「では、始めようか。」

エリオット王子は優雅な動作で木剣を手に取り、軽く振ってみせた。その姿は洗練されており、無駄のない動きに経験の深さを感じさせる。

一方、アキラはというと——。

「えっと……持ち方って、これで合ってます?」

ぎこちなく木剣を構えながらリリスの方を振り返る。

「あなた、まさか剣を握るのも初めてなの?」

「……まぁ、触れたことくらいはあります。ゲームで。」

リリスは呆れたようにため息をつくが、やはりどこか楽しげだ。

(あ、これ絶対面白がってるやつだ。)

そんなアキラの内心をよそに、周囲の貴族たちは期待の眼差しを向けていた。どうやら彼らは、リリスの教育係という肩書きを持つ男がどこまでやれるのか、本気で興味を抱いているらしい。

「準備はいいか?」

エリオット王子の問いかけに、アキラは苦笑しつつ頷く。

(いいわけないだろ。逃げてもリリス様の顔に泥を塗り、戦っても自分の無能を晒すだけ……。この状況、どう足掻いても最悪にしかならない……!)

「……お願いします!」

「では、始める。」

試合開始の合図がかかる。

次の瞬間——。

「うおぉぉぉぉぉ!!!」

アキラは勢いよく突撃した。

(もう、考えてる場合じゃない!とにかく振り回せ!)

しかし——。

「……ふむ。」

エリオット王子は、その剣撃をまるで子供の遊びのように受け流した。

「え、ちょ、待っ……!」

あっという間に懐へ入り込まれ、アキラは簡単に剣をはじかれた。木剣が宙を舞い、観客席の方へ飛んでいく。

「ええええ!?もう終わり!?」

会場がどっと笑いに包まれる。リリスも口元を手で覆いながら肩を震わせていた。

「まだまだ、こんなもんじゃない……ですよね!?二本先取とか、そんなルールありましたよね!?ね!?」

「いや、一本勝負だが。」

「そんなぁぁぁ!」

膝から崩れ落ちるアキラ。しかし。

「なかなか面白い剣術だった。型にはまらない、自由な発想が感じられる。」

エリオット王子は興味深げにアキラを見つめていた。

(え、今ので何か評価される要素あった!?)

「リリス嬢、良い教育係を持ったな。」

(…エリオット王子、実はちょっとアホなのかな?)

「ええ、まぁ……ある意味で。」

リリスは、堪えきれないといったように、くすくすと笑い声を漏らした。