牧野は座り直し次なる獲物(ターゲット)、ウィンナーをフォークで突き刺す。いわゆるタコさんウインナーだろうが、僕には焦げ付いた地球外生命体に映る。

「冗談とは仲の良い人同士で交わされる、または笑わせたい時に言うもの。私と桐山君の間で成立しなくない?」

 つまり僕は友人じゃないとの主張を展開。

「やめろ、正論は傷付く。それに怖い」
「ヒトコワ書きたいって言ってなかった? ゴシップだろうと発行部数を稼いで後輩に活動資金を作りたいって。あれも嘘?」
「それは嘘じゃない!」

 今度は僕が質問される番らしい。

「私が実の兄に恋をしているのを面白おかしく書いて」
「そんな真似して牧野にメリットある? 優等生の破滅願望に付き合うほど、僕も暇じゃないし」

 頭脳明晰、容姿端麗、品行方正。牧野は学園カーストの頂点に君臨する。理由はさておき、二人で昼休みを過ごしたと周囲に知れれば羨む生徒は数え切れない。

「……破滅、願望」

 食事の手を止め、僕の放った言葉を咀嚼している隙にマイクを取り返す。

「ひょっとしてガセネタを掴ませ、僕が学園中で軽蔑される所を見たいとか?」

 あえて茶化すも、牧野は首を振りサラサラのストレートヘアで払い除ける。

「桐山君に制裁を与えたいならこんな回りくどい事しなくても、屋上への侵入や鳩の餌やりを先生に報告すればいいだけ。
 私がピカソの父親、ホセ・ルイス・イ・ブラスコについてあぁいう答えを出したのは」

 いったん言葉が切られる。

「破滅願望って言ったよね?」
「あぁ、言ったな」
「その通りかも。今週の土曜日、お兄ちゃんが彼女を家へ連れてくるの」

 語りつつ、残さず食べた弁当のフタを閉めていく。バチンッバチンッ、音を鳴らせて。

「まさか、記事をお兄さんの恋人に読ませたい?」
「読ませるのはお兄ちゃん本人だよ」

 牧野麻美という形からこんな低く這う声が出るとは……
 そのまま彼女は続ける。

「ワードセンスは良いのに桐山君の文章は臆病。呪いって言葉に惹かれるわり、当たり障りのない表現ばかり使う」
「なっ、なんだよ、それーーあぁ、分かった、牧野も僕の親父をからかうんだな?」

 食い気味に反論したら間が空く。

「桐山君のお父さん?」
「あ、いや、知らないならいい、ごめん」

 すると牧野は机上を拭うついでにメモを渡してきた。一瞬だけ触れた指が冷たい。

「とにかく土曜日、うちにきて。それで見たままを書いて欲しい。書いてくれるなら新聞部の追加予算を掛け合ってあげる」

 マンガなどで度々目にする悪魔との契約シーンが過った。脳内で指切りを交わすまでの動作がコマ割りされ、壁に飾られた絵にも吹き出しがつく。
 学園七不思議のひとつ、絵画男は『分の悪い取り引きはやめておけ』そう忠告していた。