「 ……源? 」


翔はポカンとした顔で俺を見つめ────その後色白の綺麗な顔を赤く染めた。


「 えっ、源。

ねぇ、ねぇ、源……。 」


「 お弁当いつもありがとう。

俺、翔の作るハンバーグが大好きなんだ。

夜の魚も楽しみにしてるから、まずは今日も一日お互い仕事頑張ろう。

じゃあ、また後でな。 」


そのまま初めて見る狼狽えた様子の翔の背をグイグイ押して部屋から追い出すと、そのままポカンとしている全員に頭を下げて自分のデスクに戻る。

すると、一人また一人と仕事を再開し始め、まだ文句を言おうとしていた蝶野さんと動かない取り巻き達は、人事の人に連れていかれた様だ。

気がつけばいなくなっていた。

しかし、何故か社長だけは部屋の外からひたすらコチラをジーッと見ていたが……。


その後はウズウズと色々聞きたそうなアズマと和恵を置いて逃げる様に会社を出ると、直ぐに待ち構えていた翔に捕まった。


「 源……あのさ────。 」


翔は何か言いかけて口を閉じる、言いかけて閉じるを繰り返しているのを横目に、俺は近くにあるファミレスに寄って欲しいと頼んだ。


「 直ぐ戻るからさ! 」


そう頼んでファミレスでお持ち帰り用のデザートデリバリーを沢山買って、500円で一個もらえるカプセルトイを大量に手に入れる。

そして直ぐに戻ると、翔に更に一つお願いをした。


「 帰ったら屋上に行かないか? 」


「 ……えっ?いいけど……。 なんで? 」


翔はずっとソワソワしていていたが、それを必死に隠しているようだから指摘はしない。

俺は理由は言わずに、デザートを家の冷蔵庫に入れた後は最上階……屋上へとトイカプセルを持って翔と向かった。



「 うわぁ……。 」


タワマンの最上階の屋外は、本来貸出時にのみ開放できる広いスペースになっていて、たまにパーティーなどで賑わっている様だが、今は誰も使っていないから俺と翔の貸し切り。

そこから距離が近い夜空とネオンの光が見えて目を楽しませてくれる。

俺はその景色を楽しめる様に設置されている立派なベンチに座ると、翔もその隣に大人しく座った。


「 ねぇ、源、源。 」


「 ちょっと待っててくれよ。

これ、開けるからさ。 」


俺は、持ってきたトイカプセルの一つを手に取り、パカっ!と開く。

すると中から出てきたのは小さな電車の形の消しゴムで……普通の赤色をしている事からもノーマルであることがわかった。

それを残念に思いながら、俺は次々とカプセルを開けていき、翔はそんな俺を黙って見つめる。

赤……青、青……黄色……赤、赤……。


開ける度に姿を見せるノーマル色の消しゴム達にガッカリしながら、とうとう最後の一つになってしまったトイカプセルを手に取り、祈りを捧げてからゆっくりと開くと────……。


「 で、出た……。 」


出てきたのはレインボー色の電車の消しゴム。

これがこのおもちゃシリーズのシークレットだ。


「 これやるよ。 」


ポイっと翔にそれを投げ渡すと、翔はそれを片手でキャッチし、不思議そうな顔をした。


「 ……?これが欲しかったんじゃないの? 」


翔はそれを見下ろしながら尋ねてきたので、静かに首を振り、翔の手にあるシークレット消しゴムを指差す。


「 とりあえず一番レアなやつだからあげようと思っただけ。 」


続けてゴチャっとベンチの上に積まれたノーマル消しゴム達を見つめた。

色は赤、青、黄色というシンプルなモノで、このノーマルの内の一つが俺。

シークレットは翔だ。


どこに行ってもいつでも誰にとっても特別な翔。

誰だってそりゃ、シークレットが欲しい筈だ。


翔はシークレットをジッと見つめた後、突然シークレットをポイっと捨てて、何故か青のノーマル消しゴムをごっそり手で持つ。

そんなものをどうするのかと思って見ていたが、翔はニヤッと笑って言った。


「 俺はコレがいいな。

だって源は青のヤツを絶対取るでしょ?

だからこれが欲しい。これを頂戴。 」


翔の言葉によって、あっという間にシークレットはゴミに。

そして逆に大抵の人は気にも留めないノーマルがとても価値あるモノみたいになってしまった。

それが楽しくてつい笑ってしまうと、翔はやっぱり不思議そうな顔をしている。


「 あのさ! 」


ひとしきり笑った後、俺はゴミみたいにベンチの上に転がるシークレットを手に取り翔に向かって話し始めた。


「 俺って特に何にも人より優れてるモノないと思うんだよ。

他人が凄いって認めてくれる様なモノは何にも……。

でも、それが嫌だとは思ってない。

なんだかんだ努力してきた自分の事が好きだから。 」


「 ……?源が頑張り屋さんなのは知ってるけど?

できないのに死ぬほど努力するよね。

それが可愛い。 」


ちょっと最後はムカつくが、翔がさりげなく言ってくれる俺の努力を認める発言に、ジン……と心が痺れる。


俺は特別じゃない。

でも翔がそんな俺の事をちゃんと見て、認めて、欲しがってくれるから、いつも特別になれるんだ。

気分屋で結構酷い事ばっかりされても……それが嬉しいから結局側にいる。


世界の中でたった一人でもそんな人がいたら俺は特別!

シークレットレアのハッピー人生だ!


「 あのさ、もう高いモノプレゼントするのやめろよ。

やっぱり自分のモノは自分で買う。 」


「 ────は?えっ、ヤダけど? 」


ツーンとそっぽを向いて聞く気なし!の態度をしてくる翔を見ながら、今度は俺がニヤッと笑いながら言った。


「 好きな奴と対等でいたいって気持ちも " 普通 " の事だろ? 」


そう言った瞬間、翔はすごい勢いでこっちを向く。

そして「 今なんて言った?聞こえなかった! 」「 ねぇねぇねぇ! 」としつこく聞いて来たので笑って誤魔化したが、翔は見て分かるくらいご機嫌になっていたので本当は聞こえたのは分かっていた。


嬉しそうな翔を見るのは嬉しい。

それって俺が翔の事を好きだからだ。


今更こんな事に気づくなんてどうかしてる。

グイグイくっついてくる翔を受け入れながら、思わずハハッと乾いた笑いが漏れてしまった。


するとその直後、翔は幸せそうな顔でキスをしようとして来たが、ここは屋外!

グイッ!と顔を押し返して拒否すると、翔はムスッ!と拗ねた様な顔をする。

しかし内心はご機嫌な状態のまま、「 まっ、いっか。 」と呟き俺の手を握った。


「 源が受け入れてくれて嬉しいから今はいいや。

内心、多分受け入れてもらうのは難しいかなって思ってたし。

ほら、源って女の子が好きだしさ。 」


「 おい、人を女好きみたいに言うなよ……。

一般的な男性思考だろ。 」


呆れながらそう返すと、翔からは今までの幸せオーラからは一変────ゾッとするほど冷たくてドス黒いオーラが辺りを漂う。


「 逃げようとしたらまずは閉じ込めようと思ってた。

何年も閉じ込められたら流石に考え変わるかなって。

それでも男女に拘るなら、源の戸籍と体を改造して女にしてもいいかなとも思ってたんだ。

そしたら女、抱けなくなるしさ。 」


ペラペラと語られるとんでもない計画に────俺は笑顔で固まった。


しかし翔のお喋りは止まらない。

多分嬉しくてハイテンションだからだと思われる。


「 あー、後は手足なくしちゃってもいいなって思ってたかな?

これがホントの俺がいないと生きられない体だね!

ハハッ。めちゃくちゃ可愛い! 」


うっとりしながら俺の手を撫でる翔が心底恐ろしくて、気絶しそうになったが……ニッコリ笑う翔は本当に嬉しそうだし────……。


────ま、いっか。

今、五体満足だし……。


「 そ、そうか……。

とりあえず突然やるのはなしな、絶対に。 」


「 うん。わかった。 」


突然行動しないことを約束させると、翔はそれはそれは嬉しそうに笑い立ち上がる。

そしてその場で俺を抱きしめて、耳に顔を近づけると……ボソッと呟いた。


「 それでも手に入らなかったらさぁ……源を抱きしめて高い所から飛び降りようと思ってた。

だからちょうど良かったよ、このタワマン買って。

ここから飛び降りたら俺たち一つになれるもんね。

この高さなら俺達の境界線なんて全部無くなっちゃうでしょう?最後はグチャグチャにくっついてさ。 」


翔は一度俺を離し、そのままクルッと体を回して綺麗な夜景が見える様にすると、今度は後ろから逃さないと言わんばかりに強く抱きしめる。


 
「 ココ(ルビ)が幸せの場所になって良かったね。


これからもずっと選択を間違えないで、一緒に " 普通 " の暮らしをしようね。 」


何一つ普通じゃね~じゃん!


思わず心の中でツッコミを入れてしまったが、もう既に俺の頭の中では恐怖を押しのけて、今夜の魚の事へ思考はゆっくりとシフトし始めてる。

翔がいる限り、俺の日常は毎日シークレットレア!

細かい事はそこまで気にしていられないので、今が無事なら大抵のことは頭の中からポイっ!だ。

俺は綺麗な夜空を見上げ、ワクワクした気持ちで口を開いた。


「 ……とりあえず、今日の魚は刺身にしようぜ。

最初は塩で。 」