セミの鳴き声が愛おしい。
そう感じるようになったのは確か小学生の一年生の頃。
夏になると聞こえてうるさくて仕様がなかったけど、彼らの寿命がたったの一週間しかないと知った時、私の感覚は百八十度ひっくりかえった。
でもそれは可哀そうという悲壮感からではなく、命を燃やしているみたいでカッコよかったから。
この感覚がどこか狂っていることは分かっている。実際、話してみて気味悪がられたことがあり、面倒だから共有しようとはもう思わない。
そしてまた、愛おしいと思える存在が現れた。
息苦しそうに紡ぐ、中世的だけどツンとした声。
顔の上半分を仮面で覆い、口元からは八重歯が覗く。耳元には雫型のピアス。彼は意識していないだろうけど、長い横髪をかけた時に輝くそれは、私にとってはトレードマークに近かった。
彼は歌い手として活動している動画配信者。
登録者が数十人の時からずっと追っていて、今では人気になり、ライブ配信をすれば同接も三桁になっていた。
チャンネル名は『時雨』。
通り雨というよりは豪雨の方が彼には合っている気もするけど、きっと彼なりの意味があるのだろう。いつか明かされる時が楽しみだ。
登校中の今も聞いている彼の歌は、いわゆるカバー曲。そこからも彼らしさを感じるけど、オリジナル曲ができた時に、いったいどんな言葉と音が紡がれるのか。配信でも作詞作曲中と言っていたから、公開されるのが待ち遠しかった。
学校に着くと私はイヤフォンを外し、今度は仮面をかぶる。友達に挨拶をされれば「おはよ」と笑顔で返し、談笑していれば乗っかって楽しそうに振る舞う。
その途中で、クラスメイトの時田くんが横を通り過ぎる。会話は続きながらも、一瞥した友人が薄ら笑みを浮かべる。
「こんなくそ暑い日になんで長袖なんだよ、キモ」
何気なく吐いた言葉は、きっと彼の耳にも届いている。それでも彼らは共感するように笑い、漏れず私も笑う。
一ミリも面白くない。でも、笑って時間を進ませる。好かれていたいわけではないんだと思う。だけど反発して流れを止めるほどの価値も見出せなくて、そんなものに労力を使う気になれずにいた。
流されて、時計を視界の端でとらえ続ける日々。
窓の外から、鳴りやまない蝉の声。
愛おしく思うのと同時に、憧れているのかもしれない。
私も、そんなふうに命を燃やせればと。
放課後は戦いだ。
高校生の本番はもはや放課後にあり、何かしらに誘われる。それをどうやって交わすかが、私にとって命取り。毎日なんてやっていられない。バイトや先約、時には家の都合を使い、諦めて一緒に過ごすこともある。今日は先約があると嘘を吐き、一人帰路に着こうとしていた。
夕暮れと呼ぶには空は青く、紫外線が肌を差す。気休めにスプレーの日焼け止めを全身にかけ校舎を出ると、ふと空を見やった。
うるさい蝉の鳴き声の中に、一つ歌声が聞こえたような気がした。しかも頭上から。誰かが音楽でも流しているのだろうか。いつもなら気にも留めないはずなのに、私は校舎一体を見渡していた。
すると教室ではなく、屋上に誰かいた。
そこに意識を向けると、歌声が聞こえる。蝉に加えて生徒の喧噪で聞こえるはずがないのに、たしかに私の耳には届いていた。
似ている。
そう感じ取ってからは、気づけば足が動いていた。周囲に悟られないように、でも速足で階段を上がり、立ち入り禁止の屋上へ続く階段をかまわず進む。聞きなじみのある声が、段々と近づいていく。
いつもなら施錠されているはずだけど、ドアノブを捻ると錆びた音を立てながら開く。それで気づかれたのか、ぴたりと歌は鳴りやんだ。
彼はこちらを振り向くと、ポカンと口を開けていた。八重歯が覗き、それを目で捉えた私はこう彼を呼んでいた。
「時雨?」
夏の息苦しい風が吹き抜ける。長袖のワイシャツは彼の体に張り付き、目元を覆った髪が開ける。やや鋭い目は見開かれ、うろたえるように一歩下がる。その反応を見て、私は口角が上がるのを抑えきれないまま近づいた。
「時田くんが、時雨だったの?」
「違うよ、誰だか知らないけど」
声を聴いたことがあるはずなのに、初めて耳にしたみたいに心へ響く。歌声ではなくとも、やや甲高い声は時雨と似ていた。
左右に首を振っていたけど、私はかまわず言葉を続ける。
「さっきの曲、聞いたことないんだけど、もしかして時雨が作詞した曲?」
「……いや、何のことだかさっぱり」
目をそらされるも、私はそこに回り込んで顔を覗き込む。
「この雫型のピアス、時雨と一緒だよね」
彼の横髪を耳にかけ、さっきの風で見えたピアスをさらす。すると彼は慌てて耳元に触れ、急いで髪で覆う。
「癖だと思うけど、配信の時も髪を耳にかけるの気を付けた方が良いよ?」
そう心配するけど、彼は目を細めて睨んでくる。普段の時田くんからは想像もできない反応に多少驚きつつ表情は変えない。そんなことはどうだっていい。
「まさかクラスメイトに見られていると思わないだろ、こんな底辺歌い手が」
その言葉に、私は笑みを零さずにはいられなかった。
やっぱり、彼が時雨なんだ。
彼のすばらしさ、私が好きなカバー曲、どれだけ追っているか、色々なことを伝えたい厄介オタクなところが出そうになるも、ぐっと胸の内に堪える。
私は、柵の向こうにいる彼の裾をつかむ。びくりと、彼の腕が振るえた。
「何、止めに来たの? 佐々木さん、そんな正義感あったんだ。いつも僕のこと見て笑ってたくせに」
「正義感じゃないよ。ただ、時雨がいなくなると私が困るの」
「困る? いっつもあんなに楽しそうに青春してるくせに」
あざ笑うような、自嘲のような、複雑に絡んだ笑みを浮かべた。それを見て、すとんと心が色を無くす。欺けていることへの安堵と、その事実に対する絶望に。
「あんなの青春じゃないよ。私の全ては、時雨なの」
ワントーン低く声が出て、彼は一瞬顔を引きつらせるけど、すぐにまた無理やり唇の端を上げて笑った。
「じゃあ、ここで俺が落ちれば佐々木さんが困るのか。ざまあじゃん」
「たしかに困るけど、落ちてもいいよ」
間髪入れずに返答すると、「は?」と彼は声を漏らす。
「だって、そしたら私も一緒に落ちるから」
私はよじ登って柵を越える。意外と足場がなくて落ちそうになるけど、柵にしがみついて堪える。とっさに体が動いたのか、彼は私の体に手を添えて支えてくれた。私はその手をつかみ、繋いだ。
「落ちるなら、一緒に落ちよ」
自然と笑みになっていた。この学校に来て初めてと言って良いくらい、はっきりと本心を言えたからかな。分からないけど、不思議と空が怖くない。
すると彼は目を瞬かせ、大きくため息を吐いては、繋がれた私の手を強くつかんだまま柵を越えて戻ってしまった。
手を引かれ、習うように私も戻る。彼はまた大きく息を吐き出して座り込んだ。
「何なんだよ。本気で落ちるつもりなかったし」
「もしかして、曲のインスピレーションのため?」
「そんな大層なものじゃないよ。こんな世界なら、死んだ方が楽なのかなって思っただけ」
「それ、まさに落ちる人の言葉じゃん」
「……たしかにな」
お互いに見合い、気づけば噴き出していた。彼の笑う顔は初めて見た。配信でも見せたことはない。何より私も、こんなふうに学校で笑ったのはいつぶりだろうか。
「残念だったな、推してる歌い手がかっこよくなくて」
「いや、元からかっこいいなんて思ってないよ」
「あっそ」
ニヒルな笑みを浮かべるけど、すぐに真顔に戻る。意外とコロコロ表情が変わる人なんだと思いつつ、一ファンとして貶したままではいけない。
「心の叫びが直で声に乗っかってて、私は好き」
「……あっそ」
フォローでもなく、本心で感じていたことだった。素人目に見てもかっこよくはなく、特別うまいわけではない。それでも響いて、針みたいに刺さる。仮面をかぶって流されるままに過ごす私とは正反対で、憧れだった。
その思いが届いたのかは分からないけど、彼は視線を落として頬をかいていた。
「心とか魂とか、そんな大層なもの掲げて歌ってるわけじゃないけど」
「じゃあ、どうして歌っているの?」
つい聞き返してしまうと、彼は眉を顰めて首をかしげる。
「歌うのが好きだからだけど」
それを聞いて私は一瞬固まりながらも、「それもそうか」と納得したように頷いた。時雨の歌は私にとっては特別でも、彼にとっては普通のこと。想像していた歌への思いとはかけ離れていた。
分かっていたはずだ、勝手に期待する方が間違っていることなんて。
でも、これで納得できることもあった。
理由なんてどうでも良い。
私は彼の、真っ直ぐな叫びに惹かれていたのだと。
セミが鳴いている。
命を燃やす声はありふれている。
それでも誰かの耳には届き、心動かしているのかもしれない。
ピアッサーで開け、安定してきたころ。
私はいつもの制服姿に、アクセントで雫型のピアスをつけた。
それを自撮りして、グループから登録した彼とのメッセージに送り付ける。昨日メッセージしていても淡白だったけど、これなら驚くかな? 思惑とは裏腹に、既読はつくけど返信はなし。でも満足している。
彼の歌を聴きながら登校する。そして私はいつものグループのところにいて、彼は教室の隅で過ごしている。わざとらしく視線を向けて、一瞬目が合ってもすぐにそっぽを向かれ、それから一切こちらを振り向こうとしてくれない。でもかまわなかった。
たとえ、私の声は蝉時雨に埋もれていようとも。
憧れと出会っても変わらない日々。
それでも彼色に染まるのを、たしかに私は感じていた。
そう感じるようになったのは確か小学生の一年生の頃。
夏になると聞こえてうるさくて仕様がなかったけど、彼らの寿命がたったの一週間しかないと知った時、私の感覚は百八十度ひっくりかえった。
でもそれは可哀そうという悲壮感からではなく、命を燃やしているみたいでカッコよかったから。
この感覚がどこか狂っていることは分かっている。実際、話してみて気味悪がられたことがあり、面倒だから共有しようとはもう思わない。
そしてまた、愛おしいと思える存在が現れた。
息苦しそうに紡ぐ、中世的だけどツンとした声。
顔の上半分を仮面で覆い、口元からは八重歯が覗く。耳元には雫型のピアス。彼は意識していないだろうけど、長い横髪をかけた時に輝くそれは、私にとってはトレードマークに近かった。
彼は歌い手として活動している動画配信者。
登録者が数十人の時からずっと追っていて、今では人気になり、ライブ配信をすれば同接も三桁になっていた。
チャンネル名は『時雨』。
通り雨というよりは豪雨の方が彼には合っている気もするけど、きっと彼なりの意味があるのだろう。いつか明かされる時が楽しみだ。
登校中の今も聞いている彼の歌は、いわゆるカバー曲。そこからも彼らしさを感じるけど、オリジナル曲ができた時に、いったいどんな言葉と音が紡がれるのか。配信でも作詞作曲中と言っていたから、公開されるのが待ち遠しかった。
学校に着くと私はイヤフォンを外し、今度は仮面をかぶる。友達に挨拶をされれば「おはよ」と笑顔で返し、談笑していれば乗っかって楽しそうに振る舞う。
その途中で、クラスメイトの時田くんが横を通り過ぎる。会話は続きながらも、一瞥した友人が薄ら笑みを浮かべる。
「こんなくそ暑い日になんで長袖なんだよ、キモ」
何気なく吐いた言葉は、きっと彼の耳にも届いている。それでも彼らは共感するように笑い、漏れず私も笑う。
一ミリも面白くない。でも、笑って時間を進ませる。好かれていたいわけではないんだと思う。だけど反発して流れを止めるほどの価値も見出せなくて、そんなものに労力を使う気になれずにいた。
流されて、時計を視界の端でとらえ続ける日々。
窓の外から、鳴りやまない蝉の声。
愛おしく思うのと同時に、憧れているのかもしれない。
私も、そんなふうに命を燃やせればと。
放課後は戦いだ。
高校生の本番はもはや放課後にあり、何かしらに誘われる。それをどうやって交わすかが、私にとって命取り。毎日なんてやっていられない。バイトや先約、時には家の都合を使い、諦めて一緒に過ごすこともある。今日は先約があると嘘を吐き、一人帰路に着こうとしていた。
夕暮れと呼ぶには空は青く、紫外線が肌を差す。気休めにスプレーの日焼け止めを全身にかけ校舎を出ると、ふと空を見やった。
うるさい蝉の鳴き声の中に、一つ歌声が聞こえたような気がした。しかも頭上から。誰かが音楽でも流しているのだろうか。いつもなら気にも留めないはずなのに、私は校舎一体を見渡していた。
すると教室ではなく、屋上に誰かいた。
そこに意識を向けると、歌声が聞こえる。蝉に加えて生徒の喧噪で聞こえるはずがないのに、たしかに私の耳には届いていた。
似ている。
そう感じ取ってからは、気づけば足が動いていた。周囲に悟られないように、でも速足で階段を上がり、立ち入り禁止の屋上へ続く階段をかまわず進む。聞きなじみのある声が、段々と近づいていく。
いつもなら施錠されているはずだけど、ドアノブを捻ると錆びた音を立てながら開く。それで気づかれたのか、ぴたりと歌は鳴りやんだ。
彼はこちらを振り向くと、ポカンと口を開けていた。八重歯が覗き、それを目で捉えた私はこう彼を呼んでいた。
「時雨?」
夏の息苦しい風が吹き抜ける。長袖のワイシャツは彼の体に張り付き、目元を覆った髪が開ける。やや鋭い目は見開かれ、うろたえるように一歩下がる。その反応を見て、私は口角が上がるのを抑えきれないまま近づいた。
「時田くんが、時雨だったの?」
「違うよ、誰だか知らないけど」
声を聴いたことがあるはずなのに、初めて耳にしたみたいに心へ響く。歌声ではなくとも、やや甲高い声は時雨と似ていた。
左右に首を振っていたけど、私はかまわず言葉を続ける。
「さっきの曲、聞いたことないんだけど、もしかして時雨が作詞した曲?」
「……いや、何のことだかさっぱり」
目をそらされるも、私はそこに回り込んで顔を覗き込む。
「この雫型のピアス、時雨と一緒だよね」
彼の横髪を耳にかけ、さっきの風で見えたピアスをさらす。すると彼は慌てて耳元に触れ、急いで髪で覆う。
「癖だと思うけど、配信の時も髪を耳にかけるの気を付けた方が良いよ?」
そう心配するけど、彼は目を細めて睨んでくる。普段の時田くんからは想像もできない反応に多少驚きつつ表情は変えない。そんなことはどうだっていい。
「まさかクラスメイトに見られていると思わないだろ、こんな底辺歌い手が」
その言葉に、私は笑みを零さずにはいられなかった。
やっぱり、彼が時雨なんだ。
彼のすばらしさ、私が好きなカバー曲、どれだけ追っているか、色々なことを伝えたい厄介オタクなところが出そうになるも、ぐっと胸の内に堪える。
私は、柵の向こうにいる彼の裾をつかむ。びくりと、彼の腕が振るえた。
「何、止めに来たの? 佐々木さん、そんな正義感あったんだ。いつも僕のこと見て笑ってたくせに」
「正義感じゃないよ。ただ、時雨がいなくなると私が困るの」
「困る? いっつもあんなに楽しそうに青春してるくせに」
あざ笑うような、自嘲のような、複雑に絡んだ笑みを浮かべた。それを見て、すとんと心が色を無くす。欺けていることへの安堵と、その事実に対する絶望に。
「あんなの青春じゃないよ。私の全ては、時雨なの」
ワントーン低く声が出て、彼は一瞬顔を引きつらせるけど、すぐにまた無理やり唇の端を上げて笑った。
「じゃあ、ここで俺が落ちれば佐々木さんが困るのか。ざまあじゃん」
「たしかに困るけど、落ちてもいいよ」
間髪入れずに返答すると、「は?」と彼は声を漏らす。
「だって、そしたら私も一緒に落ちるから」
私はよじ登って柵を越える。意外と足場がなくて落ちそうになるけど、柵にしがみついて堪える。とっさに体が動いたのか、彼は私の体に手を添えて支えてくれた。私はその手をつかみ、繋いだ。
「落ちるなら、一緒に落ちよ」
自然と笑みになっていた。この学校に来て初めてと言って良いくらい、はっきりと本心を言えたからかな。分からないけど、不思議と空が怖くない。
すると彼は目を瞬かせ、大きくため息を吐いては、繋がれた私の手を強くつかんだまま柵を越えて戻ってしまった。
手を引かれ、習うように私も戻る。彼はまた大きく息を吐き出して座り込んだ。
「何なんだよ。本気で落ちるつもりなかったし」
「もしかして、曲のインスピレーションのため?」
「そんな大層なものじゃないよ。こんな世界なら、死んだ方が楽なのかなって思っただけ」
「それ、まさに落ちる人の言葉じゃん」
「……たしかにな」
お互いに見合い、気づけば噴き出していた。彼の笑う顔は初めて見た。配信でも見せたことはない。何より私も、こんなふうに学校で笑ったのはいつぶりだろうか。
「残念だったな、推してる歌い手がかっこよくなくて」
「いや、元からかっこいいなんて思ってないよ」
「あっそ」
ニヒルな笑みを浮かべるけど、すぐに真顔に戻る。意外とコロコロ表情が変わる人なんだと思いつつ、一ファンとして貶したままではいけない。
「心の叫びが直で声に乗っかってて、私は好き」
「……あっそ」
フォローでもなく、本心で感じていたことだった。素人目に見てもかっこよくはなく、特別うまいわけではない。それでも響いて、針みたいに刺さる。仮面をかぶって流されるままに過ごす私とは正反対で、憧れだった。
その思いが届いたのかは分からないけど、彼は視線を落として頬をかいていた。
「心とか魂とか、そんな大層なもの掲げて歌ってるわけじゃないけど」
「じゃあ、どうして歌っているの?」
つい聞き返してしまうと、彼は眉を顰めて首をかしげる。
「歌うのが好きだからだけど」
それを聞いて私は一瞬固まりながらも、「それもそうか」と納得したように頷いた。時雨の歌は私にとっては特別でも、彼にとっては普通のこと。想像していた歌への思いとはかけ離れていた。
分かっていたはずだ、勝手に期待する方が間違っていることなんて。
でも、これで納得できることもあった。
理由なんてどうでも良い。
私は彼の、真っ直ぐな叫びに惹かれていたのだと。
セミが鳴いている。
命を燃やす声はありふれている。
それでも誰かの耳には届き、心動かしているのかもしれない。
ピアッサーで開け、安定してきたころ。
私はいつもの制服姿に、アクセントで雫型のピアスをつけた。
それを自撮りして、グループから登録した彼とのメッセージに送り付ける。昨日メッセージしていても淡白だったけど、これなら驚くかな? 思惑とは裏腹に、既読はつくけど返信はなし。でも満足している。
彼の歌を聴きながら登校する。そして私はいつものグループのところにいて、彼は教室の隅で過ごしている。わざとらしく視線を向けて、一瞬目が合ってもすぐにそっぽを向かれ、それから一切こちらを振り向こうとしてくれない。でもかまわなかった。
たとえ、私の声は蝉時雨に埋もれていようとも。
憧れと出会っても変わらない日々。
それでも彼色に染まるのを、たしかに私は感じていた。



