サークルの合宿と違って、こっちは酒も飲まずに早寝して、朝早くから揃って朝食。そして準備体操までしてスキー場へ向かう。まだリフトも動いていないだろうに。
「よう涼介。酒飲まずに眠れたか?」
神田さんに会うと、からかわれた。
「そっちこそ、こんな健全な事をしているとは思わなかったよ」
神田さんは肩まである髪にパーマをかけた、どこからどう見てもバンドマン。それこそ毎晩酒は欠かせないと言った雰囲気なのに、この有様だ。
「あははは」
神田さんはただ笑った。
「おお雪哉。よく眠れたか?」
雪哉が現れると、神田さんは雪哉の頭をポンポンとやってそんな事を言った。ずいぶんと親しげ、というか、可愛がっている様子。
「うん」
だが、雪哉は意外にそっけない。
「ゆき……ユッキー?は、その……」
俺がもごもご言っていると、雪哉は吹き出した。
「雪哉でいいよ」
そして、まぶしい笑顔でそう言った。
「あ、うん。雪哉は神田さんと親しいの?」
俺が聞くと、神田さんが雪哉を見た。
「えっと、まあ」
雪哉がそう答えると、
「俺が雪哉をスキー部に誘ったんだぜ」
神田さんが言った。
「そうなの?なんで?」
「ナンパしたのさ」
「ああ」
一度は納得した俺。だが、どこでだ?どうして雪哉がスキーが上手いと分かったんだ?と疑問が沸きまくり。けれどもスキー場に到着してしまった俺たちは、部長の掛け声に従って滑る準備にとりかかる事になった。まあ、そのうち聞けばいいか。
「じゃあ、2人1組になって」
部長がそう言ったので、俺たち5人の2年生は顔を見合わせた。みんな、雪哉と組みたいのがありありと分かる。じりじりと雪哉の方へ近寄ろうとしているのだ。
「なるべく身長が近い人同士がいいよ」
また部長が言った。やったぜ。俺と雪哉は同じくらいの身長なのだ。他のやつらは明らかにがっかり。適当に組んで、余った1人は1年生と組んだ。
部長は更にこう言った。
「交互に後ろ向きに滑ろう。スイッチとかフェイキーって言うんだけどね」
えー!後ろ向きに滑る?やった事ないぞ。
「ごめん、俺出来ない」
素直にそう言うと、雪哉はニコッと笑った。
「大丈夫。まず僕から後ろ向きになるね」
俺たちは向かい合わせになり、ボーゲンでゆっくり滑り始めた。いや、雪哉はボーゲンとは逆に、前を開いて後ろを閉じている。はあ、そうやるのか。他の組はギャーギャー言いながら滑っている。どう考えてもかっこいいもんじゃなさそうな逆ボーゲンなのに、雪哉が滑るとなんかカッコイイ。シュッシュッとリズムよく進んでいる。
そして、次に俺が後ろ向きに滑る番。後ろ向きになって、後ろを閉じて……
「うわっ!」
いきなり前に倒れて手をついた。
「あれ?」
無理。
「ボーゲンを思い出して。後ろに重心をかけたら尻餅つくでしょ」
つまり後ろ向きの今は、後ろに重心をかけるって事か?
「でも、後ろに重心をかけるのは怖いよ」
俺が訴えると、
「エッジを使えば大丈夫。僕を見て。何の為に対面で滑ってると思う?前向きの人を見て、真似する為だよ」
雪哉が優しくそう言った。俺たちはゆっくり、実にゆっくりと進む。雪哉の板を見ながら、エッジを使ってブレーキを掛けつつ進む。
「そうそう、上手いじゃん。涼介才能あるよ」
こいつ、スキーが上手いだけじゃなく教えるのも上手いのか。かなり嫉妬しちゃうな、これは。
「あ、止まって!」
雪哉が突然そう言った。が、急には止まれない。すると、雪哉が俺の腕をぐっと引いた。
ゴーグル同士がぶつかるゴツッという鈍い音が聞こえて、それから唇に柔らかい物が触れた。そして俺は雪哉の胸に思いっきり乗っかってしまった。
キャッキャッと子供の声が聞こえて、それが遠ざかっていった。小さい子供がいたから、雪哉は俺に止まれと言ったのだろう。そうか、対面で滑る理由は、前を向いているやつが進行方向の安全を確認する為でもあるんだな……とか、のんきに考えている場合ではない。
今、柔らかいものが俺の唇に触ったではないか!それは何だ?ゴーグルがぶつかった後なのだから、他に柔らかい物があるとすれば、それは唇同士がぶつかったという事ではないのか?雪哉の胸が上下している。だから生きている。が、動こうとしない。どうしよう。俺が止まれなかったせいで、突然知り合ったばかりの“男”とキスしてしまうなんて、あまりに最悪じゃないか、雪哉にとって。
「あ、あの……ごめん」
俺はおずおずと言いつつ、腕をついて起き上がった。
「大丈夫か?」
俺が心配になって声を掛けると、
「うん……大丈夫、だよ」
やっぱり歯切れが悪い。どうしよう。謝った方がいいよな。いや、今謝ったけど、足りないよな。土下座か?慰謝料でも払うか?
「大丈夫か、雪哉?」
そこへ、神田さんがやってきて、シュッと止まった。
「怪我でもしたか?」
「ううん、僕は大丈夫」
雪哉はそう言うと、差し出された神田さんの手を掴んで、シュタっと立ち上がり、シュルシュルっと進んで投げ出されたストックを拾った。立ち方もカッコイイ。神田さんが俺にも手を差し出してくれた。俺は手を掴ませてもらったもののすぐには立ち上がれず、結局神田さんの手を離して雪面に手をつき、まだ手にぶら下がっていたストックを使って頑張って立ち上がった。
「涼介、怪我してない?」
雪哉が近くまで来て言った。おいおい、今下りてったのに、もうここまで上がってきたのかよ。自由自在だな。
「ああ、大丈夫だよ」
俺はそう言いながら、雪哉の顔を見た。ゴーグルを透かして目を見ようとする。だが、光が反射してよく見えない。
「あの、ごめん……」
もう一度謝ってみたが、
「涼介は悪くないよ」
今度は明らかに、笑顔でそう言ってくれた雪哉。本心だと思いたい。
「よう涼介。酒飲まずに眠れたか?」
神田さんに会うと、からかわれた。
「そっちこそ、こんな健全な事をしているとは思わなかったよ」
神田さんは肩まである髪にパーマをかけた、どこからどう見てもバンドマン。それこそ毎晩酒は欠かせないと言った雰囲気なのに、この有様だ。
「あははは」
神田さんはただ笑った。
「おお雪哉。よく眠れたか?」
雪哉が現れると、神田さんは雪哉の頭をポンポンとやってそんな事を言った。ずいぶんと親しげ、というか、可愛がっている様子。
「うん」
だが、雪哉は意外にそっけない。
「ゆき……ユッキー?は、その……」
俺がもごもご言っていると、雪哉は吹き出した。
「雪哉でいいよ」
そして、まぶしい笑顔でそう言った。
「あ、うん。雪哉は神田さんと親しいの?」
俺が聞くと、神田さんが雪哉を見た。
「えっと、まあ」
雪哉がそう答えると、
「俺が雪哉をスキー部に誘ったんだぜ」
神田さんが言った。
「そうなの?なんで?」
「ナンパしたのさ」
「ああ」
一度は納得した俺。だが、どこでだ?どうして雪哉がスキーが上手いと分かったんだ?と疑問が沸きまくり。けれどもスキー場に到着してしまった俺たちは、部長の掛け声に従って滑る準備にとりかかる事になった。まあ、そのうち聞けばいいか。
「じゃあ、2人1組になって」
部長がそう言ったので、俺たち5人の2年生は顔を見合わせた。みんな、雪哉と組みたいのがありありと分かる。じりじりと雪哉の方へ近寄ろうとしているのだ。
「なるべく身長が近い人同士がいいよ」
また部長が言った。やったぜ。俺と雪哉は同じくらいの身長なのだ。他のやつらは明らかにがっかり。適当に組んで、余った1人は1年生と組んだ。
部長は更にこう言った。
「交互に後ろ向きに滑ろう。スイッチとかフェイキーって言うんだけどね」
えー!後ろ向きに滑る?やった事ないぞ。
「ごめん、俺出来ない」
素直にそう言うと、雪哉はニコッと笑った。
「大丈夫。まず僕から後ろ向きになるね」
俺たちは向かい合わせになり、ボーゲンでゆっくり滑り始めた。いや、雪哉はボーゲンとは逆に、前を開いて後ろを閉じている。はあ、そうやるのか。他の組はギャーギャー言いながら滑っている。どう考えてもかっこいいもんじゃなさそうな逆ボーゲンなのに、雪哉が滑るとなんかカッコイイ。シュッシュッとリズムよく進んでいる。
そして、次に俺が後ろ向きに滑る番。後ろ向きになって、後ろを閉じて……
「うわっ!」
いきなり前に倒れて手をついた。
「あれ?」
無理。
「ボーゲンを思い出して。後ろに重心をかけたら尻餅つくでしょ」
つまり後ろ向きの今は、後ろに重心をかけるって事か?
「でも、後ろに重心をかけるのは怖いよ」
俺が訴えると、
「エッジを使えば大丈夫。僕を見て。何の為に対面で滑ってると思う?前向きの人を見て、真似する為だよ」
雪哉が優しくそう言った。俺たちはゆっくり、実にゆっくりと進む。雪哉の板を見ながら、エッジを使ってブレーキを掛けつつ進む。
「そうそう、上手いじゃん。涼介才能あるよ」
こいつ、スキーが上手いだけじゃなく教えるのも上手いのか。かなり嫉妬しちゃうな、これは。
「あ、止まって!」
雪哉が突然そう言った。が、急には止まれない。すると、雪哉が俺の腕をぐっと引いた。
ゴーグル同士がぶつかるゴツッという鈍い音が聞こえて、それから唇に柔らかい物が触れた。そして俺は雪哉の胸に思いっきり乗っかってしまった。
キャッキャッと子供の声が聞こえて、それが遠ざかっていった。小さい子供がいたから、雪哉は俺に止まれと言ったのだろう。そうか、対面で滑る理由は、前を向いているやつが進行方向の安全を確認する為でもあるんだな……とか、のんきに考えている場合ではない。
今、柔らかいものが俺の唇に触ったではないか!それは何だ?ゴーグルがぶつかった後なのだから、他に柔らかい物があるとすれば、それは唇同士がぶつかったという事ではないのか?雪哉の胸が上下している。だから生きている。が、動こうとしない。どうしよう。俺が止まれなかったせいで、突然知り合ったばかりの“男”とキスしてしまうなんて、あまりに最悪じゃないか、雪哉にとって。
「あ、あの……ごめん」
俺はおずおずと言いつつ、腕をついて起き上がった。
「大丈夫か?」
俺が心配になって声を掛けると、
「うん……大丈夫、だよ」
やっぱり歯切れが悪い。どうしよう。謝った方がいいよな。いや、今謝ったけど、足りないよな。土下座か?慰謝料でも払うか?
「大丈夫か、雪哉?」
そこへ、神田さんがやってきて、シュッと止まった。
「怪我でもしたか?」
「ううん、僕は大丈夫」
雪哉はそう言うと、差し出された神田さんの手を掴んで、シュタっと立ち上がり、シュルシュルっと進んで投げ出されたストックを拾った。立ち方もカッコイイ。神田さんが俺にも手を差し出してくれた。俺は手を掴ませてもらったもののすぐには立ち上がれず、結局神田さんの手を離して雪面に手をつき、まだ手にぶら下がっていたストックを使って頑張って立ち上がった。
「涼介、怪我してない?」
雪哉が近くまで来て言った。おいおい、今下りてったのに、もうここまで上がってきたのかよ。自由自在だな。
「ああ、大丈夫だよ」
俺はそう言いながら、雪哉の顔を見た。ゴーグルを透かして目を見ようとする。だが、光が反射してよく見えない。
「あの、ごめん……」
もう一度謝ってみたが、
「涼介は悪くないよ」
今度は明らかに、笑顔でそう言ってくれた雪哉。本心だと思いたい。



