もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

(翔サイド)

まさに脱兎の如く部屋を出て行ってしまった源。
直ぐに捕まえようとした所で自分の体の変化に気づき、動きを止めた。

「……あ~。────マジ……?」

その変化が現れた場所を見下ろし頭を抱えると、落ち着くために一度ベッドの上に座り込む。
そして直ぐにスマホで電話を掛けた。

《はい、もしもし。》

「源、今どこにいる?」

電話の相手は常に源の側に控えさせている護衛で、そいつは淡々と質問に答える。

《現在全速力で走っていらっしゃいますので、こちらも全員で跡を追っています。
この方角なら行き先はご実家である可能性が高いです。》

「……そう。じゃあ、そのまま見張りを続けて。それと、直ぐに今流行りのお菓子を用意してくれる?」

《承知いたしました。》

────プツッ!と通話を切った後、俺は携帯を投げ捨て自身の下半身を見下ろした。

「……こんなに興奮したの初めてだな。う~ん……。どうしようかな?女でも呼ぼうかな……。」

『遊ぶ時はコレを使え。』

高校を卒業後、父にそう言われて渡されたのは、性を売りにしている高級プライベート・クラブの会員証だ。
ここはいわゆる、富裕層向けに作られた会員制のクラブで、セックス接待を提供してくれる場所。
徹底した情報管理をしてくれるため、今まで何度も利用してきた。

「…………。」

投げ捨てたスマホを取りに行こうとしたが、なんだか面倒で……もういいやと、自分の下半身をマジマジと見下ろし観察してみた。

「……すご。こんなになったの初めてかも…………。」

急激な変化をしてしまったソレに少しだけ恐怖を感じたが、直ぐに『気持ちいい』に思考は溶かされる。
頭に浮かぶのは、今まで抱いてきた女の体────じゃなくて、さっき見た源の身体で、それにありえない程興奮した。

「……はっ……は、はははっ……。……っすっごい……なっ……。あ~……源の身体を触ったら……俺、どうなるのかな……?」

頭の中に、突然現れた生まれたままの姿の源。
優しく全身を触ってあげると、妄想の中の源はすごく気持ちよさそうな顔をしていて……俺にすがりつく様に抱きついてきた。

源の顔。
源の胸、背中、お腹、手、足……視覚に入る全てが興奮を手助けしてくれて。

耳に入る声も息遣いも、感じる体温だってそう。
五感全てが奪われる様な感覚になった。

「……はっ……はっ……っ……源、源、源、源……。」

源の名前を囁きながら、気がつけば自分の快感を引きずり出そうと勝手に手が動き………。

『翔……。』

「────~……っ……っっ……っ!!??」

妄想の中の源が俺の名を口にした瞬間、凄まじい快感が体を襲い視界は真っ白に。
肩を大きく揺らしながら荒々しく息を吐く。

「────ハァ……ハァ……。……??…………??」

荒い息を吐きながら、初めて味わう衝撃にしばらくボンヤリとしたまま動けなかった。

何だコレ?
何だコレ??
何だコレ???

強すぎる快感と、ぐちゃぐちゃに濡れてしまった下半身に驚きながら、俺の脳裏には源と初めて出会った頃の事が浮かんでいた。

源は本当に普通。
最初に会った時だって特に印象に残る事はなく、沢山いる誰かの内の一人程度だった。

物心ついた頃から、自分は普通じゃない特別な存在である事は分かっていて、他人に対しては『なんでできないの?』くらいしか思った事がない。
勿論家の近所でたまに見かける源に対しても最初はそう思ったし……いや、むしろ不快感すらあった。

俺の家は広い豪邸で、源の家は犬小屋みたいな狭い家。
俺はエスカレーター式の富裕層向け幼稚園で、源はそこら辺の普通の幼稚園。
俺が毎朝車で幼稚園に行く時、源は母親が運転する自転車の前にちょこんと乗って通園していた。

バカみたい。

自転車の前に置物の様に乗せられている源は、いつもすごくはしゃいでいて、手を水平にして飛行機ごっこの様なものをしている。

ただ自転車に乗せられて手を広げただけ。
それで幸せになれる源が、心底気持ち悪いと思った。
だから少しだけ気まぐれを起こしたのだ。
ほら、気持ち悪い毛虫とかが目の前でゴソゴソ動いていたら……潰したくなるじゃない?

────プチってさ。

「ねぇ、何やってんの?」

車から出た時、俺はちょうど母親と家に入ろうとしている源に話しかける。
母親の方はビックリしたみたいだか、源は何でもないかの様にすぐ近くに咲いていたタンポポの綿毛を指差した。

「しょれ……吹きたい。」

舌っ足らずのアホみたいな言い方。
それでも一生懸命母親を引っ張りながらタンポポの綿毛を指して訴えてくる。
どうやら母親が早く帰りたいからと源を無理やり引っ張って家に入れようとしていたみたいだ。
源はひたすら踏ん張ってそのタンポポの綿毛に手を伸ばしている。

「……ふ~ん。」

俺はつまんなそうにそう答えると、そのまま足を上げてその綿毛を踏み潰した。