楽屋から荷物を出して来て、メンバーみんなでライブハウスを出た。もう俺らのファンや雪哉も外へ出ていた。ファンの方々にはそれなりにおしゃべりにお付き合いし、帰ってもらった。
「んじゃ、今日は解散かな」
「おう。またな」
俺たちはそれぞれ帰る事にした。だが雪哉は俺たちを待っている。俺がちらっと雪哉の方を気にすると、神田さんが、
「涼介、ちょっと飲むか?」
と俺に言った。
「え?雪哉は?」
俺が言うと、
「もちろん、雪哉も一緒だ」
と言って笑う。俺は心の中でガッツポーズ。
「じゃあ、俺も行くよ」
だが、すましてそう言った。にやけるのを必死に堪えて。
 雪哉と神田さんと3人で居酒屋へ行った。端っこの席にしてもらって、角の壁にギターを2本立てかけた。そして生ビールで乾杯する。
「乾杯~!」
ジョッキをカチンと合わせ、ぐっと一口飲んだ。そして、
「雪哉、ライブどうだった?」
と聞いてみた。
「うん、今日も良かったよ」
事も無げに言う。
「今日もって、前にもライブに来てくれた事あるの?」
俺が驚いて雪哉の顔を覗き込むように言うと、雪哉はちょっと照れたように笑った。
「あるよ」
そう言った。知らなかった。
「じゃあ、俺の事見たことあったんだ。スキー場で初対面かと思ってた」
何だか腑に落ちない。俺も雪哉を見た事があっただろうか。いや、こんなイケメン一度見たら忘れないのに。それにしても、演芸会で紅蓮華をやったのも、実は雪哉には目新しい物じゃなかったのか。何だか色々恥ずかしいな。
「ちょっとトイレ行ってくるな」
神田さんが席を立った。俺と雪哉ははす向かいに座っていた。何となく2人きりになるのは照れる。実は初めてかもしれない。いや、周りに知らない人はいるんだけども、知っている人が見ていないのは初めてかも。
「僕、実は……ファンなんだ」
雪哉が何か言ったが、最後は小さすぎて聞こえなかった。
「何?ファンとか言った?」
と俺は雪哉に聞いた。
「あ、うん。あのね、僕ずっと涼介のファン、だったんだ」
そう言うと、雪哉は畳んだおしぼりで顔を隠した。
「!」
呼吸が止まったかと思った。ファンだと言われる事はたくさんあったけれど、今までとは全然違うものを感じる。喜びというか、衝撃というか、動悸息切れ、興奮……。
「ゆ、雪哉!俺、俺さ、雪哉の事が好きなんだ。好きに、なっちゃったんだ」
思わず勢いで言ってしまった。すると雪哉がおしぼりをポタッとテーブルに落した。ああ俺たち、もしかして両想い?そうなの?
 と、興奮している所へ神田さんが戻ってきた。忘れちゃいけない、今は2人きりのデートではないのだ。
「どうした?なんか……緊迫してないか?」
神田さんが言う。俺は一度唾を飲み込んだ。落ち着け、まずは落ち着こう。そして、闇雲にビールをグビグビっと飲んだ。
「すいません!お代わり!」
俺がジョッキを上げて店員に向かって言うと、
「あはは、お前が大きい声出すと目立つよな。無駄にイケメンだからよ」
神田さんが俺を見て笑う。そして隣に座っている雪哉を見る。雪哉が黙ってうつむいているので、神田さんは雪哉の頭に手を置いた。
「どうした?何かあったのか?」
そう雪哉に声を掛け、次に俺の顔を見る神田さん。むう。なんと言えばいいのやら。何も言わない方がいいのやら。俺が目を泳がせていると、
「まさか……」
神田さんの目が、急に鋭くなった。
「え、何?」
たじろぐ俺。
「涼介、お前まさか、雪哉を口説いていたり、しないよな」
「え……」
そこへビールがやってきた。
「お待たせしましたー!」
俺たちは店員がいなくなるまで黙っていた。動きも止まっていた。今の内に何か考えようと思ったのに、あっという間に店員はいなくなった。
「口説いてるって言うか、まあ、告ったっていうか」
ごまかしや嘘が言えない俺。バカ正直に言うと、神田さんは雪哉の肩に腕を回し、自分の方へぐっと引き寄せた。
「悪いな涼介。雪哉は俺のもんだ。お前にはやらないよ」
って!真面目な顔をして言う。嘘だろ?いや、その雰囲気は嘘じゃないような。俺は口をパクパクさせたが、何も言葉が出てこなかった。雪哉はやっぱり黙っていた。でもさっき俺のファンだって……。俺の頭は混乱した。そしてビールを飲み干すと、1人で店を出たのだった。
 生ビールを一気にあおったので、足下がふらつく。担いだギターに振り回され、余計に体がフラフラした。まさか神田さんと雪哉がつき合っていたなんて。ショックだ。雪哉には恋人はいないと聞いていたのに。ん?そうじゃないな。女の影がないと言われたんだ。そりゃそうだ、つき合っていたのは女ではなく男だったんだから。
 そうか。逆にこれは喜ぶべきではないだろうか。雪哉が男とつき合う気がないのなら、俺がいくら頑張っても無理だ。しかし、男とつき合う気があるならば、俺にもチャンスがあるではないか。酔っているから気が大きくなっているのかもしれないが、俺は決心した。必ず雪哉を手に入れてみせる。神田さんから奪ってやる。
 ふと、合宿中に2人が言い争っていた事を思い出した。今思えば、迫っている神田さんを雪哉が拒絶していたようだった。だとすれば、最近あまり上手くいっていないのではないか。いや、それは余りに都合良く解釈しすぎかな。

 翌日、昼まで寝ていた俺は、初めて恋の苦悩とやらを味わっていた。雪哉に会いたい。でも気まずい。話したい。でも何を言ったらいいのか分からない。悶々と夕方まで考えていて、とうとう我慢出来なくなり、俺は雪哉に電話を掛けた。
 ところが、雪哉は電話に出てくれなかった。時間を置いて何度か掛けてみたが、やっぱり出てくれなかった。翌日、掛け直してくれるかと期待して待っていたが、それも叶わず。LINEで「話したい」とメッセージを入れたが、それも既読スルー。どうやら避けられているようだ。それか、神田さんが監視していて、俺と連絡を取るのを禁止しているとか?いや、神田さんはそんな陰湿な人じゃない。と、思う。
 スキー部の合宿がもう一度あるという話だった。今度は検定が受けられるらしい。だが急に言われても金がないし、そもそもスキー板やブーツを買わないとレンタル代が高くつく。と言って、買い揃えるにはやっぱり金がないしで、行く事が出来なかった。きっと雪哉は行ったのだろう。行けば会えたのに。会って、気持ちを確かめたい。俺とつき合ってくれなくても、少しでもチャンスがあるのかどうか、せめてそれだけは教えて欲しい。