Blind Spot

いつも通りの帰り道、いつも通りの俺、いつも通りじゃない聖臣。

教室を出ても校門を出ても会話がない。

.......そんなに彼女の事で悩んでるのか?
そこまでなら、今日は彼女と帰ればいいのに。

「...なぁ今日一緒にご飯食べてたヤツ、誰?」

唐突に口を開いたかと思えば、それかよ。

「隣のクラスの佐々っていうヤツだよ。あ、そう言えば昨日佐々からお土産もらってるから後で持っていくな。」
「...いつそんな仲良くなったの?」
「いつって...聖臣が彼女と帰ったり昼飯別々の時とか話す機会があって、別にそれだけ。」
「ふーん、俺以外と仲良くしてるとかちょっと妬けるな。」

妖しく笑う聖臣。
はぁ?どの口が言ってるんだよ。

「お前に妬くとかないだろ。」

ちょっとムッとして返したら、その瞬間を見逃さなかった聖臣が俺を壁際へ追いやり、顔を近付けてきた。
距離が一気に詰まる。

「なんで?俺だって妬くよ?」
「〜っ...!だから、妬くにしたって俺にする事じゃないだろって!」
「だから、なんで?」

なんなんだよ.....なんでなんでって。
当たり前だろ。
妬くってのは──────。

「妬くって言うのは好きなやつにする事だろ?それは彼女に向けるもんだ。」
「うん、だから悠に向けてる。」
「冗談は顔だけにしろよ、この彼女持ちが。」

これ以上は付き合ってられない。
壁際からスっと抜け出し、足を速める。
視線も合わせない。

「待ってよぉ〜。」

遠くから聞こえる声。
今日は聞こえないフリをした。

.......だって、あんな風に顔を近づけられたら、心臓なんて簡単に跳ね上がるし、顔だって勝手に熱くなるんだ。

赤くなった顔、気付かれてなきゃいいけど....。


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早歩きしたせいか、いつもより早く家に着いた。
玄関に入るころには、赤みはすっかり引いていた。

「じゃあお土産持ってそっち行くから。」
「はーい。」

さっきまでの妖しい笑顔じゃなく、いつもの笑顔に戻ってたと思う....多分。

「ただいまー。」

家には誰もいない。
今日は......居なくてよかったとさえ思う。
全く、なんなんだよ今日の聖臣。
俺に妬くとか、冗談はあの顔だけにしてほしい。
こっちは、ほんの少し顔が近付くだけで冷静じゃいられなくなるのに。

佐々からもらったお土産を袋に入れて、隣へ向かう。

何年もお隣同士をしていると、インターホンを押す習慣はなくなった。
今じゃ、自分の家みたいに扉を開ける。

「こんにちわー。」
「あら、悠ちゃん。」
「おばさん、これ友達からのお土産。」
「そんないいのに...ありがとうね。聖臣なら自分の部屋にいるからね。」
「いつもすんません、お邪魔します。」 

さすが聖臣の母親。
顔は整っていて、すらっとした長身。
飾らないのに、どこか目を引く。

階段を上がり、左の突き当たりが聖臣の部屋。

「来たぞ。」

扉を開けたが、姿がない。
後ろから気配を感じ振り向くと────

「出迎えなくてごめん、風呂入ってた。」
「すぐ行くって言っただろ。」
「悪かったってぇ。」

髪からぽたぽたと雫が落ちて、首筋を伝う。

「...服を着ろ、髪を乾かせ。」
「えー...風呂上がりは暑いんだよ。」

上裸で立つ姿に、目のやり場を失う。
部屋にドライヤーがあるって事は、一応乾かす気はあったんだろう。

「乾かしてやるから座れ。」

わーいと子供みたいにシャツを着て、ストンと座る。
俺がベッドの上に、聖臣が床に座り、ベッドのフレームにもたれかかる。

この時間が好きだ。
数えるほどしかないけど、好きな人の髪に触れられるなんて、俺には貴重すぎる。
顔が見えない分、安心してしまうのか感情が表に出やすい。
......ドライヤーの熱のせいにしておかないと、いつか冷静さを失いそうで怖い。

ドライヤーを当てながら、サラサラな髪に指が触れるたび、首筋や耳にまで偶然かすってしまう。
その度に、心臓がドクンと跳ね、血の気が一気に顔へとのぼる。

もっと触れたい─────そんな欲が、喉の奥からじわじわ上がってくる。
......ダメだ、あと数センチでピアスに触れてしまう。

心臓の音が大きく聞こえ、指先が震える。

「...ねぇ。」

ビクっと肩が大きく跳ね、驚きでドライヤーのスイッチを切ってしまう。
心臓が速すぎて、息が乱れそうだ。

「あ、熱かったか?」
「ううん、熱くはないよ。」
「そ、そうか......。」

振り向かれなくて良かった。
今の顔、見られたら終わる。

「悠はあーゆーのが好みなの?」

「...は?」

一瞬で血の気が引く。
あーゆーのって、佐々の事か?
ひとつ答えると、全部繋げられてしまう気がして怖い。
ここで気持ちが知られるわけにはいかない。

「好きなグラドルの話してもノってこなかったり、好きな女子の話してもテキトーじゃん?」
「......。」

やめろ。

「だから女子に興味無いのかなって。」

やめてくれ。

「そうなると、おと────」

言葉を遮るように、バスタオルで後ろから顔を覆う。
覆ったまま、聖臣は動かない。

「...やめろよ。」
「好みかどうか聞いただけじゃん。」

振り絞った声は、震えていた。
自分でも分かるくらいに。

「....そんな話に興味無いだけだ、ほっといてくれ。」

背を向けたまま、捨て台詞みたいに吐き出して部屋を出る。
胸の奥がぐちゃぐちゃに混ざって、何が何だか分からない。
泣きそうになるのを必死に堪えながら、駆け足で自分の部屋に入った。

────もう、隣で笑えないかもしれない。
バレてないつもりだった。
興味無い話にも、ノってたつもりだった。
......でも全部、知られていた。

あんなに閉じ込めてたはずの気持ちなのに。

堰を切ったみたいに涙があふれる。
ご飯もお風呂も忘れて、そのまま眠った。
枕元の携帯が震えても、もう気づかなかった。