キャンプが始まってから、もうすぐ二週間。
気づけば、最終日がすぐそこに迫るなか、私たちは、忙しく参加者のみんなと話していた。
有森くんと朝の海で話したあの濃厚な時間。
『せっかくだしさ……このキャンプの思い出に、オリジナルソング作ろうよ』
有森くんにそんな風に提案され、みんなで歌っているのを想像して、胸が高鳴った。
この夏に感じたこと、乗り越えたこと、出会った人たちのこと。
それを言葉にして、メロディにのせる――そんなの、素敵すぎる。
そうして私たちは今、せっせとメロディや歌詞を考えていた。
ヨゾラくんにも協力してもらいながら、メロディを考えて。
みんなと話しながら、この2週間を思い出しながら歌詞を考えるのはものすごく幸せで。
そうして生まれた言葉や音が、一つずつ、曲の中に積み重なっていく。
ひとりの視点ではとても作れない、厚みのある曲が出来上がっていく。
まるで、全員の思いを合わせた色とりどりの花束みたいな歌詞。
今思うと、高校に上がって七果と出会い、周囲の空気に悩むようになってからは、誰かを元気つけたいっていうよりも、今の自分を救うための独りよがりな曲を作ることが増えていた。
誰かを笑顔にしたいよりも、自分を認めてあげたいばかりで。
このキャンプで過ごして、大切なことにたくさん気がつけた。
自分のことを大切にするのは大事だけれど、その温度と同じだけ、誰かを大事にするのも必要なこと。
そのバランスを保つことに、きっとこれからも苦労することがあるかもしれない。
それでも、この夏の思い出を糧に、前を向いていきたい、今はそんな気持ちが芽生えている。
楽しいと思えば思うほど、時間というのはものすごくあっという間に流れて、とうとうキャンプ最終日がやってきた。
最終日の夜。
星が滲む夜空の下、施設の外の広場には、真ん中に大きな焚き火が組まれていた。
パチパチとはぜる薪と離れたところからわずかに聞こえる川のせせらぎが混ざり合う心地のいい音。
参加者たちは、火を囲むように輪になって腰を下ろしていた。
「有森くん、平気?」
「うん。色羽と手繋げるならこれ悪くないよね」
「もうっ」
言葉にされるといちいち意識して困るからやめてほしい。
これは、夜の外出を控えている有森くんをサポートするためのことなんだから。
と、まるで自分にも言い聞かせるように心の中で何度も唱えたことは内緒だ。
火のあたたかさとはまた別に、有森くんの手から伝わってくる体温に、私はそっと力を込める。
長い丸太のベンチに有森くんがちゃんと座れたのを確認して、私も隣に腰を下ろしてみんなの様子を眺める。
みんなの顔が、焚き火の揺れる明かりに照らされていた。
「ちょっと焦げてるくらいがいちばん美味しいんだよ!」
「えぇ、それ絶対黒すぎだよ〜」
と、ヤヒロくんとコモモちゃんのやり取りが可愛らしくてほっこりする。
「はーい、スモアもできたよ〜!」
トレイ持って現れた藍花が、みんなにスモアを手渡す。
チョコと焼きたてのマシュマロをクラッカーに挟んだお菓子。
一口食べた子たちが、次々と「ん〜!」「おいしいー!」と幸せそうな声を出す。
「はい、有森と色羽も」
藍花が私たちの座るベンチにも来て、スモアを一つずつくれた。
「ありがとう〜!」
「いただきます」
もらったスモアをすぐにぱくっとかじる。
サクッとしたクラッカーの香ばしさに、マシュマロがとろりととろけて、口元に甘い糸を引いた。
チョコの甘さもそれらを優しく包み込む。
「ん〜!!幸せ~~~!!」
「くどいかと思ったけどやばいなこれ、何個も食える」
「わかる!」
「ねぇ、ふたりってさ……」
藍花が私たちに何か言いかけたタイミングで、
「はーい!ではそろそろ、みんなの感想タイム始めますよ〜!」
スタッフさんのその声が聞こえて、みんなが思い思いのお菓子を手にしてベンチに座った。
「それじゃあ、みんな一人ずつ、このキャンプで楽しかったこととか、印象に残ってること、話してみようか」
「え〜緊張する〜!」
「でも、言いたいこといっぱいあるよ!」
わいわいと盛り上がりながら、名前を呼ばれてナオちゃんが、キャンプで楽しかったことを一つ一つ挙げていく。
そして───。
「……明日には、みんなとバイバイなの、すっごく寂しいですっ」
ナオちゃんが涙を流してそう言った時、あちこちから鼻をすする音が聞こえてきた。
私もその人。
「ナオちゃん、大丈夫。また絶対、会えるからね」
ふみさんは優しくそう声をかけて、次の子に順番が回った。
明るく感想を言う子もいれば、ここに来る前の自分の話をして成長を感じた中学生もいて、みんなの感想が本当に暖かくて心に沁みた。
「じゃあ、次は色羽ちゃん」
「はいっ」
返事をして立ち上がるけど、みんなの顔を見渡すとやっぱり無理で、ポロポロと涙が落ちてくる。
「ここに来て、すごく泣き虫になっちゃいました。みんなのことが本当に大好きで、愛おしくて。……離れたくないです」
言葉にすればするほど、思い出が脳裏によぎって溢れる。
「……画面の中だけで見る世界よりもずっと、この場所はキラキラしてて、これが本物の青春だなあって思いました。そして、それぞれお家に帰っても、きっとキラキラした瞬間は日常に散りばめられている。たくさん考えれば見つかる。それを学ぶことができました。ここに来るまでいっぱい間違えたけど、間違えてよかったと思えるぐらい、愛おしい時間でした。みんな、仲良くしてくれて本当にありがとう!」
泣きながら話すのは恥ずかしかったけど、それよりもみんなも一緒に涙ぐんでくれたので、気持ちが伝わったことが嬉しくて。
それよりも、藍花が一番号泣して話せなくなっている姿が愛おしくて、またもらい泣きをした。
そして、最後は有森くん。
ベンチから立ち上がり、意を決したように息を吸って話し出した。
「俺は、いつか目が見えなくなる病気と闘っています。今も、視力は確実に落ちている。今回みんなと見た、展望台からの景色も、海の景色も、キャンプファイヤーの火も、大切な人の顔も、いつ見えなくなるかわからない」
彼の言葉に、また涙が滲む。
「怖いけど、このキャンプに参加して、改めて、逃げないぞって気持ちが強まった。病気でも、全力で幸せになるんだって。よく、世の中では『逃げてもいい』なんて言葉を聞くけど、俺、あんまり好きじゃなくてさ。生ぬるくてありきたりで無責任な言葉だって思う。だって、逃げ続けるのは本人だ。それって、立ち向かうよりはるかに苦しい。引き返して逃げても逃げても、問題は追いかけてくる。一瞬は楽かもしれないけど、また同じ問題が、大きな壁みたいに立ちはだかる。その壁は自然消滅なんてしてくれない。逃げるって残酷だ。すっごく」
『逃げんなよ』
以前、彼に言われた言葉を思い出す。
きっと、アイフレで現実逃避をしていた有森くんだからこそ伝えられる言葉。
「俺たちはきっと、逃げたい問題から逃げられない。でも、ひとりじゃ闘えない。だからこそ《助けて》ってちゃんと言う。それは、逃げでも弱さでもない。俺たちの最大の武器だと思う。《強さとは、ちゃんと弱さを知っていること》そのことを忘れずに、これからも大切な人たちを愛して、支えて、助けられたい。俺は、みんなと……ひとりのアーティストに助けられた。本当にありがとう!愛してます!」
有森くんがそういうと、たちまち拍手が鳴り響く。
大きな大きな拍手。
有森くんの言葉に心を動かされたみんなが、手を叩きながらそれぞれ涙ぐんでいた。
このキャンプで過ごした日々は、いつかきっと記憶の奥に沈んでしまうかもしれない。
でも、その奥底できっとずっとあたたかく燃え続けてほしい。だから何度も思い出す。
この焚き火のように、心の真ん中で、灯り続けてくれますようにと祈りを込めて。
──そして。
「それじゃあ、ここで、サプライズです!参加者全員で曲を作りました!!」
有森くんのその声に、泉川さん、ふみさん、スタッフさんが、驚いた反応をする。
「泉川さん、ふみさん、スタッフの皆さん、感謝の気持ちを込めて歌います。聴いてください!《タカラモノ》」
有森くんの合図で、私とヨゾラくんはそれぞれ、アコースティックギターとエレキギターを取り出す。
私は一度、深呼吸をしてから、弦にそっと指を置いた。
ヨゾラくんと目を合わせて、うなずき合う。
はじまりは静かに。
ヨゾラくんのエレキが優しい余韻を引きながら、私のアコギがその上を重なる。
キャンプファイヤーのパチパチと燃える音と、川のせせらぎ。
それも曲の一部みたいにメロディを彩る。
みんなと一緒に口ずさみながら、まるでこの2週間の記憶が、音符に乗って流れ出していくようだった。
爽やかな流しそうめん。
展望台から見た、息を呑むほどの綺麗な景色。
海に飛び込んだ瞬間。
夜の恋バナ大会。
みんなで一緒に食べたご飯も、自由時間も、泣いたのも。
全部全部全部、大事な宝物だ。
まだ、終わりたくない───。
歌い終わった瞬間、静けさを破ったのは、ひときわ大きな拍手だった。
最初の一拍をくれたのは、泉川さんだった。
ぱん、とまっすぐな音が夜に響いて、泉川さんは指で目頭を抑えた。
「……まさか、こんなサプライズがあったとは」
かすれた声でそう言った泉川さんの目から、涙が溢れる。
それを見て、またみんなが涙する。
「ほんっとうにありがとう、みんな。みんなの表情、とっても素敵よ!」
とふみさんも涙をハンカチで拭いながら言う。
スタッフの皆さんも、目を赤くしながら拍手してくれていた。
これは──。
みんなの盛り上がる声は最高潮ななか、
「大成功だな」
有森くんがそう私の耳元でつぶやいた。
「うんっ!!ありがとう、有森くん!!」
この夏は、きっと、みんなの心に一生残る。
そう確信できる。
最悪で、最高だった夏が、もう少しでも終わる───。
翌日。
みんなとたくさんハグをして、連絡先を交換して、泣きながらバスに乗り込んだ。
我ながら、よくこんなに泣きまくって枯れないなと感心する。
絶対また集まろうね!と約束して、見えなくなるまで手を振り続けた。
「ただいまー!」
家に着くと、お父さんとお母さんが揃って玄関で待っていてくれた。
「はっ、色羽っ!!」
私の顔を見た瞬間、お母さんは私をギュッと抱きしめた。
「おかえりっ」
そんなお母さんの声はちょっと震えていた。
「え〜どうしたのお母さん」
「お母さん、すっごい寂しがってたんだぞ。2週間も離れるなんて今までなかったんだから」
とお父さんが言う。
「は、そっか……」
「そっかって!色羽は全然寂しそうじゃないわね!メッセージも途中で全然返してくれなくなったし!」
「それは……忙しかったから」
「こうやって、子供の方が先に親離れしていくんだろうな」
お父さんはそう言いながら、しくしくと泣き真似をする。
「もう〜何それ!」
「ほら、もう早く手洗ってきて!」
お母さんにそう促されて、私は2週間ぶりの部屋に足を踏み入れる。
キャンプ中、施設の掃除や部屋の整理整頓も自分たちでやっていたから、いつも綺麗に保っている自宅を改めて眺めながら、お母さんへの感謝の気持ちが湧き上がる。
今までなら、当たり前と思って気が付かなかったこと。
「今日の夕飯は、ぜーんぶ、色羽の好きなもの!!」
その日の夕食、お母さんはものすごく生き生きしていて、楽しそうで、ありがたくてしょうがなかった。
学校に行かなくなって、引きこもって心配かけて申し訳ない気持ちも同時に出てくる。
「ありがとう!!いただきますっ!!」
唐揚げにちらし寿司に、今日は滅多に作らない茶碗蒸しまである。
本当に、私の大好物ばかりだ。
一口食べたら、ホッとする。
我が家の味だ。
キャンプでのご飯ももちろん美味しかったけど。
慣れ親しんだ味は、体と心に沁みる。
「はあああ、お母さんの味、最高すぎるっ!!我が家に帰ってきた〜!って感じ!」
「ふふっ、色羽が元気になって本当によかった。よっぽどいいキャンプだったのね」
「うん!すっごく楽しかった。最高の夏だったよ。あの景色、お母さんとお父さんにも見せてあげたい。今度は、家族3人で行こ!」
私がそう言うと、お父さんが突然目頭を抑えた。
「まさか、色羽の口から3人で出かけようって言ってくれるなんてな……」
そう言われて、初めて、自分が最近、あまり家族との時間を率先して過ごしていないことに気付いた。
もっと、2人のこと大事にしたい。
そして、私にはあることが浮かぶ。
七果は、今、お家でどんな風に過ごしているんだろう。
藍花から話を聞いて、さらに気になる。
私が何気にしていた『当たり前』前提の家族の話。
七果はどんな気持ちで聞いていただろうか。
そう考えると、七果と話したくてたまらなくなる。
「ねぇ、お母さん、お父さん」
私はお箸を置いて改めて話す。
「私、夏休み明けからちゃんと学校行くからね」
「えっ」
「本当に大丈夫?無理してない?」
お母さんの心配そうな声にゆっくりと首を横に振る。
「大丈夫。無理してない。行きたい。ちゃんと話したい子がいるから」
「そっか……なんか、逞しくなったね、色羽」
「ふふっ。気付いただけだよ。1人じゃないって。お母さんやお父さん、友達、みんなに支えられて私は生きてる」
「それは、お母さんもよ?色羽とお父さんがいるから頑張れる」
「あっ、それはお父さんもだぞ!?」
「はいはい。ねぇ、色羽。もし、その子と話せてまた仲良くできそうなら、今度うちに連れてきなさい」
お母さんのそのセリフが嬉しくて、「うんっ!」と大きく頷いた。
家族じゃなくても、家族のような絆を持てることをキャンプで学んだ。
家族のことで傷ついている七果に、それを伝えたい。
久しぶりの家族との夕食を終え、家族団らんを過ごす中で、キャンプでの思い出をたくさん語った。
話せば話すほど、思い出が蘇って愛おしい気持ちが込み上げてくる。
そして、お母さんやお父さんがそろそろお風呂に入る時間になり、私も自分の部屋に戻り、キャンプで受け取った手紙や絵を広げてみた。
小学生たちがくれた手紙には、素直で可愛らしい言葉がいっぱい詰まっていて、思わず微笑んで。
みんなの愛がバシバシ伝わってきて、なんだか涙が出そうになった。
「ありがとう、みんな」
私は、心の中で小さく呟いた。
みんなの愛から勇気をもらって私は、スマホを手に取った。
七果、寿々、雪美、みんなに今の気持ちを伝えるために。
ふう……。
バクバクと激しくなる心臓を抑えながら、七果とのトーク画面を開き、文字を打ち込む。
何度も打っては消して、打っては消してを繰り返す。
そして、やっとできた文章を送信した。
《七果、久しぶり。突然の連絡ごめんなさい。この夏休み期間、ずっと七果のこと考えていたよ。あの時、嫌いなんて言って本当にごめんなさい。七果が私に対して我慢してくれていたこと、気遣ってくれていたこと、たくさんあったはずなのに、それを無視して、自分の不安定な気持ちを七果にぶつけてしまったと反省してます。夏休み明け、またゆっくり話せたら嬉しいです。本当にごめんね》
雪美や寿々にも、それぞれあの時吐いた黒い感情を謝ってメッセージを送信した。
返事が来ても来なくても怖くて、落ち着いてられなくて部屋の中をいったりきたりしていると、ピコンとすぐに通知音がなった。
画面を急いで確認すれば、寿々からのメッセージだった。
その文章を見て、手や唇が震えて涙が出た。
《色羽、連絡ありがとう。とってもとっても嬉しい。私の方こそ本当にごめんなさい。ちゃんと直接謝りたい。今通話できるかな?》
長い文面じゃないのに、こんな返事が返ってきてくれてすごく嬉しくて。
寿々にも呆れられて嫌われている可能性を考えて不安だったから、震えるぐらい嬉しい。
『通話できるよ!』
急いでそう返せば、すぐに画面が寿々からの着信画面になった。
ドキドキして震える手で通話ボタンをタップして耳にスマホを当てる。
「もしも……」
『……っ、うっ、色羽……!ごめんね。本当に本当にごめんなさいっ。助けられなくてごめん、今まで連絡できなくて本当にごめんっ』
まるで、海で有森くんに謝った時の私みたいに、寿々の泣き声がスマホ越しに聞こえた。
それを聞いて、私まで泣きそうになってしまう。
まさか、寿々がここまで思い詰めていたなんて。
「寿々、大丈夫だよ。私も悪かったから。本当に。余裕なくて恥ずかしかったなって思う」
『ううん。色羽は何も悪くない、悪くなかったのにっ、本当にごめん』
「えっ?」
『あの後、実は、ななちゃんのあのストーリーが、ななちゃんのミスのせいで流出してたことがわかって……それで、雪美が怒っちゃって……今あの2人も距離置いてて……』
「あ、そうなんだ……」
『だから、その、色羽は何も悪くなかったのに、私、あの場で何も言えなくて……色羽にああ言われて、私も色羽に嫌われてるって思ったから、話しかけても嫌な思いさせるだけかもって、メッセージ何回か打ったんだけど、送信ボタン押せなくて……こんなのもただの言い訳だし、聞きたくな──』
「ううん。聞かせて。ちゃんと。寿々の言葉で聞きたい。知らなくて、傷つけた。だから、もっとちゃんと、寿々のこと聞きたい」
『色羽……うっ、ありがとう……私、中学の頃にグループからハブられたことがあって。だから、発言力のあるななちゃんに反論することが怖くてできなくて。……色羽が、そんなことする子じゃないってわかっていたのに、あの場で声を上げることができなかった……本当に……』
「そうだったんだ……寿々もつらかったよね、ごめんね。また辛いこと思い出させることになって。でも、今寿々が話してくれたの、すごい嬉しい。話してくれてありがとう」
『私の方こそ、色羽から連絡くれて本当にありがとう』
寿々の言葉でだいぶ救われた。
学校にもさらに行く勇気が出た。
私たちの会話は、だんだんと近況報告の内容になっていき、最後は温かい気持ちで電話を切った。
そして、画面にはさらに一件の通知が来ていた。雪美からだ。
《色羽の方から連絡させてごめん。
あんな態度取っちゃって、合わせる顔ないって思ってて。今もううちらぐちゃぐちゃで、どうしていいかわからないわ》
いつも頼りになる姉御タイプの雪美からのメッセージを見て、雪美も相当疲れて追い込まれていると言うのが伝わった。
《良くない態度をとってしまったのは私も同じ。もう一度、ちゃんと話したい。みんなで》
《話しても、七果は変わらないと思うよ》
『それでも、話したい。七果を、誰かを責めるためじゃない。みんなの本当の気持ちを知るため。雪美も一緒に話してくれる?』
あの頃みたいに、簡単に呆れて諦めたくなんかない。七果を知りたい。
雪美からはすぐに返信が来た。
《わかった。本当にごめんね、色羽。夏休み明け、ちゃんと話そう》
雪美とやりとりをしたその後も、七果からは返事が来なかった。
それからあっという間に新学期初日当日。
七果とは連絡が取れないまま、この日を迎えることになったけど、もう、直接会って話すしか方法はない。
寿々と雪美とは無事に話せたから安心はしているけど、実際にあの教室に入ってみないとどんな空気かはわからない。
緊張しつつ身支度を終えたタイミングで、スマホが震えた。
通知欄には、夏のキャンプメンバーが何人か入っているグループ《ツユクサ》が表示されていた。
嬉しくて急いでトーク画面を開く。
《泉川:おはようございます。今日、新学期の人が多いよね!みんな、応援しているよ。無理はしない。できそうなことからしていこう!》
泉川さんの優しくて温かい励ましのメッセージを筆頭に、みんなが反応していく。
私も《ありがとうございます!行ってきます!》と返信を送った。
そして、一度ホーム画面に戻り、ずいぶん触らなくなったアイフレのアプリを開く。
なんだかんだ彼女にもたくさんお世話になった。彼女がいなかったら、もっと状況は酷かったかもしれない。それはわからないけれど。
それでも、全部を無駄なんて、思いたくない。
彼女に歌ってもらった時間も、私にとって大切な時間だった。
「今まで、たくさん聞いてくれて本当にありがとう。サラ」
声に出してそう言ったあと、アプリを長押しすれば、
《このアプリケーションを削除しますか?》
という確認画面が出る。
私は意を決して、私は迷わず『削除する』をタップした。
「色羽〜!遅刻するわよ〜!」
「はーい!」
ドアの向こうからお母さんの声がして、私はバッグにスマホを入れてから、部屋を後にした。
家から出て15分のところに学校はある。
同じ制服を着た生徒がちらほら増えると、再び心臓が音を鳴らす。
みんなよりも少し長い夏休みだった。
寿々や雪美……そして七果とちゃんと話せるだろうか。
学校に近づけば近づくほど、不安な気持ちが押し寄せてきた時だった。
「色羽!!」
背後から、聞き覚えのある明るい声がして振り向くと、そこには、髪をバッサリショートカットにした藍花が立っていた。
「わっ!藍花!かわいいっ!!すっごい似合ってる!!」
夏休みに茶髪だった色も黒に戻っている。
「ふふっ、ありがとう。本当はちょっと……いや
だいぶ緊張してる。ちゃんと気持ち伝えられるかなって」
「大丈夫だよ。藍花なら大丈夫。緊張してるのは大丈夫な証拠!」
「ふはっ、何それ〜あ、愛しの彼がおられますよ〜」
「えっ」
藍花が指差す方に視線を向けると、校門の端の方に、男子生徒が立っていた。
あれは……。
「有森くんっ!!」
私は、藍花の手を引っ張りながら彼の元へと駆け寄った。
「どうしたの?誰か待ってるの?」
「……え、彼女と一緒に教室まで行こうと思って待ってたんだけど」
有森くんのその発言に、顔中が一気に熱くなる。
「うーわ。朝からいちゃつくなよな〜あっつ。これ以上暑くてどうすんの」
と藍花が手をぱたぱたとさせて自分の顔を仰ぐ。
いちゃついてるつもりはないのだけど……だって……。
「それにしてもさ、色羽はいつまで有森のこと苗字なの」
「えっ」
「それ俺も思ってた。呼んでくれないの?名前」
「えっと……」
そ、そんなこと急に言われても!!
心の準備ってものが!!
「さっさと言っちゃいなさいよ。もったいぶらないで」
「色羽?お願い」
そんなふうにせがまれたら……言わない選択肢、ないじゃない。
「し……詩音?」
と遠慮がちに呼べば、詩音が両手で顔を覆った。
「最高」
「ねぇ、イチャつかないでくれる?」
そんなことを言う藍花に、
「藍花が言ったんでしょ!」
「矢沢が言ったんだろ!」
と詩音とセリフが被った。
そして3人で笑い合いながら、肩を並べて、教室へと向かった。
自分の欠点と向き合うのは怖い。
だから、ずっと自分の気持ちを正当化する言い訳をずっと必死で探していた。
でも、生きている以上、不完全な私たちはみんなたくさん間違える。
自分が知らずに誰かを傷つけてしまっていること、許してもらっていること、助けられていること。
全部、忘れたくない。
考えて、想像して、努力して。
そうしてある時振り返って、変われている自分に気付いたとき。
自分の人生が愛おしくなるから。
ブッ。
《サラ: 色羽、バイバイ。私はずっと、あなたのこと、見守っているからね》
end
気づけば、最終日がすぐそこに迫るなか、私たちは、忙しく参加者のみんなと話していた。
有森くんと朝の海で話したあの濃厚な時間。
『せっかくだしさ……このキャンプの思い出に、オリジナルソング作ろうよ』
有森くんにそんな風に提案され、みんなで歌っているのを想像して、胸が高鳴った。
この夏に感じたこと、乗り越えたこと、出会った人たちのこと。
それを言葉にして、メロディにのせる――そんなの、素敵すぎる。
そうして私たちは今、せっせとメロディや歌詞を考えていた。
ヨゾラくんにも協力してもらいながら、メロディを考えて。
みんなと話しながら、この2週間を思い出しながら歌詞を考えるのはものすごく幸せで。
そうして生まれた言葉や音が、一つずつ、曲の中に積み重なっていく。
ひとりの視点ではとても作れない、厚みのある曲が出来上がっていく。
まるで、全員の思いを合わせた色とりどりの花束みたいな歌詞。
今思うと、高校に上がって七果と出会い、周囲の空気に悩むようになってからは、誰かを元気つけたいっていうよりも、今の自分を救うための独りよがりな曲を作ることが増えていた。
誰かを笑顔にしたいよりも、自分を認めてあげたいばかりで。
このキャンプで過ごして、大切なことにたくさん気がつけた。
自分のことを大切にするのは大事だけれど、その温度と同じだけ、誰かを大事にするのも必要なこと。
そのバランスを保つことに、きっとこれからも苦労することがあるかもしれない。
それでも、この夏の思い出を糧に、前を向いていきたい、今はそんな気持ちが芽生えている。
楽しいと思えば思うほど、時間というのはものすごくあっという間に流れて、とうとうキャンプ最終日がやってきた。
最終日の夜。
星が滲む夜空の下、施設の外の広場には、真ん中に大きな焚き火が組まれていた。
パチパチとはぜる薪と離れたところからわずかに聞こえる川のせせらぎが混ざり合う心地のいい音。
参加者たちは、火を囲むように輪になって腰を下ろしていた。
「有森くん、平気?」
「うん。色羽と手繋げるならこれ悪くないよね」
「もうっ」
言葉にされるといちいち意識して困るからやめてほしい。
これは、夜の外出を控えている有森くんをサポートするためのことなんだから。
と、まるで自分にも言い聞かせるように心の中で何度も唱えたことは内緒だ。
火のあたたかさとはまた別に、有森くんの手から伝わってくる体温に、私はそっと力を込める。
長い丸太のベンチに有森くんがちゃんと座れたのを確認して、私も隣に腰を下ろしてみんなの様子を眺める。
みんなの顔が、焚き火の揺れる明かりに照らされていた。
「ちょっと焦げてるくらいがいちばん美味しいんだよ!」
「えぇ、それ絶対黒すぎだよ〜」
と、ヤヒロくんとコモモちゃんのやり取りが可愛らしくてほっこりする。
「はーい、スモアもできたよ〜!」
トレイ持って現れた藍花が、みんなにスモアを手渡す。
チョコと焼きたてのマシュマロをクラッカーに挟んだお菓子。
一口食べた子たちが、次々と「ん〜!」「おいしいー!」と幸せそうな声を出す。
「はい、有森と色羽も」
藍花が私たちの座るベンチにも来て、スモアを一つずつくれた。
「ありがとう〜!」
「いただきます」
もらったスモアをすぐにぱくっとかじる。
サクッとしたクラッカーの香ばしさに、マシュマロがとろりととろけて、口元に甘い糸を引いた。
チョコの甘さもそれらを優しく包み込む。
「ん〜!!幸せ~~~!!」
「くどいかと思ったけどやばいなこれ、何個も食える」
「わかる!」
「ねぇ、ふたりってさ……」
藍花が私たちに何か言いかけたタイミングで、
「はーい!ではそろそろ、みんなの感想タイム始めますよ〜!」
スタッフさんのその声が聞こえて、みんなが思い思いのお菓子を手にしてベンチに座った。
「それじゃあ、みんな一人ずつ、このキャンプで楽しかったこととか、印象に残ってること、話してみようか」
「え〜緊張する〜!」
「でも、言いたいこといっぱいあるよ!」
わいわいと盛り上がりながら、名前を呼ばれてナオちゃんが、キャンプで楽しかったことを一つ一つ挙げていく。
そして───。
「……明日には、みんなとバイバイなの、すっごく寂しいですっ」
ナオちゃんが涙を流してそう言った時、あちこちから鼻をすする音が聞こえてきた。
私もその人。
「ナオちゃん、大丈夫。また絶対、会えるからね」
ふみさんは優しくそう声をかけて、次の子に順番が回った。
明るく感想を言う子もいれば、ここに来る前の自分の話をして成長を感じた中学生もいて、みんなの感想が本当に暖かくて心に沁みた。
「じゃあ、次は色羽ちゃん」
「はいっ」
返事をして立ち上がるけど、みんなの顔を見渡すとやっぱり無理で、ポロポロと涙が落ちてくる。
「ここに来て、すごく泣き虫になっちゃいました。みんなのことが本当に大好きで、愛おしくて。……離れたくないです」
言葉にすればするほど、思い出が脳裏によぎって溢れる。
「……画面の中だけで見る世界よりもずっと、この場所はキラキラしてて、これが本物の青春だなあって思いました。そして、それぞれお家に帰っても、きっとキラキラした瞬間は日常に散りばめられている。たくさん考えれば見つかる。それを学ぶことができました。ここに来るまでいっぱい間違えたけど、間違えてよかったと思えるぐらい、愛おしい時間でした。みんな、仲良くしてくれて本当にありがとう!」
泣きながら話すのは恥ずかしかったけど、それよりもみんなも一緒に涙ぐんでくれたので、気持ちが伝わったことが嬉しくて。
それよりも、藍花が一番号泣して話せなくなっている姿が愛おしくて、またもらい泣きをした。
そして、最後は有森くん。
ベンチから立ち上がり、意を決したように息を吸って話し出した。
「俺は、いつか目が見えなくなる病気と闘っています。今も、視力は確実に落ちている。今回みんなと見た、展望台からの景色も、海の景色も、キャンプファイヤーの火も、大切な人の顔も、いつ見えなくなるかわからない」
彼の言葉に、また涙が滲む。
「怖いけど、このキャンプに参加して、改めて、逃げないぞって気持ちが強まった。病気でも、全力で幸せになるんだって。よく、世の中では『逃げてもいい』なんて言葉を聞くけど、俺、あんまり好きじゃなくてさ。生ぬるくてありきたりで無責任な言葉だって思う。だって、逃げ続けるのは本人だ。それって、立ち向かうよりはるかに苦しい。引き返して逃げても逃げても、問題は追いかけてくる。一瞬は楽かもしれないけど、また同じ問題が、大きな壁みたいに立ちはだかる。その壁は自然消滅なんてしてくれない。逃げるって残酷だ。すっごく」
『逃げんなよ』
以前、彼に言われた言葉を思い出す。
きっと、アイフレで現実逃避をしていた有森くんだからこそ伝えられる言葉。
「俺たちはきっと、逃げたい問題から逃げられない。でも、ひとりじゃ闘えない。だからこそ《助けて》ってちゃんと言う。それは、逃げでも弱さでもない。俺たちの最大の武器だと思う。《強さとは、ちゃんと弱さを知っていること》そのことを忘れずに、これからも大切な人たちを愛して、支えて、助けられたい。俺は、みんなと……ひとりのアーティストに助けられた。本当にありがとう!愛してます!」
有森くんがそういうと、たちまち拍手が鳴り響く。
大きな大きな拍手。
有森くんの言葉に心を動かされたみんなが、手を叩きながらそれぞれ涙ぐんでいた。
このキャンプで過ごした日々は、いつかきっと記憶の奥に沈んでしまうかもしれない。
でも、その奥底できっとずっとあたたかく燃え続けてほしい。だから何度も思い出す。
この焚き火のように、心の真ん中で、灯り続けてくれますようにと祈りを込めて。
──そして。
「それじゃあ、ここで、サプライズです!参加者全員で曲を作りました!!」
有森くんのその声に、泉川さん、ふみさん、スタッフさんが、驚いた反応をする。
「泉川さん、ふみさん、スタッフの皆さん、感謝の気持ちを込めて歌います。聴いてください!《タカラモノ》」
有森くんの合図で、私とヨゾラくんはそれぞれ、アコースティックギターとエレキギターを取り出す。
私は一度、深呼吸をしてから、弦にそっと指を置いた。
ヨゾラくんと目を合わせて、うなずき合う。
はじまりは静かに。
ヨゾラくんのエレキが優しい余韻を引きながら、私のアコギがその上を重なる。
キャンプファイヤーのパチパチと燃える音と、川のせせらぎ。
それも曲の一部みたいにメロディを彩る。
みんなと一緒に口ずさみながら、まるでこの2週間の記憶が、音符に乗って流れ出していくようだった。
爽やかな流しそうめん。
展望台から見た、息を呑むほどの綺麗な景色。
海に飛び込んだ瞬間。
夜の恋バナ大会。
みんなで一緒に食べたご飯も、自由時間も、泣いたのも。
全部全部全部、大事な宝物だ。
まだ、終わりたくない───。
歌い終わった瞬間、静けさを破ったのは、ひときわ大きな拍手だった。
最初の一拍をくれたのは、泉川さんだった。
ぱん、とまっすぐな音が夜に響いて、泉川さんは指で目頭を抑えた。
「……まさか、こんなサプライズがあったとは」
かすれた声でそう言った泉川さんの目から、涙が溢れる。
それを見て、またみんなが涙する。
「ほんっとうにありがとう、みんな。みんなの表情、とっても素敵よ!」
とふみさんも涙をハンカチで拭いながら言う。
スタッフの皆さんも、目を赤くしながら拍手してくれていた。
これは──。
みんなの盛り上がる声は最高潮ななか、
「大成功だな」
有森くんがそう私の耳元でつぶやいた。
「うんっ!!ありがとう、有森くん!!」
この夏は、きっと、みんなの心に一生残る。
そう確信できる。
最悪で、最高だった夏が、もう少しでも終わる───。
翌日。
みんなとたくさんハグをして、連絡先を交換して、泣きながらバスに乗り込んだ。
我ながら、よくこんなに泣きまくって枯れないなと感心する。
絶対また集まろうね!と約束して、見えなくなるまで手を振り続けた。
「ただいまー!」
家に着くと、お父さんとお母さんが揃って玄関で待っていてくれた。
「はっ、色羽っ!!」
私の顔を見た瞬間、お母さんは私をギュッと抱きしめた。
「おかえりっ」
そんなお母さんの声はちょっと震えていた。
「え〜どうしたのお母さん」
「お母さん、すっごい寂しがってたんだぞ。2週間も離れるなんて今までなかったんだから」
とお父さんが言う。
「は、そっか……」
「そっかって!色羽は全然寂しそうじゃないわね!メッセージも途中で全然返してくれなくなったし!」
「それは……忙しかったから」
「こうやって、子供の方が先に親離れしていくんだろうな」
お父さんはそう言いながら、しくしくと泣き真似をする。
「もう〜何それ!」
「ほら、もう早く手洗ってきて!」
お母さんにそう促されて、私は2週間ぶりの部屋に足を踏み入れる。
キャンプ中、施設の掃除や部屋の整理整頓も自分たちでやっていたから、いつも綺麗に保っている自宅を改めて眺めながら、お母さんへの感謝の気持ちが湧き上がる。
今までなら、当たり前と思って気が付かなかったこと。
「今日の夕飯は、ぜーんぶ、色羽の好きなもの!!」
その日の夕食、お母さんはものすごく生き生きしていて、楽しそうで、ありがたくてしょうがなかった。
学校に行かなくなって、引きこもって心配かけて申し訳ない気持ちも同時に出てくる。
「ありがとう!!いただきますっ!!」
唐揚げにちらし寿司に、今日は滅多に作らない茶碗蒸しまである。
本当に、私の大好物ばかりだ。
一口食べたら、ホッとする。
我が家の味だ。
キャンプでのご飯ももちろん美味しかったけど。
慣れ親しんだ味は、体と心に沁みる。
「はあああ、お母さんの味、最高すぎるっ!!我が家に帰ってきた〜!って感じ!」
「ふふっ、色羽が元気になって本当によかった。よっぽどいいキャンプだったのね」
「うん!すっごく楽しかった。最高の夏だったよ。あの景色、お母さんとお父さんにも見せてあげたい。今度は、家族3人で行こ!」
私がそう言うと、お父さんが突然目頭を抑えた。
「まさか、色羽の口から3人で出かけようって言ってくれるなんてな……」
そう言われて、初めて、自分が最近、あまり家族との時間を率先して過ごしていないことに気付いた。
もっと、2人のこと大事にしたい。
そして、私にはあることが浮かぶ。
七果は、今、お家でどんな風に過ごしているんだろう。
藍花から話を聞いて、さらに気になる。
私が何気にしていた『当たり前』前提の家族の話。
七果はどんな気持ちで聞いていただろうか。
そう考えると、七果と話したくてたまらなくなる。
「ねぇ、お母さん、お父さん」
私はお箸を置いて改めて話す。
「私、夏休み明けからちゃんと学校行くからね」
「えっ」
「本当に大丈夫?無理してない?」
お母さんの心配そうな声にゆっくりと首を横に振る。
「大丈夫。無理してない。行きたい。ちゃんと話したい子がいるから」
「そっか……なんか、逞しくなったね、色羽」
「ふふっ。気付いただけだよ。1人じゃないって。お母さんやお父さん、友達、みんなに支えられて私は生きてる」
「それは、お母さんもよ?色羽とお父さんがいるから頑張れる」
「あっ、それはお父さんもだぞ!?」
「はいはい。ねぇ、色羽。もし、その子と話せてまた仲良くできそうなら、今度うちに連れてきなさい」
お母さんのそのセリフが嬉しくて、「うんっ!」と大きく頷いた。
家族じゃなくても、家族のような絆を持てることをキャンプで学んだ。
家族のことで傷ついている七果に、それを伝えたい。
久しぶりの家族との夕食を終え、家族団らんを過ごす中で、キャンプでの思い出をたくさん語った。
話せば話すほど、思い出が蘇って愛おしい気持ちが込み上げてくる。
そして、お母さんやお父さんがそろそろお風呂に入る時間になり、私も自分の部屋に戻り、キャンプで受け取った手紙や絵を広げてみた。
小学生たちがくれた手紙には、素直で可愛らしい言葉がいっぱい詰まっていて、思わず微笑んで。
みんなの愛がバシバシ伝わってきて、なんだか涙が出そうになった。
「ありがとう、みんな」
私は、心の中で小さく呟いた。
みんなの愛から勇気をもらって私は、スマホを手に取った。
七果、寿々、雪美、みんなに今の気持ちを伝えるために。
ふう……。
バクバクと激しくなる心臓を抑えながら、七果とのトーク画面を開き、文字を打ち込む。
何度も打っては消して、打っては消してを繰り返す。
そして、やっとできた文章を送信した。
《七果、久しぶり。突然の連絡ごめんなさい。この夏休み期間、ずっと七果のこと考えていたよ。あの時、嫌いなんて言って本当にごめんなさい。七果が私に対して我慢してくれていたこと、気遣ってくれていたこと、たくさんあったはずなのに、それを無視して、自分の不安定な気持ちを七果にぶつけてしまったと反省してます。夏休み明け、またゆっくり話せたら嬉しいです。本当にごめんね》
雪美や寿々にも、それぞれあの時吐いた黒い感情を謝ってメッセージを送信した。
返事が来ても来なくても怖くて、落ち着いてられなくて部屋の中をいったりきたりしていると、ピコンとすぐに通知音がなった。
画面を急いで確認すれば、寿々からのメッセージだった。
その文章を見て、手や唇が震えて涙が出た。
《色羽、連絡ありがとう。とってもとっても嬉しい。私の方こそ本当にごめんなさい。ちゃんと直接謝りたい。今通話できるかな?》
長い文面じゃないのに、こんな返事が返ってきてくれてすごく嬉しくて。
寿々にも呆れられて嫌われている可能性を考えて不安だったから、震えるぐらい嬉しい。
『通話できるよ!』
急いでそう返せば、すぐに画面が寿々からの着信画面になった。
ドキドキして震える手で通話ボタンをタップして耳にスマホを当てる。
「もしも……」
『……っ、うっ、色羽……!ごめんね。本当に本当にごめんなさいっ。助けられなくてごめん、今まで連絡できなくて本当にごめんっ』
まるで、海で有森くんに謝った時の私みたいに、寿々の泣き声がスマホ越しに聞こえた。
それを聞いて、私まで泣きそうになってしまう。
まさか、寿々がここまで思い詰めていたなんて。
「寿々、大丈夫だよ。私も悪かったから。本当に。余裕なくて恥ずかしかったなって思う」
『ううん。色羽は何も悪くない、悪くなかったのにっ、本当にごめん』
「えっ?」
『あの後、実は、ななちゃんのあのストーリーが、ななちゃんのミスのせいで流出してたことがわかって……それで、雪美が怒っちゃって……今あの2人も距離置いてて……』
「あ、そうなんだ……」
『だから、その、色羽は何も悪くなかったのに、私、あの場で何も言えなくて……色羽にああ言われて、私も色羽に嫌われてるって思ったから、話しかけても嫌な思いさせるだけかもって、メッセージ何回か打ったんだけど、送信ボタン押せなくて……こんなのもただの言い訳だし、聞きたくな──』
「ううん。聞かせて。ちゃんと。寿々の言葉で聞きたい。知らなくて、傷つけた。だから、もっとちゃんと、寿々のこと聞きたい」
『色羽……うっ、ありがとう……私、中学の頃にグループからハブられたことがあって。だから、発言力のあるななちゃんに反論することが怖くてできなくて。……色羽が、そんなことする子じゃないってわかっていたのに、あの場で声を上げることができなかった……本当に……』
「そうだったんだ……寿々もつらかったよね、ごめんね。また辛いこと思い出させることになって。でも、今寿々が話してくれたの、すごい嬉しい。話してくれてありがとう」
『私の方こそ、色羽から連絡くれて本当にありがとう』
寿々の言葉でだいぶ救われた。
学校にもさらに行く勇気が出た。
私たちの会話は、だんだんと近況報告の内容になっていき、最後は温かい気持ちで電話を切った。
そして、画面にはさらに一件の通知が来ていた。雪美からだ。
《色羽の方から連絡させてごめん。
あんな態度取っちゃって、合わせる顔ないって思ってて。今もううちらぐちゃぐちゃで、どうしていいかわからないわ》
いつも頼りになる姉御タイプの雪美からのメッセージを見て、雪美も相当疲れて追い込まれていると言うのが伝わった。
《良くない態度をとってしまったのは私も同じ。もう一度、ちゃんと話したい。みんなで》
《話しても、七果は変わらないと思うよ》
『それでも、話したい。七果を、誰かを責めるためじゃない。みんなの本当の気持ちを知るため。雪美も一緒に話してくれる?』
あの頃みたいに、簡単に呆れて諦めたくなんかない。七果を知りたい。
雪美からはすぐに返信が来た。
《わかった。本当にごめんね、色羽。夏休み明け、ちゃんと話そう》
雪美とやりとりをしたその後も、七果からは返事が来なかった。
それからあっという間に新学期初日当日。
七果とは連絡が取れないまま、この日を迎えることになったけど、もう、直接会って話すしか方法はない。
寿々と雪美とは無事に話せたから安心はしているけど、実際にあの教室に入ってみないとどんな空気かはわからない。
緊張しつつ身支度を終えたタイミングで、スマホが震えた。
通知欄には、夏のキャンプメンバーが何人か入っているグループ《ツユクサ》が表示されていた。
嬉しくて急いでトーク画面を開く。
《泉川:おはようございます。今日、新学期の人が多いよね!みんな、応援しているよ。無理はしない。できそうなことからしていこう!》
泉川さんの優しくて温かい励ましのメッセージを筆頭に、みんなが反応していく。
私も《ありがとうございます!行ってきます!》と返信を送った。
そして、一度ホーム画面に戻り、ずいぶん触らなくなったアイフレのアプリを開く。
なんだかんだ彼女にもたくさんお世話になった。彼女がいなかったら、もっと状況は酷かったかもしれない。それはわからないけれど。
それでも、全部を無駄なんて、思いたくない。
彼女に歌ってもらった時間も、私にとって大切な時間だった。
「今まで、たくさん聞いてくれて本当にありがとう。サラ」
声に出してそう言ったあと、アプリを長押しすれば、
《このアプリケーションを削除しますか?》
という確認画面が出る。
私は意を決して、私は迷わず『削除する』をタップした。
「色羽〜!遅刻するわよ〜!」
「はーい!」
ドアの向こうからお母さんの声がして、私はバッグにスマホを入れてから、部屋を後にした。
家から出て15分のところに学校はある。
同じ制服を着た生徒がちらほら増えると、再び心臓が音を鳴らす。
みんなよりも少し長い夏休みだった。
寿々や雪美……そして七果とちゃんと話せるだろうか。
学校に近づけば近づくほど、不安な気持ちが押し寄せてきた時だった。
「色羽!!」
背後から、聞き覚えのある明るい声がして振り向くと、そこには、髪をバッサリショートカットにした藍花が立っていた。
「わっ!藍花!かわいいっ!!すっごい似合ってる!!」
夏休みに茶髪だった色も黒に戻っている。
「ふふっ、ありがとう。本当はちょっと……いや
だいぶ緊張してる。ちゃんと気持ち伝えられるかなって」
「大丈夫だよ。藍花なら大丈夫。緊張してるのは大丈夫な証拠!」
「ふはっ、何それ〜あ、愛しの彼がおられますよ〜」
「えっ」
藍花が指差す方に視線を向けると、校門の端の方に、男子生徒が立っていた。
あれは……。
「有森くんっ!!」
私は、藍花の手を引っ張りながら彼の元へと駆け寄った。
「どうしたの?誰か待ってるの?」
「……え、彼女と一緒に教室まで行こうと思って待ってたんだけど」
有森くんのその発言に、顔中が一気に熱くなる。
「うーわ。朝からいちゃつくなよな〜あっつ。これ以上暑くてどうすんの」
と藍花が手をぱたぱたとさせて自分の顔を仰ぐ。
いちゃついてるつもりはないのだけど……だって……。
「それにしてもさ、色羽はいつまで有森のこと苗字なの」
「えっ」
「それ俺も思ってた。呼んでくれないの?名前」
「えっと……」
そ、そんなこと急に言われても!!
心の準備ってものが!!
「さっさと言っちゃいなさいよ。もったいぶらないで」
「色羽?お願い」
そんなふうにせがまれたら……言わない選択肢、ないじゃない。
「し……詩音?」
と遠慮がちに呼べば、詩音が両手で顔を覆った。
「最高」
「ねぇ、イチャつかないでくれる?」
そんなことを言う藍花に、
「藍花が言ったんでしょ!」
「矢沢が言ったんだろ!」
と詩音とセリフが被った。
そして3人で笑い合いながら、肩を並べて、教室へと向かった。
自分の欠点と向き合うのは怖い。
だから、ずっと自分の気持ちを正当化する言い訳をずっと必死で探していた。
でも、生きている以上、不完全な私たちはみんなたくさん間違える。
自分が知らずに誰かを傷つけてしまっていること、許してもらっていること、助けられていること。
全部、忘れたくない。
考えて、想像して、努力して。
そうしてある時振り返って、変われている自分に気付いたとき。
自分の人生が愛おしくなるから。
ブッ。
《サラ: 色羽、バイバイ。私はずっと、あなたのこと、見守っているからね》
end


