【一章 泣くためのプロローグ】





1. 星が落ちる夜に


 今日で滅亡するらしいから、
 君と海が見える岬で、星を眺めている。
 スポットライトみたいな街灯の下のベンチに座り、
 君とただ、手を繋いで、そうしている。

 ピアノがきれいだった君も、
 普通すぎてつまらない僕も、
 今日で一緒にあの世行きだね。

 「ねえ、もう少しだけこの恋を続けたかったかも」
 君が小さな声で言っているうちに、
 夜空に不自然に白く輝く星の尾が見えはじめた。

 「来世ってあるかな」
 「きっと、あるよ。来世でも、一緒にいろんなことしよう」
 そう返し、君を見ると、君の頬は涙で濡れていて、
 街灯の青白さで輝いていた。





2. センチメンタル月曜日


 月曜日が嫌いだっていう君は、
 今日も朝から不機嫌そのものだけど、
 「学校、サボっちゃう?」って聞く勇気も、
 「このまま、逃げ出してしまおうか」っていう勇気は、
 僕にはないままで、結局、学校が見えてきてしまったね。

 「ねえ、もし願いがひとつ叶うならなにする」って、
 不意に君が聞いてきた。

 「どうか憂鬱な月曜日を消してくださいって願う」
 そう返すと、君はふふっと小さく笑った。

 ――まさか、その数カ月後、
 隕石が落ちることが知らされ、
 本当に月曜日どころか、
 世界が消えそうな日が来るとは、
 そのときの僕は全く考えてもいなかった。





3. 君を掬うスプーンになりたい


 懐かしいよ、なにもかもすべてが。
 こんな気持ち、私、抱いていたんだね。

 タイムスリップした今、
 大人の自分と、幼い自分が分離されているみたいな、
 不思議な感覚だよ。

 冷え切ったアイスクリームを、
 銀色のスプーンでそっと掬うように、
 今のタイムラインにはなかった、
 君との未来を作りに来たよ。

 あと、10日後に死ぬ君を救いに来た私は、
 君の姿を見て、思わず抱きしめたくなった。





4. 手紙


 手紙を残すなんて、君って、ずるいよね。
 私は君に手紙を書こうとしたのに、
 君のことを(おもんばか)って、諦めたんだよ。

 なのに、今の今になって、
 こんな手紙が届くなんて思わなかったよ。
 こんなサプライズならいらないよ。
 なんて思ったけど、やっぱり少しだけ嬉しいよ。

 『どうか元気でね』

 その最後の一言で私の喉の奥は一気に詰まって、
 そして、気がつくと涙で手紙の端が濡れていた。





5. 季節が巡っても

 
 気がついたら、君のことが大好きだったよ。
 夏から、秋に新しい季節が巡ってきて、
 冷たい風に吹かれても、
 ひとりだけ、季節から置いていかれているみたいだよ。

 それだけ、君はあの季節の中に取り残されたままで、
 わずかな希望は中途半端な微温さで続く。

 ベッドの上の君へ。
 どうか、目覚めてください。
 君の声が聞きたいよ。






6. 嘘を見つめ続ける、深夜のコインランドリー


 深夜のコインランドリーで、
 ひとりきりで、ベンチに座り、
 ただ、回るTシャツたちを眺めている。

 無機質なモーターの音が、
 少し前についた君への大きな嘘の、
 罪悪感を大きくしているような気がした。

 このまま偽らなくちゃいけないけど、
 本当なら、偽りたくなかったな。

 回り始めた宇宙コマは磁力で回り続け、
 しばらく止まらないのと一緒だね。

 今は、罪悪感にN極を与え続け、
 しばらく回そう。

 そして、いつか、君に真実を告げよう――。






7. ペトリコール


 6月の雨は穏やかで止む気配がないね。
 雨で濡れた窓越しに、
 灰色の街をぼんやりと眺めている。

 カフェの中は、穏やかで、
 時折、入口が開いた空気が店を巡り、
 微温い雨の匂いと、カフェのなかの
 弱い冷気が混ざりあう。

 そんな雨の匂いで、
 無性に悲しみで胸いっぱいになるよ。






8. 君が泣いた日、虹を探しに行く


 君が泣いた日、君は「虹のたもとに行きたい」って言った。
 だから、君の命が尽きる前に、
 君がベッドに囚われる前に、
 雨上がりの日に、君と水たまりを跳ねながら、
 虹を見つけたら、消えないうちに、たもとまで走った。

 だけど、君の身体はもう、持たなかったんだね。
 君の吐血で、水たまりが赤くなった日、
 僕は、ものすごい罪悪感に襲われた。
 
 どうか、神様。
 もう少し、ふたりの時間をください。







9. 君の影をそっと再インストールする


 隠れた君への想いを、
 今更、再インストールしたって、
 気持ちは青いままだよ。

 君とのトーク画面を開き、
 最後のメッセージを凝視する。

 『またね。応援してるから』

 その言葉が、いまだに胸を貫くから、
 なにもない快晴の空を思わず眺め始めた。






10. 白い扉の先に


 さあ、抜け出そう。
 今がそのチャンスだよ。

 重い白い扉の先は、
 きっと、明るくて、
 予想以上の広がった世界と、
 想像通りの自由が待っているはずだから。

 幽閉された今を一緒に抜け出そう。






11. ルッキズムの虜


 鏡の中の自分が本物なんじゃないかって、
 鏡に映る自分を見て、たまに思ってしまう。

 本当の私って一体、誰なんだろう。
 外側を取り繕うのが、私なのかな。
 じゃあ、内側は?

 15歳になっても、
 私は私自身を未だに探せないでいる。







12. このまま、夜明けを保存したかった

 
 海辺で朝日を待っているふたりは、
 まるで、映画のスクリーンの世界みたいだね。

 「もうすぐだね」
 そう言うと、君はくすっと笑った。

 なにがおかしかったのかわからないけど、
 黒かった海が微かに光り、
 一気にオレンジが生まれた。

 このまま、時間が止まってしまえばいいのに。
 そんなこと考えながら、
 明るくなり始めた海原をぼんやり眺め続けた。

 ――その数週間後。
 君がこの世から消えてしまうことなんて、
 そのときは知らずに。







13. 君と一緒に歩く、月の下


 月の下をふたりで歩いている。
 どこまでも、どこまでも、このまま歩き続けたいな。
 寂しさなんて、無縁な世界へ歩いて行こう。
 月の裏側に続く道を歩いて。






14. 明日になる前に伝えたかった


 君の名前を初めて呼んだ瞬間を覚えているよ。
 緊張して、喉が詰まって、ドキドキする感じ。

 深夜の公園で君と二人で笑いあったこと。
 帰り道、白いLEDの街灯の下で立ち止まって、
 思わず泣いてしまったこと。
 放課後の教室で、ふたりきりになったとき、
 「本当は弱いんだ」って、強い君が言ったこと。

 すべて忘れないよ。
 だから、君がいなくなる明日になる前に伝えたかった。
 
 「君と明日を越えたかった」と。






15. パステル


 公園のベンチで一人で座ると、
 目の前に広がる緑が風で揺れ、芝が一線を作っていた。
 春がなかなか去らない、初夏の風は、
 少しだけ肌寒くて、思わず身震いをした。

 まだ、半袖は早かったかも。
 そんなことを、考えながら、
 なかなか時間になっても現れない君の姿を探す。
 
 パステルで描く風景を君と探しに行くだけなのに、
 どうして、こんなにドキドキしているんだろう。







16. 桜が散る中で


 強く、冷たい風で桜が散っている。
 そのなかで君は、両手を広げて、
 くるっと回ってみせた。

 君の制服姿はこれで最後だね。
 君と僕の若さが消えても、
 ふたりの若さは、きっと胸の中で生き続けるよ。

 君の心臓が悪いなんて信じられないよ。
 2ヶ月後に君がいなくなるなんて、信じられないんだ。
 
 ――僕は、未だに。





17. 自分のことが嫌いでも


 閉塞感に負けそうな日々が続くね。
 いつも通り、銀色の電車に乗り、
 憂鬱をしっかりと味わい続ける。

 AirPodsで両耳から、
 幸せなシティポップを流しても、
 テンションは上がらないよ。

 自分の未来の投資のために、
 今、嫌な学校に向かっているけど、
 今の自分には、毒でしかないのに、
 投資になっているのかな。

 ――そんなことなんて、考えるな。

 今日も気持ちを押し殺して、
 すっと弱く息を吐いた。





18. あの夏、君は疲れ切った


 「もう、疲れ切った」とぼそっと君が言った夏。
 
 あの夏は珍しく冷夏で、
 半袖を着るはずの季節に、
 長袖のTのシャツを着ていた。

 君の切実さが、夏の冷たさで、
 より冷たくしているようにさえ思えた。

 「前を向かない努力が必要だと思う?」
 「もう、その力すら残ってなかったら?」
 「それでも、君が前を向けると信じているよ」
 そう返すと、君は寂しそうに微笑んだ。






19. どうか、私から手を離さないで


 君との時間の中間点は、
 きっと、最高に幸せなんだと思う。
 
 ただ、幸せって、
 味方のフリして、
 あっという間になくなるんだから、
 残酷だよね。

 君との時間が離れていっても、
 どうか、私から手を離さないで。






20. 午前0時のモラトリアム

 
 泣くな、青春は一瞬だ。
 前を向き続けることが人生なの?

 そんな生活や、価値観が、
 鬱陶しくて、押しつぶされそうだよ。

 呪われた灰色の青春に色を与えてください。
 大嫌いな日常はいつも空回りばかり。
 嫌な世界に、さよならを。

 そっと告げたいと思い、
 午前0時を跨ぐ。







21. 大好きな嫌いを大好きに


 大好きな嫌いを大好きに無理矢理している。
 現状に満たされたないから、
 嫌いを愛する努力をしてる私って偉いでしょ?

 そんなことなんて言えないし、
 ネガティブを表に出すことは、
 許されない世の中だから、
 今日も、そんな嫌いを抑え込んで、
 笑顔で「そうだね」って相槌を打つ自分が嫌いだ。






22. さよならを直視できない


 「さよなら」
 そう告げた君を直視することができなかった。

 君と離れ離れになるのは、
 本意じゃないよ。

 だけど、君には君の事情があるし、
 自分には自分の事情があるんだ。

 ただ、それだけのことだけど、
 その壁が厚くて、溶かしきれないよ。






23. 弱音を隠す君の涙


 「弱音なんて言えない」って言った君は、
 本当に強いね。

 それは強がりではなく、
 君の透明なグラスがゆらゆらするくらい、
 涙でいっぱいになっているんだよ。

 君が頑張って、いっぱいにした涙を、
 僕が少しでも減らせるようにしたい。

 だから、もう、頑張らないで。






24. どうしてだろう


 どうして、君はいなくなってしまったんだろう。
 どうして、君に適切な言葉をかけられなかったんだろう。

 あのときは、迷いのなかにいて、
 人なんて助ける余裕が自分にもなかったんだよね。
 
 それを言い訳にしたいくらい、
 未だに過去に囚われているよ。

 ごめんね。
 君の気持ちも知らず、限界に気が付かなくて。





25. コントロール不全


 コントロールできない自我を、
 プライドが高いだけって言葉で片付けないで。

 終わりは一生、見えないくらい、
 楽しいことと、自分が認められることを、
 続けていたいだけなの。
 
 承認欲求をバカにしないで。
 一番、自分が可愛いって、
 思っている自分が、一番嫌いだから。






26. この恋は揺れたままだよ


 ダイアリーを見返すと、
 私の思いは、瞬間、瞬間で揺れていたんだね。
 
 今も、その気持ちは揺れ続けているよ。
 揺さぶられ、一日をこなし終えた今、
 夜の青い月を眺めながら、
 カフェオレを飲んでも、揺れているよ。

 君に届いてほしいな。
 月に揺すぶられるているような、
 私の揺れた気持ちを。







27. どんなに問題が複雑化しても


 どんなに君との問題が複雑化しても、
 僕は君のことをずっと思い続けるよ。

 君のいつもが、なくなっても、
 君と一緒にいれなくなっても、
 君の命があっけなくつきても、

 敵は捉えきることはできないけど、
 今は、ただ、君と現状維持をして、
 君と楽しく過ごしたい。
 





28. 君のままで居てほしい


 君は君のままでいいよ。
 誰かが決めた君を演じなくていい。

 だから、枯れた9月のひまわりみたいに、
 うなだれないでよ。
 君は君が嫌だと思う世界に身を置かなくていいんだよ。 

 だから、僕は君に告げるよ。
 いじわるな人には、近づかないでね。





29. 落ち込まないでほしい


 落ち込まないで。
 君は悪くないから。
 そういう証明を欲しがる君の性格は、
 きっと几帳面すぎるんだよ。

 紙をきれいに二つ折りできるから、
 歪みに気が付きやすいだけだよ。

 だから、前を向いて。
 君は悪くないから。






30. 泣くためのプロローグ


 今、君が奏でているピアノのメロディは、
 本当に優しくて、繊細な君、そのものに思えるよ。

 君の身体が弱い代わりに手に入れた、
 その音色は、本当に多くの人たちのことを、
 救える音色だよ。

 細い指が、優しくオクターブを飛ぶ。
 この曲のプロローグは、泣くためのものではない。

 そんなのわかっている。
 わかっているけど、君の姿を見ていると、
 理性なんて消えてしまって、
 思わず、泣いてしまうよ。 






【二章 恋と希望のためのプロローグ】




31. 夏恋で新しい自分が始まる


 夏恋(かれん)で新しい自分が始まった。
 今、振り返ると、私はガラスの四角形に閉じ込められたみたいだった。
 ただ、意味を持たない言葉だけが、ガラス越しにいる私の目の前を通り過ぎていく。
 この世界はそういう虚しさしかないと思っていた。

 あのときの夏恋はそんな私のことを変えてくれた。






32. さよなら、おはよう。離れても会いたかった



 凍てつく寒さなんて感じない。

 私は真冬の札幌でお気に入りの黄色のコートを脱いでいる。そして、そのコートは血に染まっている――。
 
「志度しど!」

 彼の名前を何度も口にするけど、彼は反応しない。彼の顔はすでに青白くなり始めている。
 周りの人に救い出され、雪の上に寝かせられた彼は血まみれだった。降り積もった雪が簡単に赤くなる。
 止血するものはない。救急車のサイレンが遠くから聴こえる。
 私は制服のまま、雪の上にひざまずいている。黒タイツ越しに冷たさを感じるけど、そんなのどうでもいい。
 彼が雪のように消えなければいい――。
 もしかしたら、彼の命はすでに溶け始めているのかもしれない。
 早く。
 誰か、早く彼を救って――。
 息を吐くと大粒の涙が両目から溢れた。





33. 純度100%の恋を君にあげる



 君とのファンタジーは
 星屑を撃ち落とすみたいに簡単に終わらせたくない。
 死生観とか、
 恋愛観とか、
 五感とか、そんな計り方で
 君を認識したくない。
 ただ、深夜に二人で誰もいない公園で
 夢を紡いでいたら、
 それだけできっと、
 君との幸せを感じることができるんだから。


 インスタの鍵垢に思いを書き殴るようになったのは中学生になって初めてiPhoneを手にしたからだ。
 お下がりのiPhoneは母の几帳面な性格を生き写したかのように細かな傷もあまりなく、状態がよかった。

 もらって最初にやったことは母が使っていた水色の手帳型のケースからiPhoneを取り外すことだった。
 そして、裸のままiPhoneを中学3年間、使い続けた。

 誰にも見られない私だけの世界は生きる虚しさや面倒くささ、漠然と目標もなく将来を目指すのが嫌な気持ちでたくさん埋まった。これだけ書けるんだから、文才があるのかもって勘違いして、別に作家になりたいわけでもない。
 ただ、私は私自身を冷静に見定めるために、鍵垢に、もやもやした頭の中を整理するため、ほぼ毎日、私自身に向けて、書き続けた。

 そして、高校に入り、新しいiPhoneに変えても、それを続けている。




34. この恋の悲しみを愛に変えたい




 未来なんて、想像できない。
 あのときの私は、どちらかというと、キラキラを追い求めていたし、普通の子よりも、もしかしたら、日常に非日常な、不思議がたくさんあるかもって思っていた。

 初恋が叶う確率は8%しかないらしい。
 確かに初恋を愛でるには、お互いに相当な努力が必要だろうし、そもそも、自分の初恋相手も、自分のことを恋愛対象として、見てくれないかぎり、初恋は片思いのままで、相手が振り向いてくれなければ、初恋は一瞬、ときめいた思い出で終わってしまうんだと思う。

 だけど、私の初恋は違った。
 私の初恋は、11歳の春で、11歳の春、私は君と出会い、君のことを知った。
 隣に座る君は、冷静そのもので、そんな君って本当に頼りになりそうって、言うのが私史上最高に、ときめいた瞬間だった。ただ、君と古いソファに座り、待っている時間は、緊張で苦痛だった。朝の職員室はざわざわとしていて、コーヒーの匂いが部屋いっぱいにひろがっていた。
 
 すべてが慣れない新しい日常のなかで、君は私のなかで確かに非日常だった。
 それは、不思議だと思ったし、

「よく頑張ってきたんだと思うよ。力抜いてやろう」って顔を赤らめている彼から、そう言われたのが、私の胸のなかで未だに残り続けている。

 本当にそうだと、思う。
 私は、今、本当に自分でもそう思う。

 だけど、もう少しだけ、Void(ボイド)を抜けた月明かりの下で、手を繋ぎながら、他愛もない思い出をインスタントカメラに収めるようなこと、したかったなって、私は目を瞑り、できるだけ、頬に力を入れ、笑みを意識的に作る努力をしながら、そう思った。





35. この恋は、もう奇跡じゃない



 誓った約束を思い出した。

 今も果たされていないけど、あのとき、濡らした頬は本物だった。
 きらめく絶望はレモンをしっかりと絞るように爽やかなことではない。

 「泣いてもいいよ」

 あのとき、肯定してくれた君は
 永遠がないことをきっと、知っていたんだ。
 君と何気ない日常を過ごす選択をすればよかった。






36. さよなら、君がすべてだった世界




 君の透明感は生涯、忘れようがないよ。
 あの日見た、青空は宇宙の果てまで、突き抜けるくらい完璧だったから。

 君との思い出はわずかだけど、
 それらは透明の中でキラキラしているから、
 私は今日も君からの手紙をダイアリーのうしろに挟んで持ち歩いている。




37. 5年後も君に会いたかった


 星屑を水に混ぜるようにぐちゃぐちゃの気持ちをiPhoneで書き殴っている。

 鏡の世界は光が乏しいモノクロで
 絶望癖の王様があぐらをかいているから、
 冬の静かな夜くらい、
 電球色でシックなスタバの店内から、
 そっと、右手を伸ばして、
 手のひらから光を送って、
 すべてを吹き飛ばせたらいいのに。





38. ただ、君との青い恋を破り捨てたくなかった。



 凛とした朝の冷たい空を吸い込むと、
 急に忘れかけていた切なさを思い出した。

 黒いマフラーのフリンジを揺らして君が微笑み、
 距離が縮まった、あの瞬間が鮮明に蘇った。
 だけど、もう、その日から、
 あまりにも離れたところまで来てしまったのは、
 わかっているんだ。
 だけど、今でも、君のこと忘れられないや。





39. 嫌いな君の素直さが知りたい。



 君の素直さなんて、
 砂浜の上に書いたハートが波に触れるくらい
 青くて、切なくて、儚いものだね。
 君は素直になるのが得意じゃないのは知っているし、
 笑った姿を少しでも見ていたいから、
 今日一番いい出来の微笑みを君にあげる。





40. すべての『』を繋げた君へ。




 白夜の中、君と手を繋いで、ずっと青白い世界を歩き続ける夢を見た。
 私も君も素直になれなれない奇妙な夢だった。
 
 なんで君の気持ちがわかるんだろうと思ったら、君の気持ちを知ることができる設定になっていた。だから、私は立ち止まり、君の表情を見たあと、そっと君の胸に右手を当てた。すると、君の気持ちが簡単にダウンロードされていく感覚がした。

「この世界から消えないでほしい」
 そう確かに聞こえた。

「ありがとう」
 こんなに私のことを思ってくれているなら、お礼をしないとねと思い、私は素直にその言葉を口に出すと、君は小さく頷いた。まだ、私の右手は君の胸に当てたままだ。少しだけ筋肉質な君は男子そのものだった。170センチくらいの平均的な身長に、長めの黒髪はセンターパートで中性的な印象だ。
 色白で、鼻筋がすっと通っていて、くっきりとした二重の君は透明感100%だった。

『もし、こっちが世界から消えたら、忘れてね』
 忘れないよ。
 私も口に出さずに、思いをそのまま君に伝えてみた。

「いいんだよ。人は過去を振り返るものじゃないんだから」
「忘れられないよ」
 今度は小さな声で口に出してみた。
『一瞬だけでも君と過ごせてよかったと思ってるよ。だから、忘れて。氷が溶けたあとの水たまりみたいにね。だからね、』

 君の微笑んだ表情を見たあと、私は夢から現実に戻った。
 
 現実の私は机に突っ伏して寝てしまったみたいだ。顔を上げ、机に組んでいた両腕をあげ裏返すと、両手には無数の縦線ができ、赤くなっていた。押し潰され、開きっぱなしの数学の問題集がLEDのスタンドライトの光で白さを増していた。

「寝てる暇なんてないのに」
 そう言っても、私の独り言に答えてくれるような人なんて存在しない。憧れの高校を目指しているんだから、もっと頑張らないと――。
 カーテンをしていない、窓を見ると、真っ黒な世界で無数の白い粒が舞っているのが見えた。

 そして、さっきの夢のことをふと思い出した。
 さっき話した男の子は一体、誰だったんだろう――。

 あんなに親しそうだったのに、私は夢で見た君のことがわからなかった。
 夢で見た君はきっと他人で、知りあったことなんてないと思う――。

 右手を頬に当てると、頬が涙で濡れていた。だから、私は気がついた。
『君が大切だってことを伝えたいんだ』と。





41. 棘のある君が忘れられない。


 夏に痛み始めた心の古傷は、
 秋の始まりになっても未だにズキズキする。
 朝の少しだけ涼しくなった空気を吸っても、
 忘れられない君は今、何をしていますか?





42. 君はもう、存在しない



 エンドロールから、プロローグへ続く、無限ループ。 

 重たい気持ちは置いておいて、
 手を繋いで、一緒にいよう。
 君の優しさを、ソーダ水の中に沈めて、
 水色に着色して、
 貴方と一緒に保存したいくらい好きだよ。
 今の気持ちを永遠に保存できるように、
 永久機関を作って、
 その弱くて、一生動く磁力を胸で感じて、
 磁力から変化した電流で、
 心臓が弱ったら、それで補助しよう。
 そしたら、永遠は簡単に達成できるし、
 愛なんて簡単に継続できると思うよ。
 だからね、
 ずっと離さないって、誓って。





43. 君の憂鬱を消し去りたい。




 テトラポッドに座る君はぼんやりしていて、
 髪の毛先が潮風で弱く揺れている。

 夕日に照らされた君のその表情も美しいけど、
 君の悩みをすべて消し去る魔法をかけてあげたい。




44. 夏の雨の中、些細な恋を君と誓う。


 雨が私と楓くん、ふたりきりだけの世界にしてくれているように感じる。
 予報にはなかったはずの土砂降りの雨に打たれながら、私はいま、楓くんに抱きしめられている。

「もう、離したくない」
 楓くんはぼそっと私の左の耳元でそう言ったから、私は楓くんとなら、このまま雨に濡れてもいいやと思った。





45. 君とロマンティックを透明にしたい。



 傷ついた君の心を癒やしたいから、
 そっと抱きしめて、時を止めた。
 降り続く雪は君の髪にそっとつもり、
 簡単に水滴になって、白さは消えていく。
 いくつになっても君のことを
 ずっと見ていたいから、今は落ち着けよ。
 肩を震わせて泣き始めた君は
 はぐれて、孤独なペンギンみたいに
 怖さをすべて、知っているように感じる。
 どんな絶望もすべてに熱を加えて、
 キャンディを溶かしてもう一度作り直そう。
 楽しさをたくさん、作っていこう。
 だから、ずっと、
 このままでいようね。





46. ずっと一緒に生きていたいな。



 体は必死に生きようとしている。
 酸素マスクをつけ、僕はベッドの上で仰向けになっている。

 呼吸の仕方がわからず、身体が痙攣して動いている。
 自分が思っている以上に意識が追いついていない。

 アラートが鳴り続けている。
 アラートのたびに意識が歪み、苦しさが時間を支配しているのを感じる。

 もう、終わりなのかもしれない。
 17歳、僕は十分生きることができたのかな。できたら、もう少し自由に身体を動かし、もっと自由に青春を過ごしてみたかった。この状態になって、2週間が経った。もう、十分なのかもしれない。

 去年、お互いに病弱だった僕と君が奇跡的に元気だった頃を思い出した。君とはもう会うこともできないんだと思うと、つらくなった。君も僕と似たようにベッドの上で戦っているらしいから、最後にLINEで『今まで、ありがとう』とだけ、伝えたかったな。

 花火の日、君はこう言っていた。
 『ずっと一緒に生きていたいな。もし、私が先にいなくなっても忘れないでね』

 先にいなくなるのは僕のほうかもね。
 僕は君との世界をもっとしっかり作って、楽しみたかったよ。
 僕はずっと、君のことを思い続けるよ。

 そう思い、去年の夏、君と一緒に見た花火のことや、君の顔を思い出しているうちに、君との初恋が儚く消えていくように、瞼が自然に落ち、意識がふわりと飛んだ。





47. 夏色の君に願いを込めて


 全ての恋はシステマティックなのかもしれない。
 だって、恋なんて、結局はどうやって、お互いに惹かれて、お互いのことを理解して、そして、そのまま二人で過ごすのか、それとも、お別れしましょうって、なるのか。
 その程度のことだ。
 その中で、思い出というたくさんの重石をエメラルドとか、サファイアとか、ダイヤモンドとか、そういうメジャーな宝石を紐でくくりつけて、それを心の奥にあるハートにぶら下げる。
 別れたら、その宝石は意識的に切り落としていく。
 バツっ。バツっ。ってハサミで紐を切っていくことで、その人の思い出を忘れていくんだと思う。

 だけど、中には切りたくても無意識が邪魔をして切れない思い出があり、それはきっと、その恋が終わって、何十年経っても、一定の重さを心に与えたまま、自分が死ぬまで一定の質量を与え続けるのかもしれない。

 それを思い出すたびに、つらいのか、それとも青かった切なくて、甘酸っぱい、いい思い出になるのかは人それぞれだと思うけど、多かれ少なかれ、失恋を経験した人は、心にブラ下がったままのカラフルで時折、差し込む光を重厚感ある反射をする、エメラルドとか、サファイアとか、ダイヤモンドとか、そういうのを、カフェで一人、ぼんやりとコーヒーを飲んでいるときに、ふと、思い出すのかもしれない。

 つまり、私が言いたいことは、恋は全てシステマティックになっていて、大きな恋も、小さな恋も、すべて、その人の人生に影響を与え続けるということだ。
 さらに、私が言いたいのは、それは人類が無自覚だけど、意識しているという点、人類すべてに共通しているという点で、システマティックさを感じる。
 だから、私はこの現象のことをこう言おうと思う。
 システマティックロマンス、と。




48. 溺れた夏、眠り姫を探しにいく。




 涙はすでに枯れてしまうくらい、泣いてしまった――。
 iPhoneに表示されている日付は確実に進んでいく。

 無菌室みたいに私の部屋はしっかりとクーラーで冷たく管理されていて、窓からは午後になってもまだ強い、日差しが部屋を照らしている。
 最高の夏休みになるはずだったのに、10日すぎた夏休みは、すでに灰色の影を落としているように感じた。

 私はこう思う。
 海なんて大嫌いだ。

 ベッドから起き上がり、キャミソールと、パンツだけの下着姿の身体に半袖の黒いワンピースに袖を通し、私は雑に外に出る支度をした。




49. 君とのファンタジアは幻だった。



 どうしようもないことばかりが、頭の中を巡るときは、夜空をぼんやりと眺めていればいいよ。
 なんてロマンティックなことを言ってくれる人なんて、私にはいない。
 というか、そんなことを言われる日本人女性なんて、何万人いるんだろう――。

 だから、私はこうして、頭の中を空にしたいときは、カーテンを開けて、部屋の電気を消して、窓越しに夜の街を眺めることにしている。私が住んでいるマンションは山の中腹のほうにあり、リビングの窓をからは、青白く光る街並みが見える。
 内見のときにこの景色が見える割に、不便だからという理由で、他の物件よりも比較的、安くこの部屋を借りることができた。
 確かに、街まで遠いし、近くのバス停に止まるバスは一時間に一本しかない。だけど、海に右に緩くカーブしている半島や、その目下に広がる街の灯りが綺麗で、昼も夜もぼんやりしたいときに景色を眺められるのは最高だなって思い、ほとんど、一目惚れみたいな状態でこの部屋を借りて正解だった。
 思い切って、東京を出て、北の田舎に来てよかったと、この景色を眺めるたびに、心の底から、そう思った。

 だから、小さなダイニングテーブルと二脚の椅子は窓越しに置いてある。山の上にあり、かつ住んでいるのが、7階だから、外からの目も気にならない。朝はぼんやり、景色を眺めて、トーストを食べ、コーヒーを飲んだあと、Mac Book Proを、ダイニングテーブルの上で広げて、仕事を始める。
 そんなわりと、世間的に見て、どう考えてもストレスなんて少ない環境に身を置いていても、底となく、寂しさを感じ、時折、すべてを投げ出したくなる。

 順風満帆な26歳。
 だけど、寂しさに意識を思わず持っていかれてしまうのは、すべて君の所為だよ――。





50. 永遠のセレナーデを君に送る。



 梅雨の湿気。
 うねる前髪。
 鏡の中で前髪が気に入る方へ落ち着かない――。
 琴音(ことね)は神の見えざる手みたいに梅雨前線を巨大な片手で握りつぶしたくなった。

 今の肌色と合っているのかわからないファンデーションを顔全体に塗り、荒れた肌を隠す。
 ピンクのチークを頬に塗り、茶色のペンシルで眉毛を作り、アイラインを描き、ビューラーでまつげを上げ、最後に淡いピンクの口紅をつけ完成。

 杏奈(あんな)が結婚してから2年が経つ。一方、琴音は真面目で独身の書店員だ。いつもより、3分ほど出勤をする準備が早く終わった。
 窓の外は雨が降っている。
 琴音は手持ち無沙汰だったから、卓上カレンダーを手に取った。
 今日、6月10日は親友の杏奈の結婚記念日で、2年経ったことをほんの少しだけ考える。6月10日にはぐるりと赤丸。

 何故、世間はどんどん丸くなるのか。
 深い感傷をファッションにすることは今や古臭く、パステル色したポップが至る所に氾濫する。毎日が感動の安売り。
 感動が世間を騒がせ、感動に民衆は煽られ、そりゃあ、涙、涙の有頂天。
 かわいいという言葉を安売りし、言葉は数列の暗号から液晶内で何も匂いがしない平べったい電子文字になり、言葉はインク臭い手紙より簡単に届くようになり、人々は普段の会話で主語を語らずとも意思疎通ができるようになったと。

 あっという間に3分が経ち、卓上カレンダーを置いた。置いたときにテーブルにカレンダーを叩きつける恰好となり、大きな音が部屋に響いた。





51. あの春、君とすれ違う世界線を選びたかった。



 君との青い時間を思い出すと切なくて。
 胸がはち切れそうだったあのときからは
 記憶の端まで遠ざかっている。
 温かいカフェラテを飲んで一息、
 空想はカフェの天井へ昇る。
 タイムスリップはできなくて、
 言葉につまり、思いをかき消した。
 自然に弾む会話が楽しかったね。
 チーズケーキを型に流し込むように
 溶けた思いを混ぜて整えたいな。
 iPhoneで君とのトーク履歴を開くと
 あの時で時が止まっていた。
 君の優しさをふと思い出して息を吐いた。
 幻だった君は今、何しているかな。






52. 君の嘘に騙されたい。



 ソーダ水で満たした水槽に熱した鉄球を落とすように、私は君に恋をした。
 
 鉄球が水槽の底に沈み、周りは激しく気泡を上げ、水槽の底は熱で日々が入り始める。
 それくらい、私は君に恋い焦がれているし、その気持ちを表現したい。

 だけど、私はコミュ障でそんなこともできない――。






53. 眠った君を目覚めさせたかった。


 轟音が鳴り響いている。
 何かが爆発する音と、何かを撃っている音が色々混じったその場から立ち去りたくなる怖さがある。窓の外には、病院を改装した研究施設が何棟も並んでいて、どれも停電していた。
 花乃(かの)はいま何が起きているのかまるでわからない表情をしていた。成長に対して幼さがより不安感を漂わせている表情――。

「悪いけど、早く逃げなくちゃならない。起きれるか?」
 僕は花乃にそう問いかけると、花乃はゆっくり小さく頷いた。
「力、入らない」花乃は元々、華奢だけど、今はものすごく細くて、起き上がることすらできなさそうだった。
 
 僕は花乃の背中に右手を入れて、花乃をそっと起こした。彼女は軽くやつれた紙切れのような軽さだった。花乃はやせ細った両足をベッドから、床につけた。

「――立てない」
「わかった。背中に乗って」
 僕はベッドの床の高さまで屈み、彼女に背を向けた。
 そして、花乃は僕の背中に乗っかった。彼女は亀の甲羅よりも軽く、発泡スチロールの塊よりも重かった。ゆっくり一歩ずつ、花乃を落とさないように慎重に踏み出した。きっと、今の花乃を落としたら、簡単に骨折してしまいそうだ。
 しっかりと、両足で重心を確認したあと、僕は走り始めた。

 ヘルメットに付いている懐中電灯の灯りは心細く、塩素ビニール製のグレーの廊下を照らしていた。歩幅を踏み出すたびに先の明かりは揺れ、僕の息は冷静にどんどん上がっていく。そんな僕に対して花乃は何も言わなかった。というより、僕に捕まるのもやっとの体力そうだから、状況を把握することが困難なのかもしれない。

 そうして僕と花乃は実験棟から脱出した。





54. 君の闇を切り刻みたい。


 これが切り取った世界だよと
 君はハサミでコピー用紙を切り刻んでいる。
 透明で尖った君の感性は青く染まっていて、
 冬至前で暗くなり蛍光灯で白い教室の隅で
 こんな君と過ごしていても
 自然な感じがするのはなぜだろう。
 つまらない毎日なのはお互い様だね。
 だから、今だけは君の愚痴に付き合うよ。
 君に甘い言葉は通用しないのはわかっているから、
 溶けたバターのように想いを強く焦がそう。
 君が大嫌いな言葉は
 指示と強制なのは知っているよ。
 だから、今だけは自由をそっと静かに感じようよ。
 そんな君を無償で全肯定したい。





55. 壊れる君と思い出が作りたかった。




 今、こうして、自分の部屋の中で、ひとりぼっちでインスタに書き込んでいるけど、きっと誰にも読まれることなんてない。
 
 だから、このアカウントは私の気持ちを整理するノートでしかないから、思ったこと、今の考えをそのまま書くだけにする。机に置いたままのマグカップに入っているインスタントココアはまだ湯気だ出ていて、私は、まだその甘さを口に含むことができていなかった。

 私は18歳になったばかりの2月の初めにすべての意識をおいてきた気がする。

 例えば、人は人生の中でどれだけ喪失を経験するんだろう。

 例えば、人は人生の中でどのくらい微笑まれるのだろう。

 数えることができない、すべての出来事に嫌気がさしたら、私はどうやって生きていけばいいのだろうか。私はわからないし、気持ちを整理するために誰にもフォローされていない鍵垢に書きなぐる気でいる。






56. 君が記憶を取り戻したら、 きっと一緒にはいられない。



 君との思い出は常に消えていくことになる。だけど、君の恋は続けたいし、思い出もたくさん作りたい――。

 目の前に広がる海をぼんやりと眺めている。9月の海は穏やかだ。僕は今、昨日、ここで君に言われたことを思い出している。

 別に事実を簡単に伝えられただけだ。どんな人もきれいな思い出も、切なく感じた気持ちも、いつかは風化し、波にさわられるようにゆっくり忘れる。

 だけど、君の思い出は簡単に消えていく。

 君は昨日、僕と一緒に眺めた、この景色すら忘れてしまうのだろうか――。







57. 私の決意が弱いから、君は必死で支えてくれようとする。


 メタバースの世界は無限だ。

 私はこのメタバース、LILIS(リリス)の中ではちょっとした有名人だ。

 これは私がLILISに本気に向き合うまでの話だ。







58. 君が予想外なこと言うから、キュンとした。~夏が終わる日~



 夏が終わる瞬間は8月31日の23時59分だと思う。

 花火大会が終わるように夏は盛大に終わり、余韻を残す。そういった意味で、夏は私にとっていつも余韻を感じられるし、その瞬間が8月31日の23時59分だと思っている。

 この夏も、私は誰かと花火大会に行くことで寂しさを埋めることはできなかった。




59. 君とガラス越しで手をあわせたい。



「ねえ、ガラス越しで手を合わせるのってどんな気分なんだろう」

 彼女は静かにそう言った。僕はそんなことを急に言われて、ドキッとした。
 僕の横で歩いている彼女は夏服のセーラー服なのになぜか、上手く着こなして清楚に感じる。
 ショートで色素の薄い髪がとても似合っていた。白いセーラーの半袖から、細くて折れそうな腕が出ていて、涼しげな印象を受ける。

 6月の初めなのに、今日はものすごく暑かった。
 日が沈みかけている今でも熱は残っていて、夏がもう、やってきたんだって、うんざりする気持ちと、少しだけ楽しみな思いが入り混じって、複雑な気持ちになる。




60. 君の知らない、記憶の彼方に私がいる。



 初恋なんて、全ては泡になって消えていくし、初恋のままその人との恋が叶った人は幸福なのだろう。だけど、そんなレアケースを除けばすべて夢みたいに儚いものだから、みんな初恋にロマンを感じるし、思い出補正をかけまくる。

 歌志内うたしないは僕が物心がついた時には、なにもなくなっていた。山と山の合間を縫って、細長く作られた街は、夢のあとみたいだ。

廃墟同然の集合住宅。
空き店舗のまま朽ちていく商店。
錆びたホーロー看板。
ひび割れたコンクリート。
錆びたままの道路標識――。

 街の建物のほとんどは、色あせた赤か青の屋根をつけている。

 すべてが、ある日から時が止まった、北海道の炭鉱都市だった街だ。
 
 炭鉱が栄えていたときは、4万6千人もの人達が、この細長い谷に住んでいた。だけど、ウィキペディアの統計データを見ると僕が生まれたときにはすでに1万人を切っていた。

 そして、僕が29歳になるまでに3千人になった。住む人は10分の1以下になったけど、街の広さは4万6千人が住んでたときのままだ。

 いつからか、歌志内「市」は「日本で一番小さい市」と言われるようになった。炭鉱が栄え、人口が多くなり「市」になった直後、エネルギー革命が起きた。安価な石油や、破格な輸入炭に押され、国内で生産された石炭の需要はあっという間に無くなった。一気に炭鉱が消えて、石炭を運ぶ鉄道は消え、そして、人が消えた。

 残されたのは廃坑と灰色の炭鉱住宅、シャッターがしまった古い商店だった。アスファルトは至るところがひび割れ、ひびの間から雑草が生い茂っている。山の中腹に作った炭鉱住宅街は消え、自然にかえっている。

 僕が生まれた街は目覚めるとゆっくりと忘れてしまう夢見たいに消えようとしている。




61. 48時間後に君は死ぬ



「ねえ、私のこと好き?」私はシドに聞いた。
「そんなの当たり前でしょ」シドはそう答えた。
 7月末の公園はまだ夕方6時を過ぎても明るく、蒸し暑かった。溶けるようなオレンジが不可思議に街を包み、公園もそれに吸い込まれそうなくらい眩しかった。私とシドはベンチに座り、機械的にあふれている噴水を眺めていた。




62. 君の告白を破り捨てたい。



 制服姿で冷えたビルの階段で
 交わした約束は
 今はもう無効なんだろうね。

 毎日働いて、
 色んな人と話しているのに
 ひとりぼっちなのはなんでだろう。

 ローソンの牛乳瓶が白く濁る夜、
 あの日、あの灰色の階段に座っている
 君のことを思い出した。

 揺れちゃった迷いは
 もう永遠に戻らない。