急いで雪哉を追いかけたが、マンションを出たらもう雪哉の姿はなかった。どっちへ行ったのか分からず、とりあえず駅の方へ行ってみたが、会えずじまいだった。メッセージを送ったが既読スルー。電話を掛けたが出てくれなかった。もう仕方がない。夜にでもまた電話しようと思って一旦諦めた。
 大学へ行って講義を終え、帰ろうとしたら井村に会った。
「あ、ミッキー、いい所にいた」
そう言うと、俺をちょっと人の居ない方へ引っ張っていった。
「あのさ、ユッキーとはどうなってんの?」
井村は小声でそう聞いてきた。
「ああ、えーと……、無事つき合う事になったよ」
以前、雪哉には恋人がいるからまだつき合っていないと話した事があったので、そう伝えた。ちょっと照れる。
「そうか、おめでとう。でも、それだとちょっと問題なんだけど……」
井村は先程あった話を聞かせてくれた。
 井村は、昼休みに牧谷とたまたま会い、一緒に学食で飯を食った後、しゃべっていたそうだ。すると、牧谷の電話が着信した。
「もしもしユッキー?どうしたの?」
と牧谷は井村の目の前で電話に出た。初めはのんびり調子だった牧谷は、だんだん深刻な感じになって、
「ユッキー、今からそっち行くから。今どこ?」
と言いながら立ち上がり、井村に目配せだけして、電話をしながら去って行ったそうだ。
「なんか、怪しい気がしてさ。まあ、ミッキーとユッキーがつき合ってるんだったら、俺の取り越し苦労だとは思うけど」
と井村は言った。
 その話が本当だとすると、雪哉が泣きながら牧谷に電話をかけ、辛い事があったから話を聞いて欲しいとでも言ったのではないだろうか。俺と美雪ちゃんの壁ドンシーンを目撃した雪哉が、自分を慰めてくれる相手を牧谷に定め、呼び出したのではないか。
 目の前に、慰める牧谷と甘える雪哉の像が浮かんだ。男の事で辛い事があったからって、別の男に慰めてもらおうなんて……雪哉がそんな軽いやつだとは思わなかった。幻滅だ。牧谷から好意を寄せられている事を、雪哉も気づいているだろう。そんな、自分に好意を寄せる相手に慰めてもらおうなんて、なんて浅ましいんだ。雪哉がそんな男だったなんて。
 だから、俺はその夜も電話をしなかった。

 次の日の夜、バイトが終わって帰宅した頃、雪哉から電話が掛かってきた。一瞬躊躇しつつも、雪哉の可愛い笑顔が頭に浮かび、電話に出た。
「もしもし?」
雪哉の声がした。俺が黙っていると、
「涼介、ごめん。美雪からちゃんと聞き出した。涼介は悪くないよね。でも、僕はトラウマになっていて、つい逃げ出してしまったんだ」
雪哉が言う。誤解は解けたようだ。だが、あまり喜んでもいられない。牧谷の事があるから。
「別にいいよ。でもお前、それで昨日は牧谷を呼び出したんだろ?」
つい、冷たく言ってしまう。
「え?」
雪哉はそう言った後、しばらく黙った。だから俺は続けた。
「トラウマは分かるけどさ、それですぐに別の男に慰めてもらおうなんて、ちょっと軽くないか?」
「ち、違うよ!昨日はマッキーに借りていた本を返そうと思っただけだよ。慰めてもらおうとか、そんな事全然……」
「でも、牧谷がお前の事を好きなの、知ってるんだろ?牧谷はお前からの電話ですっ飛んで行ったそうじゃないか。泣き落としで呼び出して、それで」
「違うって!泣き落としなんて!」
「俺、なんかお前に幻滅したな」
俺がそう言うと、しばらく黙った後、雪哉はそのまま何も言わずに電話を切った。

 うおー!俺は何をしているんだ。何て酷い事を言ってしまったんだ!言った3秒後に後悔した。つい話の流れで感情が高ぶり、暴言を吐いてしまった。今までの雪哉の言動を見ていたら、そんな軽いやつのはずはないのに。ああ、それが分かっていながら、俺はどうしてあいつを信じられなかったのだろう。後悔先に立たず。