夏休みの弁当もこれで最後、という日。
「今までありがとな。お礼に何かごちそうするよ。何がいい?」
俺は友加里に弁当箱を返しながらそう言った。すると友加里はパッと顔を輝かせ、
「えっと、じゃあ。あー、ううん。何でもいい。神田さんと2人で行けるなら普通の飲み屋でも全然いいし」
高級レストランとかを言われても限度があるぞと言うつもりだったが、友加里からは意外な返事が返ってきた。
「そうか?じゃあ、ちょっと良い方の居酒屋で」
俺がそう言うと、友加里はケラケラと笑った。
 意外に友加里は大人っぽい子だ。最初のイケイケなイメージは、もはや錯覚だったように思える。
「なあ、なんで最初はあんな感じだったの?」
2人で飲みながら聞いてみた。
「あんなって?」
「カラオケ行った時さ。なんかイケイケな感じだったような」
「ああ、あれは作戦だったからよ」
意外な事を言う。
「作戦?なんの?」
「あなたに浮気をさせて、雪哉くんと別れさせるっていう作戦」
友加里はそう言って、ふふふと笑った。
「え?何だそれ」
ぶったまげた。そんな作戦があったとは。
「ああそうか。涼介が絡んでいたわけか」
「そうよ。涼介の為に私が一肌脱いだわけ。それで、わざとあなたのワイシャツにコーヒーぶっかけて」
「うそだろ!あのコーヒー、わざとだったのか?」
「そうよ」
ケロリとして言ってのける友加里。悪びれず、ふざけるような事もなく。
「でも堕とせなかったわね。それは、雪哉くんの事が好きだからなの?それとも、初対面の女とどうこうならないという、お堅い性格なの?」
友加里が妖艶な笑みを浮かべながら問う。
「あー、そうだな。両方かな」
ちょっと、どぎまぎしてしまう。
「ふーん。でも雪哉くんの方は、どうかなぁ」
「どうって?」
「涼介に夢中なんじゃ、ないのかなー」
「………」
思わず黙った。分かっている。ずっと前から、雪哉は涼介に夢中だ。ライブの度に思い知らされる。それでも、あの2人を出逢わせなかったから何とかなっていただけなのだ。涼介に取られるのを先延ばしにしていただけなのだ。
「放してあげたら?雪哉くんの事。そうしたら私があなたの物になってあげるわよ。それとも私なんて要らない?」
じっとこちらを見つめる友加里。うーむ、要らない……とはなぜか言えない俺。でも雪哉を手放すのも惜しい。
「そういえば、君は涼介の元カノなのか?」
まだ聞いていなかった。友達だという事だが。
「そうよ」
「別れたのに、友達なのか」
「嫌いになった訳でもないし。涼介は友達としては良い奴なんだけど、恋人としてはね」
「何が問題だったんだ?」
「恋人としては、全てが問題だったわ。つき合ってもいいと言ってくれたけれど、こちらの言いなりになってくれるだけで、私の事を好きになってはくれなかったもの」
「好きになってはくれない、か」
「そんな涼介が、雪哉くんの事は大好きになってるでしょ。だからさ、応援したかったのよ」
「優しいんだな。普通なら雪哉を妬んでもおかしくないのに」
「うーん、女の子だったらあるいは妬んでいたかもね。涼介には男の子じゃなきゃダメだったのよ、しかもあのくらい可愛い男の子じゃないと。そう思うと悔しくも何ともないから」
友加里はそう言って、酒をぐっと飲んだ。ちょっと良さげな居酒屋で、俺たちは赤ワインを飲んでいる。
「このワイン、けっこうイケるわね。お肉注文していい?」
大人っぽくて、妖艶な雰囲気なのに、サバサバしていて直球勝負。こんな女は珍しい。
「好きなだけ食え」
今の現状にしがみつこうとしている俺。でも、もうダメかもしれない。しがみつくのを辞めて、新たな一歩を踏み出すべきなのか。
「すみませーん、ステーキくださーい」
友加里が大きな声を出して言った。やっぱダメかも。堕ちそうだ。