「基礎に変な細工はないですね。地下に抜け道が――とかはないでしょう。まあ、有名な建築家の設計とかでもないでしょうから」
「まあ現実はそうですね」
「それに――」尾崎が笑って「燃え残った基礎と少しの残骸からなので多少の類推もありますが、ここにあった別荘はチープで建築技術も稚拙なものだったんでしょう。まさに尾崎諒馬のミステリーに相応しい」
「自虐ですか?」
尾崎は笑ったまま答えなかった。
「じゃあ、最後あれを見て終わりにしましょう」
尾崎は離れ――の基礎――から離れ、母屋――の基礎――の玄関だったと思われるところまで戻った。藤沢も後に続く。
廃墟となってほぼ基礎だけになった母屋の玄関には当然扉はなく、素通しなのだが、目の前には立派な――実に立派な階段があった。
基礎のコンクリートでそのまま階段が建造されていたのだ。
「こういうコンクリート打ちっぱなしの階段が地下室に続くのはよくあると思うんですが、それで二階に上がっていくのは珍しいですね」尾崎が言う。
「コンクリートに木材が貼ってあったんだと思いますが、木材の方は燃えてしまったんでしょうね。こうしてコンクリートだけが残っている。この階段は踊り場まで上がるやつで、そこから先は左に階段が続いていたようです。流石にそこは木材だけで建築されていたはずです。それで燃えてしまったんでしょう。残っているのはこれだけ――基礎から続くコンクリートの階段だけです、踊り場までの。あとは何もかも燃えてしまった」
「何段あるのかな?」尾崎は階段に足を掛けた。「ちょっと気になってね。一、二、三……」
尾崎はそのまま数えながら階段を上っていく。
「十二段ですか?」藤沢が訊く。
「ええ、十三階段かとも思ったんですが違うようです。二階まで踊り場から上が一段だけということはないんでしょう?」
「そうでしょうね。トータルで十三階段というのは違うと思います」
「やってみますか?」尾崎が笑った。
「何を?」と怪訝な藤沢。
「いちりとせ、です」
「いや、ご冗談を」
藤沢に断られた尾崎は残念そうに階段を降りてきた。
「とにかく、こう何も残っていないと事件解明の手掛かりは皆無ですね。やはりあの小説を読むしかないようです。実際の事件を担当した藤沢警部に会って現場となったこの別荘に来れば――、そう思ったのですが」尾崎は残念そうに呟く。
「あの小説を読むしかない?」藤沢は怪訝な顔をした。
「どうしました?」尾崎が訊く。
「いえ――」藤沢は口籠ったがすぐに困ったような顔で「するとやはり事件は本当は解決していないんですかね? 我々警察は犯人を逮捕し、検察は死刑を求刑しましたが――」
「藤沢さんも本当は解決したとは思ってないんでしょう? だからWeb小説――ミステリーとして連載中の『殺人事件ライラック~』を読んで私に接触してきた――そういうことでしょう?」
「まあ、何かずっと心に引っかかっているんですよ。確かに近藤メディボーグの主任研究員『佐藤稔』を殺人及び放火の疑いで逮捕できているので、警察の役目は終えているんですけど」
「裁判も中途半端、被告人の死亡で終わったわけですしね」
「ええ、で――」藤沢はまじまじと改めて尾崎の顔を見た。「あなたは尾崎諒馬ではないのですか? 先ほどあなたは『あの小説を読むしかない』そういいましたが、あの小説はあなたが書いているのではないのですね?」
「ええ、私はミステリー作家ではありませんし……」尾崎が首をすくめる。
「なるほど、確かに写真と違う」
「写真?」
藤沢はポケットから折りたたんだ紙切れを出して広げた。新聞の切り抜きだった。
「ほう、尾崎諒馬デビュー時の地元紙のインタビュー記事ですね」尾崎は記事を不思議そうに覗き込んだ。
「二十数年前だから彼も老けたとは思いますが、あなたとは全然似ていない」
「嫌だなぁ。もう初老ですが、これでもイケメンのつもりなんですがね。まあ、私は尾崎諒馬ではありませんよ」尾崎は笑った。
「じゃあ?」
「それよりあのWeb小説はどこまで読みましたか? まだ連載中ですが現時点の最後まで?」尾崎が藤沢に訊く。
「十二章までですが、それが現時点の最後までですよね?」
「いえ、今朝だったかな? 更新されて、続き、上がってますよ。せっかくだから読みませんか? こんな山奥でも電波届きますよ。スマホでちゃちゃっと」と尾崎。
「いえ、まず、それより先に教えてください。あなたは一体――」
「強いて言えば尾崎凌駕です。勿論、この『夢の国』の中での話ですが、つまり、ただ『彼が鹿野信吾だったら私は尾崎凌駕』ということです」
「うーん。まあ何となくわかりますが、ややこしいですね。いえ、やはりあなたの意見を聞きたい――。あなたが尾崎凌駕と名乗るからは名探偵なんでしょう? この夢の国では?」
「いえ、僕は探偵じゃないですよ、その点はお忘れなく」
「ああ、今のセリフ、確か『死者の微笑』の冒頭にありましたね。でも、まあいいから聞いてください。まずは、あのWeb小説を十二章まで読んでちょっとわからないことがあるから誰かに訊いてみたいんですよ。真実を知ってなくても推理でもいいので」
「わかりました。それは一応、尾崎凌駕の仕事でしょうね」
「まずは――」藤沢はスマホを操作した。
Web小説「殺人事件ライラック~」を確認しているようだ。
ではここで読者にもWeb小説「殺人事件ライラック~」を確認していただこう。まずは十二章まで。
