までもが口々に俺の事を見てそう言ってくる。

そのため職場ではすっかり、彼氏にベタ惚れしている姉さん女房的な彼女持ち……みたいに思われているのだが、それをやってくれているのは同じ男の幼馴染だ。

そのため気にしていなかったが……もしかして翔は随分前から俺の事を……?


「 ……ご、ごめん。 」


翔がクニクニと俺の無い胸の乳首をこねくり出したのを止めずに、俺は慌てて謝る。

これじゃあ俺は、相手の恋心を利用するクズヒモ男と同じじゃないか!