「リリス様、少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」

アキラは、夕食後のリリスに声をかけた。

「何よ、またお説教?」 (…また?)

「いえ、違います。リリス様のことを、もっと知りたくて。」

リリスは少し驚いたように目を見開いたが、やがて視線をそらしてソファに座った。

「……別に、話すことなんてないわよ。」

「子供の頃のことでも構いません。リリス様の好きなもの、嫌いなもの、どんなことでも。」

アキラは柔らかく微笑んだが、その心中は真剣だった。『リリス様を理解しなければ、適切な教育も支えもできない』——そう思ったからこそ、彼はリリスのことをもっと知りたいと心から願っていた。

リリスは一瞬迷ったが、ぽつりぽつりと語り始めた。

「……小さい頃はね、母様の期待に応えるために、ずっと勉強と礼儀作法ばかりしてたの。でも、どれだけ頑張っても“まだ足りない”って言われ続けて……。」

「……。」

「絵を描くのが好きだったの。でも、母様に見つかると『貴族の令嬢がそんなことしてどうするの』って叱られて、破られたこともあるわ。」

リリスの手は膝の上でぎゅっと握られていた。

「父様も忙しくて、私のことなんて全然見てくれなかったし。婚約者のあの王子様も……私に全く興味なんてないのよ。」

その言葉には、リリスの心に積もった孤独と寂しさがにじんでいた。

「リリス様……。」

アキラは静かにリリスの隣に座った。

「ご家族に認められたくて、必死に頑張ってこられたのですね。」

リリスは小さくうなずいた。

「けど、だからって他人に当たったり、わがままを通していいわけじゃありませんよ。」

「……分かってる。でも、どうしたらいいか分からなくて……。」

その瞬間、アキラはリリスの中に“悪役令嬢”としての仮面ではなく、一人の少女としての姿を見た気がした。

「リリス様、これからは一緒に考えていきましょう。どうすれば、ご自身の心を大事にしながら周囲とも上手くやっていけるか。」

「……一緒に?」

「はい。教育係としてだけでなく、リリス様の味方として。」

リリスは一瞬呆気に取られた後、少しだけ微笑んだ。

「……あなたって、ほんと変わった人ね。」

「よく言われます。」

アキラは照れくさそうに頭をかいた。

「ちなみに、よく言われるのは『変わり者』とか『空気読めない』とか、たまに『図々しい』ですね。」

「……ふふ、確かにね。」

リリスは小さく笑ったが、すぐに顔を背けた。「……でも、嫌いじゃないわ、そういうの。」

「今、最後聞こえませんでした!」

「聞こえなくて結構よ!」