「もう限界だ! 今日という今日は、はっきり言わせてもらう!」

アキラは、リリスの部屋の前で大きく息を吸い込んだ。

食事マナーの会から数日、彼はリリスの教育係?として奮闘していたが、成果はゼロどころかマイナスの域に達していた。

”教育係として”そろそろ成果を残さなければと、話しかければ『忙しいのよ!』とスルー、  本を渡せば『読む気分じゃないわ!』って拒否、  ちょっとでも忠告すれば『私の好きにさせて!』って逆ギレ……。

思い返すだけで胃が痛くなる。

「このままじゃ俺の胃が先にやられる……。」

深くため息をついたアキラだったが、今度こそしっかりリリスに向き合うと決意し、扉をノックした。

「リリス様、お話があります!」

すると、中からの返事はない。

「……おかしいな?」

不思議に思いながら扉を開けると、そこには意外な光景が広がっていた。

リリスは机に向かい、真剣な眼差しで絵を描いていたのだ。

「え……?」

普段の彼女からは想像もつかない静けさと集中力。

「リリス様……それ、絵?」

「……っ!」

リリスはハッとして絵を隠そうとしたが、アキラはそれを制した。

「ちょっと待ってください、見せてくれないですか?」

「ダメよ! 恥ずかしいもの!」

「リリス様が恥ずかしがるなんて、珍しいですね。」

「べ、別に珍しくなんてないわよ!」

頬を赤らめるリリスを見て、アキラは思わずクスっと笑った。

「少し見せてくれるだけでいいので…」

しぶしぶといった様子でリリスが見せたのは、驚くほど緻密で美しい一枚の風景画だった。

「……これ、本当にリリス様が描かれたのですか?」

「そうよ、悪い?」

「いや、すごいです…。リリス様、こんな才能があったのですね!」

リリスは少し気まずそうに視線を逸らした。

「……子供の頃から好きだったの。でも、貴族の令嬢がこんなものを描いてても意味がないって、母様に言われたのよ。」

「意味がないなんて、そんなこと…。」

アキラは感心しながら絵を見つめた。

「リリス様のこういう一面、もっと大事にされたほうがいいのではありませんか?」

「……そんなこと言われたの、初めてよ。」

小さく呟いたリリスの顔は、どこか寂しげだった。

アキラは、彼女の中にある“本当の姿”を少しだけ垣間見た気がした。

「よし! では今後は、絵を描く時間もきちんとスケジュールに組み込みましょう!」

「えぇ!? そんなの、教育に関係あるの?」

「もちろんです。リリス様の良いところを伸ばすのも、教育係としての大事な役目ですから。」

「……ほんと、変な教育係。」

リリスはふっと笑った。