五
     
 水沼はシャワーを浴び、浴衣に着替えた。しばらくベッドでぼんやりしていたが、ふと耳を澄ますと、外で微かな物音がした気がした。気になって、部屋のドアを僅かに開けて首を出してみると、鹿野信吾の部屋のドアが僅かに開いており、信吾が首だけ出してきた。
「何か、嫌な予感がするんだ」鹿野信吾が怯えた声で言う「ちょっと物音を聞いた気がしたんでドアを開けてみたんだが」
「まあ、落ち着けよ」水沼は廊下に出ると、鹿野を部屋に押し戻した。「ビールでも取ってくる。勝手知ったる他人の冷蔵庫、ってな」
 そして、台所の冷蔵庫から缶ビール二つと、ちょっとしたつまみを持ち出し、鹿野の部屋に行った。
 鹿野信吾はやはり何かに怯えているような感じだった。
「あのマスク男を気にしてるのか? あいつは近藤の会社の人間だから、呼ばれただけだろ? 近藤は代表で、あいつは小間使いらしいし」
 サングラスとマスクというのは妙な感じだが、特に大の男が怯える話でもないだろう、と水沼は鹿野を諭してみたが、どうにもこうにも、彼の怯えは収まらない感じだった。
 仕方なく、話題を変えてみたが、ミステリー作家二人の会話はどうしても「書けない次回作」の話になるのだった。ただ、酒が入っているのもあってか、内容はかなり具体的になっていった。当然、あのトリックの話も出てきた。
 そしてそれが再び鹿野信吾の怯えを助長させてしまったようだった。なぜなら、この別荘はそのトリックが使わるはずのミステリー「針金の蝶々」の舞台によく似ているのだから――
 ただ、それが彼の怯えを助長させているとしても、それは大したことないはずだった。
 彼は旧友の部屋を出ると自分の部屋に戻った。別荘の母屋はひっそりとしていた。