「 な、何言ってるのぉ~……?
冗談が酷いよぉ。
私だよ、蝶野 舞子……。 」
「 へぇ~、そうなんだ?
知らな~い。 」
興味のカケラもない適当な言い方に、周りの女子社員達はここぞとばかりに、プ~クスクスし始め、蝶野さんは下を向いて震え出してしまう。
更に他の社員達も「 あれ?空野って……さっき彼氏って言ってなかった? 」「 えっ?彼氏だったのになんで知らないって……?? 」と言いながら、完全に疑惑を持っている顔をし始めた。
このまま吊し上げみたいな事をするのは、ちょっとなぁ……。
流石にこれだけ言われれば本人も反省しただろうと、このまま話を切り上げようとしたのだが……蝶野さんは盛大にブチギレた。
俺に。
「 ふっざけんなぁぁぁぉ!!!アンタ!一体何なのよっ!!
ブッサイクな面して空野君にずっとくっついてる寄生虫野郎っ!!!
その身につけているモノ全部空野君から貰ったモノなんでしょ!!?
男のくせに媚び売って、高いプレゼントをこれみよがしに見せびらかしやがって!!!
その場所は私みたいな美人がいるべき場所なんだよ!!とっとと消えろっ!! 」
「 え、えぇぇぇ~……。 」
デジャブ……。
なんか大学の頃もこうやって何故か理不尽に俺に怒りをぶつけてきた様な?
呆れて汗を掻いていると、蝶野さんは尚も翔の方へ涙を浮かべながら必死の訴えをし始めた。
「 空野君もおかしいよ!!
だって根本君なんて本当に普通のただの低スペック男じゃん!
なんでそんな奴の事気にかけるの?!
なんでそんな高いものをプレゼントするの!?
変だよ!!そんなの!! 」
口から飛び出す言葉は少々どうかと思うが……まぁ、ある意味間違ってない。
俺のやってる事って結局はパパ活────……。
「 ??なんでおかしいの?
だって────好きな人に貢ぐのって普通じゃない? 」
────ストン……。
その言葉は驚くほど簡単に、心の奥に落ちてきた。
心底当たり前の事の様に言う翔に部屋の空気は凍りついたが、俺は反対に体がカッカッカッカッと熱くなる。
あ、あれ……?
あれれれれ~???
動揺している俺の事など気にせず、翔は俺の手をハンカチで拭き拭きしてくる。
「 俺は欲しい物を手に入れるためならなんだってするよ。
これもその一つ。
貢ぐくらいで喜んでもらえたらラッキーだと思うけど?
それに俺って独占欲強いからさ~。
好きな人には、俺が選んで俺が買った物だけを身につけて欲しいんだよね。
それって……最高でしょ? 」
ニコニコと語られる自論を……多分誰も理解できない。
そして多分手を拭いているのはさっき蝶野さんに握られたからだと思われる。
その場の中で一番翔の行動に慣れている俺が一番に我に帰り、手をぎゅうぎゅうと握りしめてくる翔から恥ずかしくてとりあえず離れた。
そしてジワッと湧き上がるのは ” 嬉しさ ” だ。
そっか……。
好きな人に貢ぐのって────普通だ!
嫌だと思いながらも、自分のものを翔にあげてた行為だって……結局は同じ。
好きな人が笑顔になるなら別にいっか!って事。
俺は翔の事が、随分と前から好きだったらしい。
悩んでいた自分が馬鹿みたいに思えて、吹き出しそうになったが必死で堪える。
そしてその気持ちをぎゅうぎゅうと奥に隠し、絶句して立ち尽くしている蝶野さんに視線を向けた。
「 あのさ、今回のコレ、蝶野さんがアイツらに頼んだんだよな?
大学生の時も同じ手口で嫌がらせしてたの、直接蝶野さん達が話してたの聞いたから知ってるよ。
図々しいブサイクとか、みすぼらしい貧乏人とか散々言ってたよな。 」
「 ────っ!! 」
ギクっ!と肩を揺らす蝶野さんを、俺は冷静に見つめる。
昔呼び出しを喰らって文句を言われる前後────結局卒業するまで結構な嫌がらせをされて、物の紛失や中傷めいた紙が学生掲示板に貼られる事がしばしばあった。
それを発見するたび、蝶野さんやその仲間達がこっちを見ながらクスクス笑っていたから、そりゃ~流石に気づく。
コソコソと自分達がやっただなんて自白めいた事まで話し出して、わざと聞かせてくれるしな……。
その当時の事を思い出すと頭が痛くなるが、結局翔がご機嫌だったからその思い出は頭の片隅へと追いやられていた。
ちなみにご機嫌な理由は、俺が嫌われていた方が独占できるからだと思われる。
「 …………。 」
ほんとうの敵は隣に……?
無言でチラッと翔を見てしまったのは仕方ないと思う。
多分今回のは ” 体を売った ” 的な言いがかりが気に食わなかっただけだろう。
相変わらずのめちゃくちゃな気まぐれ理論に更に頭が痛くなるが、とりあえず今は蝶野さんの問題を片付けよう。仕事中だし。
そう考えて、また怒りで目を釣り上げ怒鳴ってくる蝶野さんに視線を戻した。
「 そ、そんな事してない!!
酷いよ!!どうしていつもそうやって酷い嘘を言うのよ!
ずっと嫌がらせしてたのは根本君じゃない!
どうせ私が空野君に近づくのが嫌だったからでしょ?
自分に自信がないから。
どう見たって全部私の方が上なんだから、諦めてその場所から出てって! 」
ボロボロと泣き出す蝶野さんを見て、取り巻き達は翔の方を気にかけながらも慰めの言葉を吐くが、本人は翔だけを気にして泣き続ける。
しかもその途中に俺を睨みつけるというおまけ付き!
流石に頭に来て、本人にハッキリ言ってやった。
「 あのな~……自分の気持ちは直接本人に言ってくれよ。
こんな嘘ついたり嫌がらせしたりしてどうするんだ。
そんな奴にこいつの隣はあげねぇよ。
ここは俺の場所だ。 」
「 ……源? 」
翔はポカンとした顔で俺を見つめ────その後色白の綺麗な顔を赤く染めた。
「 えっ、源。
ねぇ、ねぇ、源……。 」
「 お弁当いつもありがとう。
俺、翔の作るハンバーグが大好きなんだ。
夜の魚も楽しみにしてるから、まずは今日も一日お互い仕事頑張ろう。
じゃあ、また後でな。 」
そのまま初めて見る狼狽えた様子の翔の背をグイグイ押して部屋から追い出すと、そのままポカンとしている全員に頭を下げて自分のデスクに戻る。
すると、一人また一人と仕事を再開し始め、まだ文句を言おうとしていた蝶野さんと動かない取り巻き達は、人事の人に連れていかれた様だ。
気がつけばいなくなっていた。
しかし、何故か社長だけは部屋の外からひたすらコチラをジーッと見ていたが……。
その後はウズウズと色々聞きたそうなアズマと和恵を置いて逃げる様に会社を出ると、直ぐに待ち構えていた翔に捕まった。
「 源……あのさ────。 」
翔は何か言いかけて口を閉じる、言いかけて閉じるを繰り返しているのを横目に、俺は近くにあるファミレスに寄って欲しいと頼んだ。
「 直ぐ戻るからさ! 」
そう頼んでファミレスでお持ち帰り用のデザートデリバリーを沢山買って、500円で一個もらえるカプセルトイを大量に手に入れる。
そして直ぐに戻ると、翔に更に一つお願いをした。
「 帰ったら屋上に行かないか? 」
「 ……えっ?いいけど……。 なんで? 」
翔はずっとソワソワしていていたが、それを必死に隠しているようだから指摘はしない。
俺は理由は言わずに、デザートを家の冷蔵庫に入れた後は最上階……屋上へとトイカプセルを持って翔と向かった。
「 うわぁ……。 」
タワマンの最上階の屋外は、本来貸出時にのみ開放できる広いスペースになっていて、たまにパーティーなどで賑わっている様だが、今は誰も使っていないから俺と翔の貸し切り。
そこから距離が近い夜空とネオンの光が見えて目を楽しませてくれる。
俺はその景色を楽しめる様に設置されている立派なベンチに座ると、翔もその隣に大人しく座った。
「 ねぇ、源、源。 」
「 ちょっと待っててくれよ。
これ、開けるからさ。 」
俺は、持ってきたトイカプセルの一つを手に取り、パカっ!と開く。
すると中から出てきたのは小さな電車の形の消しゴムで……普通の赤色をしている事からもノーマルであることがわかった。
それを残念に思いながら、俺は次々とカプセルを開けていき、翔はそんな俺を黙って見つめる。
赤……青、青……黄色……赤、赤……。
開ける度に姿を見せるノーマル色の消しゴム達にガッカリしながら、とうとう最後の一つになってしまったトイカプセルを手に取り、祈りを捧げてからゆっくりと開くと────……。
「 で、出た……。 」
出てきたのはレインボー色の電車の消しゴム。
これがこのおもちゃシリーズのシークレットだ。
「 これやるよ。 」
ポイっと翔にそれを投げ渡すと、翔はそれを片手でキャッチし、不思議そうな顔をした。
「 ……?これが欲しかったんじゃないの? 」
翔はそれを見下ろしながら尋ねてきたので、静かに首を振り、翔の手にあるシークレット消しゴムを指差す。
「 とりあえず一番レアなやつだからあげようと思っただけ。 」
続けてゴチャっとベンチの上に積まれたノーマル消しゴム達を見つめた。
色は赤、青、黄色というシンプルなモノで、このノーマルの内の一つが俺。
シークレットは翔だ。
どこに行ってもいつでも誰にとっても特別な翔。
誰だってそりゃ、シークレットが欲しい筈だ。
翔はシークレットをジッと見つめた後、突然シークレットをポイっと捨てて、何故か青のノーマル消しゴムをごっそり手で持つ。
そんなものをどうするのかと思って見ていたが、翔はニヤッと笑って言った。
「 俺はコレがいいな。
だって源は青のヤツを絶対取るでしょ?
だからこれが欲しい。これを頂戴。 」
翔の言葉によって、あっという間にシークレットはゴミに。
そして逆に大抵の人は気にも留めないノーマルがとても価値あるモノみたいになってしまった。
それが楽しくてつい笑ってしまうと、翔はやっぱり不思議そうな顔をしている。
「 あのさ! 」
ひとしきり笑った後、俺はゴミみたいにベンチの上に転がるシークレットを手に取り翔に向かって話し始めた。
「 俺って特に何にも人より優れてるモノないと思うんだよ。
他人が凄いって認めてくれる様なモノは何にも……。
でも、それが嫌だとは思ってない。
なんだかんだ努力してきた自分の事が好きだから。 」
「 ……?源が頑張り屋さんなのは知ってるけど?
できないのに死ぬほど努力するよね。
それが可愛い。 」
ちょっと最後はムカつくが、翔がさりげなく言ってくれる俺の努力を認める発言に、ジン……と心が痺れる。
俺は特別じゃない。
でも翔がそんな俺の事をちゃんと見て、認めて、欲しがってくれるから、いつも特別になれるんだ。
気分屋で結構酷い事ばっかりされても……それが嬉しいから結局側にいる。
世界の中でたった一人でもそんな人がいたら俺は特別!
シークレットレアのハッピー人生だ!
「 あのさ、もう高いモノプレゼントするのやめろよ。
やっぱり自分のモノは自分で買う。 」
「 ────は?えっ、ヤダけど? 」
ツーンとそっぽを向いて聞く気なし!の態度をしてくる翔を見ながら、今度は俺がニヤッと笑いながら言った。
「 好きな奴と対等でいたいって気持ちも " 普通 " の事だろ? 」
そう言った瞬間、翔はすごい勢いでこっちを向く。
そして「 今なんて言った?聞こえなかった! 」「 ねぇねぇねぇ! 」としつこく聞いて来たので笑って誤魔化したが、翔は見て分かるくらいご機嫌になっていたので本当は聞こえたのは分かっていた。
嬉しそうな翔を見るのは嬉しい。
それって俺が翔の事を好きだからだ。
今更こんな事に気づくなんてどうかしてる。
グイグイくっついてくる翔を受け入れながら、思わずハハッと乾いた笑いが漏れてしまった。
するとその直後、翔は幸せそうな顔でキスをしようとして来たが、ここは屋外!
グイッ!と顔を押し返して拒否すると、翔はムスッ!と拗ねた様な顔をする。
しかし内心はご機嫌な状態のまま、「 まっ、いっか。 」と呟き俺の手を握った。
「 源が受け入れてくれて嬉しいから今はいいや。
内心、多分受け入れてもらうのは難しいかなって思ってたし。
ほら、源って女の子が好きだしさ。 」
「 おい、人を女好きみたいに言うなよ……。
一般的な男性思考だろ。 」
呆れながらそう返すと、翔からは今までの幸せオーラからは一変────ゾッとするほど冷たくてドス黒いオーラが辺りを漂う。
「 逃げようとしたらまずは閉じ込めようと思ってた。
何年も閉じ込められたら流石に考え変わるかなって。
それでも男女に拘るなら、源の戸籍と体を改造して女にしてもいいかなとも思ってたんだ。
そしたら女、抱けなくなるしさ。 」
ペラペラと語られるとんでもない計画に────俺は笑顔で固まった。
しかし翔のお喋りは止まらない。
多分嬉しくてハイテンションだからだと思われる。
「 あー、後は手足なくしちゃってもいいなって思ってたかな?
これがホントの俺がいないと生きられない体だね!
ハハッ。めちゃくちゃ可愛い! 」
うっとりしながら俺の手を撫でる翔が心底恐ろしくて、気絶しそうになったが……ニッコリ笑う翔は本当に嬉しそうだし────……。
────ま、いっか。
今、五体満足だし……。
「 そ、そうか……。
とりあえず突然やるのはなしな、絶対に。 」
「 うん。わかった。 」
突然行動しないことを約束させると、翔はそれはそれは嬉しそうに笑い立ち上がる。
そしてその場で俺を抱きしめて、耳に顔を近づけると……ボソッと呟いた。
「 それでも手に入らなかったらさぁ……源を抱きしめて高い所から飛び降りようと思ってた。
だからちょうど良かったよ、このタワマン買って。
ここから飛び降りたら俺たち一つになれるもんね。
この高さなら俺達の境界線なんて全部無くなっちゃうでしょう?最後はグチャグチャにくっついてさ。 」
翔は一度俺を離し、そのままクルッと体を回して綺麗な夜景が見える様にすると、今度は後ろから逃さないと言わんばかりに強く抱きしめる。
「 ココが幸せの場所になって良かったね。
これからもずっと選択を間違えないで、一緒に " 普通 " の暮らしをしようね。 」
何一つ普通じゃね~じゃん!
思わず心の中でツッコミを入れてしまったが、もう既に俺の頭の中では恐怖を押しのけて、今夜の魚の事へ思考はゆっくりとシフトし始めてる。
翔がいる限り、俺の日常は毎日シークレットレア!
細かい事はそこまで気にしていられないので、今が無事なら大抵のことは頭の中からポイっ!だ。
俺は綺麗な夜空を見上げ、ワクワクした気持ちで口を開いた。
「 ……とりあえず、今日の魚は刺身にしようぜ。
最初は塩で。 」
( アズマ )
「 あ~……根本帰っちまったか。 」
すまなさそうに頭を軽く下げながら定時で帰ってしまった根本を見送り、チェッ!と舌打ちをする。
そして先程目の前で起きた事を思い出し、ワクワクと好奇心に目が光った。
根本はこの会社に入る際に同期で入った、いわゆる同僚だ。
正直突出して何か秀でるモノはないが、真面目だし仕事は丁寧である根本に対し好感を持っているし、仲良くしたいと思って積極的に絡んでいる。
ただ、帰りに飲み会に誘っても困った様な顔で断ってくるので、俺は何回目かのお誘いを断られた際に軽く聞いてみた。
” もしかして結婚してんのか? ” と。
新卒で入った時からだったので独身だと思っていたが、もしかして卒業と同時に……?
そう予想して聞いたのだが、根本はブンブンと首を横に振ってしていないと答える。
しかし、その後「 一緒に暮らしているヤツはいる。 」とだけポツリと答えてくれた。
それから結構根掘り葉掘り聞いたがなんとなく流されてしまい、多分あまり話したくないのだと分かったため、詳しく聞かない事にしていたのだ。
「 ……まさか、男と暮らしていたとはなぁ~。 」
デスクの椅子に寄りかかって、ハァ~……!と大きなため息をつく。
てっきり他の男に見せたくないくらい可愛い彼女と同棲だと思っていたし、それをあえて否定もしてこなかったから、本当に驚いた。
「 いや~私もびっくりしましたよ。 」
「 私も!だって毎日すごく凝ったお弁当持ってきてたから、てっきり根本君にベタ惚れの彼女でもいるのかと思ってたし……。 」
俺の独り言が聞こえたらしい女子社員が話に混じってきて、ワイワイと根本の話で盛り上がり始めると、今度は男性社員まで入ってくる。
「 でも、そのお相手の空野さん……?だっけ?
なんか社長まで来てペコペコしてたし、すごい偉い人なんじゃね? 」
「 そうだろうな~。
まぁ、漂うオーラも普通じゃないっていうか……。
明らかに一般人じゃないだろう、あれ。 」
男性社員は、恐る恐る空野さんについての考察を冷静に始めたが、女子社員は逆にキャー!と興奮しだして一斉に悲鳴を上げた。
「 凄いよね!あのスーパーイケメン!!
もうカッコよくてカッコよくて……気絶!! 」
「 きゃ~ん!アイドルだったら推し活した~い!
うちわに写真入れて振りまくるぅぅ~!! 」
茶番の様にバタバタ倒れる女子社員に男性社員が本気で引いているというのに、女子社員の勢いは止まらない!
「 しかも絶対めちゃくちゃ金持ちでしょ!
だって根本君の持ち物、気まぐれに調べたらとんでもない値段だったもん!
それをサラッとプレゼントするくらいの財力……リアル王子じゃん! 」
「 それなのに、あんな凝ったお弁当作ってくれるとか……スパダリ過ぎない!? 」
はぁぁぁ~ん……♡
ピンク色のため息をつきだす女子社員に何も言わずにいると……ドタドタという大きな足音と共に部署に駆け込んできたのは和恵だ。
「 ね、ね、根本くぅぅぅぅ~ん!!!!────……って、あれ?!いない!!
────くっ……!一足遅かったか……っ!! 」
和恵は悔しげに唇を噛み締め、地団駄を踏む。
そして直ぐに俺の方へと走ってやってきた。
「 根本君の同棲相手って男だったのね。
てっきりお金持ちのご令嬢かと思っていたのに、まさか彼氏だったとは……。
先越されたわ! 」
「 いや、彼氏って……。
ルームシェアって言ってたし、そうと決まったわけじゃ……。 」
拳を握って悔しさを表現する和恵を落ち着かせる様に言うと……他の女子社員達がキャーキャーとまた騒ぎ出す。
「 え~でも、空野さんが ” 好きな人に貢ぐのは~ ” って言ってたじゃないですか~!
絶対彼氏です。 」
「 ん~……でも、はっきりと関係性を言ってなかったから、まだアタック中の可能性もあり! 」
「 えええ~!なにそれ!美味しい!!
スパダリイケメンからの溺愛アタックとか……なんかドラマみたい! 」
盛り上がる女子社員に、俺と男性社員はタジタジだ。
しかし、俺はその会話を聞いていてフッと思った事があったので、思わず口を挟んだ。
「 ……でもさ、付き合ってないのに、あんなに飯作ったり高いプレゼントするのって普通か?
ちょ、ちょっと俺、怖くなってきたんだけど……。 」
考えてみれば、確か根本はルームメイトと言っていたし、もし付き合っているなら嘘がつけないヤツだから、相手が男でもはっきり関係性を言うんじゃないかと思ったのだ。
それに……。
「 ……それになんだか凄くいいタイミングで入って来たよな。
ドラマとか漫画じゃねぇんだ。ちょっとおかしい気がするんだが……。 」
俺が ” なぁ? ” と隣にいる男性社員達に話を振ると、そいつらもコクリと一斉に頷いた。
「 俺もちょっとタイミング良すぎないかって思ったわ。
それに……俺、なんかアイツ怖いっていうか……普通じゃないって感じがしたんだよな。 」
「 あ~……実は僕も同じくそう感じました。
なんていうか……同性しか分からない感じ??というか……。
怖い!近づきたくない!……って感じでしょうか? 」
驚く事に、その変な感覚は男性社員達全員が感じていたらしく、うんうんと頷き合っていたのだが……女性社員達が鼻で笑ってくる!
「 そりゃ~スパダリは普通じゃないでしょ!
遥か上の存在だから当たり前じゃな~い。
嫉妬乙~ww 」
「 そうそう!ほら~ゲームでも、” 雑魚敵は恐れをなして逃げ去った ” とかあるじゃん?
それじゃない?格上の敵が使う恐怖のデバフ状態みたいな? 」
ホホホ~!と笑いながら罵倒してくる女子社員達の姿は、さっきの蝶野さんを庇う男性社員共にソックリで、あっ!とその存在達の事を唐突に思い出した。
「 そういや、和恵!蝶野さん達ってどうなったんだよ。
お前、蝶野さんと同じ部署だから知ってんだろ? 」
気になって質問すると、和恵はニタリッ……と凶悪な笑みを浮かべる。
「 あ~あのクソ女と取り巻きクソ野郎共ね!
あの後、全員お偉いさんに呼ばれてから帰ってこなかったわよ。
流石に仕事場でこんな騒ぎ起こしたら問題になるでしょ~。
お得意の甘えに引っかかるのはアホで底辺な男だけって事。 」
フッ……と鼻で笑いながら、俺に対しても盛大な嫌味を言ってきたが、何も言い返せず曖昧な笑みを浮かべて視線を反らした。
他の男性社員達もさり気なく視線を反らしていたが、突然部屋に入ってきた奴らを見てそんな和やかな?平和な空気が壊される。
「 クソっ!ふっざけんなよな~!
俺達がなんで左遷になんてならなきゃいけないんだよ!! 」
「 そうだそうだ!
おいっ!お前らからも上層部に言ってくれないか?
蝶野さんもずっとトイレに篭って泣いていて可哀想だから、女子社員が行って慰めてやれよ! 」
ゾロゾロと入ってきたのは、蝶野さんの取り巻きみたいな事をやっている男性社員達だ。
どうやら全員揃って左遷を言い渡されたらしく、俺達に助けろと頼みにきたらしい。
「 ……頼みというか命令か。 」
流石に呆れるというか……そもそもさっきの皆の冷たい視線が分からなかったのか?
どちらにせよ、誰も助ける気なんてサラサラ無いのは、シラ~としている皆の様子を見れば分かると思うが……。
「 おいっ!聞いてるのかよ!
アズマ!お前からも上層部に説明してくれないか?!
俺達同期じゃん。助けてくれるよな? 」
ちょっとチャラついている、同期で入った男性社員が俺の肩を掴み、そう言ってきたのだが……俺はその手を振り払った。
「 助けるわけないだろう。完全に自業自得だろうが。
そもそもお前さ、いつも根本の事を根暗だとかノリが悪いとか散々悪口言ってるくせに、毎日仕事を押し付けてたよな。
さんざん世話になっておいて、そりゃ~ねぇわ。
あんな嫌がらせするなんて最低だぞ。 」
「 ────なっ!!
だ、だって別に本人が文句言わねぇんだからいいじゃん!!
それにあんな根暗じゃ仕事以外予定なんてねぇだろうが!
俺は忙しいんだよ!
デートとか飲み会とか色々と……。 」
「 へぇ~アンタモテるとか散々自慢してたもんね~。
“ 俺って女がほっとかないんだよね! ” だっけぇ~?
でも、アンタが散々馬鹿にしていた根本君にご執着の空野さんってぇ~アンタの百億倍は凄い人みたいよ~。
外見もスペックも。
アンタが狙っている蝶野さんも、その空野さんに夢中~♬
うわぁ~どんまいww 」
プークスクス!
和恵の言葉にその場の全員が笑いだすと、そいつはカッ!と顔を真っ赤に染める。
「 な、な、なんだとっ!
誰だか知らねぇが、あんな根暗男の尻を追っかけるなんて、外見が良いだけのただのキモいゲイ野郎じゃねぇか!
そんなヤツより俺の方が……っ!! 」
「 顔よし!スタイル最強~♬ 」
「 毎朝のお弁当~♬ 」
「 無敵の経済力~♬ 」
ルルル~♬と息ぴったりで歌い出す女子社員のせいで、全員が吹き出し、ピクピクと震えてしまったが、顔を真っ赤に染めた同期の男と他の男性社員達は、怒りの形相をしたまま思い切り机を蹴り飛ばした。
「 ────このままで済まさねぇからな……。
根本、ぜってぇ潰してやる。 」
チッ!!と大きな舌打ちをして去っていく取り巻き軍団は、そのまま乱暴な足取りで去っていく。
俺は、蹴られた机の上の書類がヒラヒラ落ちていくのを見て、全然反省などしてない様子に頭を抱えた。
「 ……ありゃ~駄目だな。
面倒な事にならなきゃいいが……。 」
「 大体反省なんかするヤツがこんな馬鹿な事しないわよ。
あいつら、仕事もまともにしない上に、前から問題行動が多かったしね。
若い時は結構無茶していたって噂もあるし……。
口ばっか達者な能無しゼロ点男共。 」
俺と同じく頭を抱えている和恵が心底呆れた様に言い捨てる。
確かにあの取り巻き達は飲み会で酔っ払う度、学生の頃にしていた迷惑行為や犯罪スレスレの行為を自慢気に語っていた。
それを思い出しため息をつきながら落ちている書類を拾うと、他の社員達も同じく拾い集めながらため息をつく。
「 一応根本さんに注意しといた方がいいですね。 」
「 この事も部長と人事の人に知らせておきます。 」
「 私は会社の人たち全員にこの事を広めておくわ~。 」
「 そうだな。
とりあえず根本には明日、俺が朝イチで言っておくよ。 」
それに当分はできるだけ一緒に行動した方がいいかと覚悟していたのだが……そんな心配は全くの無用になってしまった。
( アズマ )
次の日の朝────……。
「 ……な、なにコレ……?? 」
俺は会社に出勤して直ぐに、入口に立って白目を向く。
それは俺だけではなくて、他の出勤してきた社員達もそうで、全員が揃って白目を剥いたまま立ち尽くしていた。
まずは入口。
そこには所狭しと張られている蝶野さんの裸の写真……というか、知らない親父と何をしているのかわかる様な写真が張られていて、その全てが違う男との写真だった。
しかもその写真には、その男の名前らしきモノと何万円という値段表記まで書かれていて、明らかに不純なお付き合いをしている様な感じに見える。
「 えっ……これって蝶野さん……?? 」
「 やば……。これマジモンの売春じゃ……。 」
「 大学生くらいから最近のもあるみたいだね。
パパ活してたのって、蝶野さんの方じゃん。」
全員が張られている写真を見ながら、ボソボソヒソヒソと話しだしたが、更にもっとドキツイモノを発見し、俺はそのまま失神しそうになった。
蝶野さんの写真の他にも、取り巻きの男たちが写っている写真も沢山張られていたのだが……、その……なんていうか……。
複数の男性達にハッスルされている写真であった。
こっちは蝶野さんのモノとは違い、無理やり致している様な写真だったため、どうみても犯罪チックに見える。
しかし、ところどころアヘ顔ダブルピースとか……。
お前はどこのエロ漫画のヒロインだ??という写真も数多くあって、もう見てられない!
しかも同期であったあのチャラ男など、なにかのAVタイトルの様に『 チャラ男に分からセックス☆快感堕ちのアヘ顔あざ~す! 』とか書かれているし……。
しかも動画のアドレスまで書かれていて、いつの間にかやってきた和恵がそれを読み込んでみると……。
《 うわぁぁぁぁぁ~ん!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!
土下座するからケツにそんなモノ入れないでぇぇぇぇ!!! 》
《 あんっ!ああんっ!!イヤ~!!奥らめぇぇぇぇぇ~♡!! 》
────という、凄く聞き覚えのある声と共に、お楽しみ動画が流れてきたのだ。
な、何を入れられているの???
そのままズッコズッコ!あんあん♡やめてぇぇ~!……と、とんでもない音と声がエンドレスで聞こえてきて、それがやがて、” もっとぉぉぉぉ~♡ ” に変わったので、和恵はソッ……と携帯を閉じた。
「 …………。 」
「 …………。 」
全員お通やの様に沈黙してしまい、そのまま無言で入口に張られた分を剥がして中へ。
すると、中にもズラッと続くその張り紙が見えたため、気を重くしながらそれも剥がしていった、その時────なんと蝶野さんが普通に出勤してきたのだ。
確か処分が決まるまで自宅謹慎だったはずなのに?
ギョッ!とする俺達を見て、蝶野さんは沈痛な面持ちで頭を下げた。
「 この度はお騒がせしてしまい申し訳ありませんでした……。
でも……私は絶対に嘘は言ってません!
根本君は、昔から沢山の男性相手に嘘をついて誘惑してきたのは事実です!
空野君もその被害者なんです……。
そんなお金と引き替えに沢山の男性と関係するなんて……本当に最低で間違っている行為だと思っています! 」
キラキラと目を正義に光らせ、必死に訴える姿は確かにいじらしくて守ってあげたいモノに見える。
しかし────……。
全員の視線は皆で懸命に剥がして丸められている、蝶野さんのお金と引き替えに関係した ” 最低で間違っている行為 ” の数々が写し出されている写真達へと注がれた。
「「「「 ……………。 」」」」
グチャグチャに丸めているが、確かに写っていた蝶野さんの写真を見つめたまま、誰もが口をとざしていると……蝶野さんはワッ!と泣き出し、綺麗な涙をポロポロと流す。
「 それを止めてほしくてこんな事をしちゃっただけなの!
空野君だって、まだ根本君の嘘を信じちゃってる……。
だからどうかお願いします!皆に協力してほしいの!
空野君は大事な友だちだから……目を覚ましてほしい。
お願い……。 」
スッ……ともう一度頭を下げる蝶野さんからは、真摯な想いが痛いほど伝わり…………心底ゾゾッ~ッ!と背筋が凍りついた。
……女性不審になりそう。
あまりに簡単に嘘をつき、人を陥れる姿はまるで化け物だ。
流石の俺も、ここまでひどい裏側を見ては、どんなに外見が綺麗でも恐ろしいと思う。
固まってしまった俺と他の社員の中で、和恵だけはニンマリと目を三日月にして、頭を下げて小動物の様に震えている蝶野さんに声を掛けた。
「 へぇ~?そっか、そっか~。
蝶野さんがこんな根本君がパパ活しているだのなんだのというのを周りにバラすのって、それを止めてほしかったからなんだぁ~。
へぇ~ふ~んほぉ~! 」
「 そうだよ!
だって皆にバレたら、もうそんな最低な事しなくなるでしょ?
私は根本君のためにやったんだよ! 」
キラキラキラ~!!
まるで真珠の様な涙を流し、頭を上げた蝶野さんへ……和恵は会社の奥へ案内する様に両手を差し出した。
そして他の女性社員達も、同じく高級ホテルの案内人の様に完璧なお辞儀と共に奥へと手を向けると、蝶野さんが訝しげな顔をする。
「 ……?は??な、なに……?? 」
蝶野さんは不思議そうにしながらも、導かれるまま手が指し示す方へ視線を向け────……。
「 ぎ……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────────っ!!!! 」
ものすごい悲鳴を上げた。
「 なっ、なっ、なっ、ななななぁぁぁぁぁ────!!??
な、なにこれなにこれなにこれぇぇぇぇぇっ!!!
なんでこんなモノがっ!!
なんでなんでなんでぇぇぇぇ────っ!! 」
蝶野さんは慌ててそこら中にベッタリ張られている自分の写真を剥がしては、グチャグチャに丸めたが、そんな事をしてももう手遅れ。
会社に出社してきた者達は全員バッチリ見てしまったから。
プーッ!!クスクス!!している女子社員達を置いて、俺や他の冷静な男性社員達は、改めて周りを見渡し状況を確認する。
会社に張られた写真の数からはどう考えても単独班ではない上、画像のレベルや映像の作製レベルを考えるとプロの仕業だと思われる。
蝶野さん達がやった時の様に、ただ中傷する言葉だけが書かれた紙なら直ぐに用意する事も可能だが、これを一日や二日でやるのは素人では無理。
それに取り巻きの連中は、この画像が偽物じゃないから昨日、あの後……??
────ゾゾッ!!
背筋に冷たい物が走ったその時………。
「 あれれ~?
随分社内が騒がしいみたいだけど……どうしたのかな? 」
今まさに頭の中に浮かんでいた男の声がして振り返れば……もみ手をしている社長と、空野さんが会社の入口に立っていた。
「 ────っ!!? 」
ヒュッ!と喉が鳴り、思わず固まっていると……空野さんは壁に一枚取り残されていた蝶野さんの写真を、ペラっと剥がす。
「 うわ、なにこれ?
あれ?これって……昨日見た人に随分似ているね。 」
空野さんはまるで誂う様にクスクスと笑いながら、その写真を振った。
そこでやっとパニックになっていた蝶野さんは、空野さんがいる事に気づき、慌ててその手から写真を取る。
「 ち、違っ!!こ、こ、これはその────……に、偽物だからっ!!
私はこんな事してないっ!!!
お願い!!信じて……っ!! 」
「 う~ん……でも、これ偽物にしてはよく出来すぎてるよねぇ~。
それにこんな事されるなんて、随分人に恨まれてない?一体何したのかな~。
例えば────人に酷い嘘をついちゃったとか? 」
うっすらと優しげに笑う顔は、ため息が出る程美しかったが……目の奥は笑っていなくて、それにまたゾッ!としてしまった。
それに蝶野さんも気づいたのか、ヒクッ!と顔を引き攣らせて黙る。
すると、空野さんが今度は取り巻き達の写真も手に取り、ピラピラと振った。
「 あれれ~?この人たちも見た事ある様な、無いような??
それにしても、知らない男の人達に突っ込まれて、こ~んなに喜んでいるなんて、” キモいゲイ野郎 ” ってヤツ?
うわぁ~…… ” こんなヤツがこの会社にいるなんて反吐が出るよ。”
” あ~無理。吐き気がしそう。”
” 男同士もアウトなのに、複数に体売って貢がせてるなんてマジムリだわ~。”
────だっけ?
もしかして、あれって自己紹介だったのかな? 」
ビリ……。
ビリリッ……。
見せつける様にゆっくり写真を破り捨て、空野さんは微笑む。
どこかで聞いた事のあるセリフに恐怖し、ガタガタと震えてしまったのは……俺だけではなかったらしい。
和恵も直ぐに気づいた様で青ざめているし、昨日の取り巻き達の発言を聞いていた社員たちも俺同様に震えていた。
もちろん蝶野さんも気づいた様で、顔色はどんどん悪くなっていく。
「 わ……私……。 」
「 あ、そういえば、ご両親の会社、さっき潰れちゃったみたいだよ。
随分酷い経営してたらしいから、恨みも沢山あったみたい。
借金も沢山残っちゃったね。
これから娘のアンタが頑張らないとだけど……ん~……これだけ悪評が広がっていると同じ業種に再就職は難しいから、別の職業を探すしかないか。
────あ、そっか~!ピッタリの職業があって良かったね。
随分昔からやっていた接客業だし、これなら直ぐに借金返せそうじゃない?
良かったね~!
でも────……。 」
空野さんは、悲しげに眉を下げ……困った様な表情のまま蝶野さんに顔を近づけた。
「 ” 複数の男性に体を売るのはちょっと…… ” 。
” もっと自分を大事にした方がいいと思うけど ” 。
あ~後は、え~と……?
” 今回の事件をキッカケに、ちゃんと心から愛せる人を作って、その人だけを真摯に大事にできる人になって欲しいと思う ” だっけ?
そんな人になれた?今。 」
全く心の入っていない棒読みで語られる言葉は……やはりどっかで誰かから聞いたようなセリフであった。
「 ……~っ~っ……!!! 」
蝶野さんは呆然としたままその場にへたり込んでしまい、血の気が引いた顔で項垂れる。
それを見て空野さんは吹き出して、アハハッ!と好きなだけ笑った後、俺の方へ視線を向けた。
ドキーン!!!
心臓が跳ねたのは恋の予感……では決してなく、ただ単に恐怖から。
汗はダラダラ。
顔色は土色!
ヘビに睨まれた……いや、食われる寸前の様な俺に向かい、空野さんは話しかけてきた。
「 こんにちは。
いつも源がお世話になっているみたいだね。 」
「 ひ……いえっ……こっ、こひらこそっ! 」
圧倒的なキラキラオーラに圧されてしまい、思わず噛んでしまったが、空野さんは全く気にせず、ニッコリと笑う。
「 源はほら……頑固だし?馬鹿みたいに真面目だから、きっと仕事はずっと続けると思うんだよね。
だから、これからも長い付き合いになると思うからよろしく。
ただ、俺って結構嫉妬深いからさ。
適度な接触でお願いね? 」
「 ……しょ、承知致しました。 」
口元を引き攣らせダラダラと汗を掻きながら答えると、蝶野さんがへたり込んだまま、アハハ~と乾いた笑いだした。
「 お、終わりだ……私の人生……。
か、輝かしい勝ち組人生がぁぁぁ~……。 」
「 勝ち組人生ねぇ?つまんなそっ。────あ、そうそう。
パパさんって既婚者ばっかりだったから、これから特定されて慰謝料ヤバいんじゃない?
ほら、ネットでも凄い反応だし。 」
空野さんは ” ね? ” と言わんばかりに首を軽く傾げて、携帯の画面を見せる。
すると、そこに映っているのは、現在バズっているらしい蝶野さんと取り巻きたちの画像で、沢山のコメントで溢れていた。
それを見て蝶野さんは、サァ~……と青ざめた後、空野さんに向かって手を伸ばそうとする。
「 そ、空野君、私何でも言うこと聞くから……。
お願いだからお金を────……。 」
「 あ~楽しかった!
実は今日から源が電車で会社に行くっていうから、ちょっとイライラしちゃってさ。
ちょっとしたストレス解消にはなったかな?
────あ、俺そろそろ仕事向かわなきゃ!
あと五分で源が来ちゃうし。
俺がいた事は内緒にしてね。 」
るんるん♬
上機嫌に鼻歌を歌いながらその場を去っていく空野さんに、キラキラした目でお見送りする社長を見て汗を掻いた。
そして空野さんが去った後、社長は「 今年のボーナス期待していてくれたまえ~! 」と言ってスキップして去ってしまう。
そうしてその場に残されたのは、立ち尽くしたままの俺達社員とヘタリ込んでいる蝶野さんだけだった。
「 ……片付けるか。 」
「 そうね~……。 」
なんだか恐ろしいモノを見た様な気がして……やっぱり最初に空野さんを見た時に感じた怖さは当たっていたと理解する。
ブルッ!と恐怖に震えながらも、もうすぐ仕事の始業時間だったので、全員が総出で片付けを始めたのだが────その直後、突然バタバタバタ~!!と根本が駆け込んできたので、一旦全員が手を止めそちらへ視線を向けた。
その時間は、空野さんが去ってからきっかり五分。
それにもゾゾッ~!と背筋を凍らせていると、根本は荒い息をしながら、俺に向かって言った。
「 ぎ、ギリギリセーフだった~……!
なんだか道で妙に困っている人に出会っちゃって、こんなギリギリになっちまったよ。
流石に無視もできないからな……。
あれ?皆何してんだ??
朝の掃除でも言われたのか? 」
剥がした写真をゴミ袋に詰めている皆を見て、根本は仕事の清掃でも頼まれたと思ったのだろう。
直ぐに「 手伝うよ。 」と申し出てきたが、直ぐにへたり込んでいる蝶野さんに気づいた。
「 ??おいおい、今度は一体何してるんだ……全く……。
座るなら、ちゃんと椅子に座った方がいいんじゃないか?
お~い、蝶野さん……。 」
「 ぎゃああぁぁぁぁぁ────!!! 」
根本が呆れながら蝶野さんを起こそうとして近づいたのだが、蝶野さんはものすごい悲鳴と共にそのままバタバタと走り去ってしまう。
それをぽかーん……としながら見送った根本は、怪訝そうな顔を俺に向けたが、俺はフルフルと首を横に振った。
「 ほら、仕事仕事。
とりあえず、蝶野さんと取り巻きの奴らは皆退職すると思うから、もう気にするの止めようぜ。 」
「 ────へっ?そうなのか?
流石に昨日は言い過ぎたか……。
なんだか悪い事をしちゃったな。
再就職先が決まっていればいいんだが……。 」
困った様に頭を掻く源に、俺はニッコリと笑う。
「 うん。大丈夫みたいだぞ。
蝶野さんは天職みたいな接客業、取り巻きのアイツらは全員、なんかネットデビューしたみたいだから! 」
「 えっ!マジ~か。そりゃすげぇな。
蝶野さんは確かに接客向いてそうだよな。
それに取り巻きの奴らも中々顔が良いし……。
あ、よく知らないけど、ユーチューバーとかか? 」
根本がホッとした様子で尋ねてきたので……俺も和恵も他の社員たちも、張り付けた笑顔で頷いておいた。