Blind Spot

放課後、校門を出たところで佐々に呼び止められた。

「悠、ちょっといい?」

声のトーンで、ただ事じゃないのは分かった。
足を止めると、佐々は少しだけ間を置いてから口を開く。

「それさ、逃げだぞ。」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。

「...は?」

「浅田のこと。」

名前を出されただけで、喉が詰まる。

「嫌われたくないんだろ」
「気持ち悪いって思われるのが怖いんだろ。」

何も言えない。
図星だった。

「でもさ」
佐々は真っ直ぐこちらを見る。
「それ、悠が一番傷付かない場所に下がってるだけだ。」

「...違う。」

反射的に否定したけど、声が弱い。

「違わねぇよ。」
佐々はため息をついた。
「守ってるつもりなんだろうけど、それ全部、悠の想像だ。」

心臓の奥を、指で押されたみたいだった。

「浅田、悠が思ってるほど弱くねぇし」
「勝手に決めつけて、距離取られてる方が、よっぽどキツいと思うけどな。」

言葉が見つからない。
俯いた視界の端に、人影が入った。

「悠」

低い声。

顔を上げる前に、手首を掴まれた。

「ちょ、聖臣.....」

反射的に言った声は、思ったより掠れていた。

聖臣は離さない。
力は強くないのに、はっきりとした意思が伝わってくる。

一瞬、視線だけ佐々に向ける。

「悪い、連れてく。」
短く、それだけ。


有無を言わせない声だった。

佐々は一瞬だけ目を細めて、肩をすくめる。

「....いってこい。」

その一言に、背中を押された気がした。


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手首を引かれたまま、歩く。

校門を出て、曲がり角を抜けて、気付けば聖臣の家の前だった。

「....離せよ。」

言葉とは裏腹に、抵抗はしなかった。

「離さない。」

即答。

玄関を開け、靴も揃えずに中へ入る。
階段を上がり、ドアが閉まる音がやけに大きく響いた。

「....なんなんだよ。」

手首を掴まれたまま、睨む。

「俺が何した。」
「避けてるのは、そっちだろ。」

「.....」

「触ろうとしたら逃げる。」
「近付いたら下がる。」
「目も合わせない。」

一つ一つ、突きつけるような声。

「それで“普通”って言われても、信じられるわけないだろ。」

胸が苦しい。
言い返したいのに、言葉が出てこない。

「悠」

名前を呼ばれる。
いつもより、ずっと低い。

「俺から離れようとしてるの、分かってた。」

ぎくりとする。

「でもさ」
聖臣は一度、息を吐いた。
「理由が分かんなくて、ずっと考えてた。」

手首を掴む力が、少しだけ強くなる。

「さっきの、聞こえた。」

佐々との会話。
全部。

「嫌われたくない?」
「気持ち悪いって思われる?」

唇を噛む。

「……勝手に決めんな。」

声が震えた。

「俺が何考えてるか、悠が決めるな。」

目の前に立たれる。
逃げ場がない。

「俺、悠が思ってるほど優しくないし」
「都合よく慰める気もない。」

ぐっと距離を詰められる。

「それでも──」

言葉が、そこで止まる。

聖臣は、少しだけ視線を逸らした。

「....もう、放っとけない所まで来てる。」

その一言が、胸に落ちた。

逃げ場は、もうどこにもなかった。