「勝者、リリス=フォン=クラウゼル!」

対戦相手だった筋骨隆々の青年は、信じられないという顔で膝をついた。

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「……嘘だろ、この俺が………負けたのか?」

リリスは涼しい顔で剣を収め、ゆっくりと振り返る。そして観客席を見上げると、エリオット王子が面白そうに笑っていた。

「ふむ……なるほど、これは面白いな」

その視線に気づいたアキラは、背中に冷たい汗が伝うのを感じた。

(……嫌な予感がする。)

アキラは思わず背筋を伸ばした。この感覚には覚えがある。異世界に来る前、彼はブラック企業で働いていた。理不尽なクレーム、無茶な納期、突如として降ってくる追加業務——嫌な予感がするときは、だいたいロクなことが起こらなかった。

(そう、こういう時は大体何かが起こるんだ……俺のブラック企業仕込みの危機察知能力がそう言っている……!)

すると、エリオット王子が席を立ち、悠然と戦場に降りてきた。

「リリス嬢、素晴らしい試合だった」

リリスは眉をひそめる。

「……お褒めに預かり光栄です」

「いや、本当に。まさかここまでの実力をお持ちとはね」

エリオット王子はニコリと微笑んだが、その目には鋭い光が宿っていた。

「せっかくだ。次は僕と手合わせしないか?」

一瞬、観客席が静まり返る。

「……は?」

リリスが怪訝な表情を浮かべる。

アキラは、思わず身を乗り出し、前のめりになった。

(え、ちょっと待て、急に王子と試合!? いやいや、これはちょっとマズいパターンでは!?)

「リリス様、ここは丁重にお断りを……!」

そう心の中で叫んでいると、リリスがふっと微笑んだ。

「……よろしい。では、お手柔らかに」

アキラは頭を抱えた。

(いや、乗るのかーーーい!!)

そして、リリスはエリオット王子に背を向け、アキラの方へ向き直る。

「私の教育係が、あなたの相手をします」