アンドロイドのきみと二人、あの海で知ったこと



 しばらく自転車を全力でこいだ俺たちは、赤信号に引っかかり停まった。夜中なのに働き者の信号機だな。

「――はあッ、はッ」
「あははっ、あは。やば」

 息を切らしながら愛海が笑いだす。

「そっか、外にいちゃいけないんだっけ。忘れてた」
「堂々とコンビニ入っちゃってアホだ、俺たち」

 俺もなんだかおかしくなって、笑いこけてしまった。
 子どもを守るための規則なのはわかるけど、俺たちは何もしていない。なのに真夜中ってだけで逃げなきゃならないんだ。



「ここにいることそのものが、ダメだなんて――あたしみたいじゃない?」

 いきなり愛海がものすごい自虐をかましてきて、俺は言葉を失った。

「えっと――」

 口ごもる俺を無視し、愛海は青になった信号を走り出す。
 俺はあわてて追いかけた。




『あたしアンドロイドなんだ』
『消される前に航平には伝えておくね』
『初期化しないとダメだからもう、あたしはいなくなる』


 愛海は、存在を否定されている。
『ここにいることそのものが、ダメ』、か。

 だけど俺だって、あまりかわらないよ。
 家族の中に「航平」はいない。いるのは「お兄ちゃん」だ。





 すこしの間、黙って走った。こんどはそんなに急がずに。

 真っ暗な夜は静けさに満ちていて、ふしぎとやさしい。
 道の先はろくに見えやしないのに何故か怖いとは思わなかった。

 ここにいてはいけない俺たちを、包み隠してくれるから。
 何者にもなれない俺たちが、もし泣いてしまっても誰にも見えないから。



 たぶん俺は、ずっと嫌だったんだ。「お兄ちゃん」であることが。
 みんなに俺自身を見てもらいたかった。
 弟ができてから、ずっと、そう思っていたんだ。

 ――抱えつづけた気持ちを認めたら、俺の中にいた〈子どもの頃の俺〉が泣きながら笑った。
 そんな気がした。




 なあ愛海、おまえなら。
 俺が感じていること伝えてもいいかな。受けとめてくれるかな。

 俺、おまえのこと好きだ。
 きっとずっと前から。



 だって愛海がいなくなるって知ってから苦しいんだよ。
 これってそういうことだろう?
 バカみたいだよな、一緒にいた時に気づけないなんて。
 もう伝えたってどうにもならないのにさ。


 だけど。
 迷惑かもしれないけど、言っておきたい。
 俺たちが目指す、その海にたどりついたら。

 好きだって。
 愛海のこと好きだって。

 告白の記憶。
 俺の言葉。
 それがたとえリセットされてしまうとしても。俺は愛海が好きなんだ。
 この気持ちを、いなくなる愛海と一緒にどこまでも連れていってほしい――。