ここのところ妙な噂が流れている。
夜に野球部のスクールバッグを背負った背の高い人と制服姿の銀髪美女が一緒にいる姿が目撃されている。
校内でも1位2位を争うほどのイケメン凪と、美人転校生の瓊子ではないかと噂が広がっている。
凪は昔からあまり自分の話をしない。
したがらないわけじゃなく、訊かれたら答えるというスタンスなのだが付き合いが長いからわかる。
凪が瓊子と付き合うことは考えにくい。
凪はああ見えて恋愛には慎重なタイプだから相手がどんな人か見極めてから付き合うし、いまは野球に専念したいと言っていた。
とはいえ、噂が絶えないのは事実で良くも悪くもどんどんひとり歩きしている。
これが人気者の星として生まれたものの定めなのだろう。
日曜日、ネロの散歩終わりに河川敷で凪の自主練に付き合うことになった。
キャッチボールしながら学園祭の話も兼ねて訊くことにした。

「この前の学祭、誰よりも注目浴びてたぞ」

「恥ずかしいからやめてくれ」

「出海西高、纐纈 凪、金髪、イケメンって検索したら学祭のときの画像がネットに出てくるらしいじゃん」

「もう二度と出ない」

少しむすっとしている姿を見て、いつもの凪よりも少しだけ幼く見えた。

「女子の間では来年ロミオ役が確定してるらしいぞ」

「マジ?」

「マジ」

学園祭前、野球部は秋季大会があったがまさかの初戦敗退だった。
夏の大会を最後に三年生が引退し、新キャプテンとしてチームを任されることになった凪はプレッシャーで思うように身体が動かなかった。
周囲に(おだて)られて舞台に上がることを承諾してしまったために野球と学園祭の両立に苦労したようで、本人はひどく後悔しているという。
野球のことはあえて訊かなかった。
誰よりもわかっているだろうから。

そろそろ本題に入ろう。

「最近噂になってんぞ」

「転校生のことか?」

「夜一緒にいるらしいじゃん」

「いろいろ訊いてくるからそれに答えてるだけだよ」

「この前も昼休み一緒にいたろ?」

「パパラッチみたいでしつこいんだ」

「何を訊かれてるんだ?」

「皓月と同じようなことだよ」

僕がまともに取り合わないから対象を凪に移行したわけか。
それにしても何をそんなに知りたがっている?

「ってか同じクラスだろ?」

転校してきてからまだ1ヶ月も経っていないし一瞬にして人気者になったからまともに話していない。
いまいちどんな子かわかっていないから少し不気味でもある。

「そうなんだけど、一部の人に対して当たりがきついんだ」

なぜか僕と禮央には異常に当たりがきつい気がする。

「また失礼なこと言ったんじゃね?」

僕のことそんな風に思っていたのか?

「皓月って無意識に失礼なこと言うタイプだからな」

「マジ?」

「マジ」

心当たりがあったってことだよな。
付き合いが長ければそれだけ相手を傷つけてしまうこともある。
それでも一緒にいてくれるのはマイナスを凌駕(りょうが)するほどのプラスがあるのだとポジティブに捉えることにした。
でも、親友に言われると傷つき度がえぐい。

「あの子、どこか生き急いでるっていうか、なんか焦ってる感じがするんだよ」

同意見。
この前も放課後に禮央と計画がどうのこうのって話していたし、どこの部活にも入らずひたすら図書館でなにか調べ物をしている。
僕や凪に接触してきている理由と関係があるのだろうか。

「あの歩風ですら話しかけられないほどに人気だから」

「歩風?」

「僕と同じクラスの 歩風だよ。いつも一眼レフカメラぶら下げてる」

「あぁ、あの元気な子か」

歩風は初対面の相手でも忌憚(きたん)なく話しかけられるコミュニケーションお化け。
入学当初、高校に馴染むまでは凪と一緒にいたが、すぐに歩風が話しかけてきたことで女子の友達という存在ができた。
中学のときから僕らに話しかけてくる女子は何人かいたが、それは僕を介して凪と仲良くなろうとする下心丸見えの女子たちばかり。
でも歩風は違った。
シンプルに仲良くなりたいという想いと、友達は多いに越したことはないという考えからだったらしい。
素直でまっすぐな人柄もあって僕らはすぐに仲良くなった。
彼女が肌身離さず持っている一眼レフカメラには強い思い入れがあるようで、中学の修学旅行のとき、
「先生、このカメラは私と一心同体ですが、持っていってもいいですか?」という質問をしていたらしい。
まるでバナナはお菓子に入りますか?と同じ感覚で。

肩があったまってきたころ、土手の方からチャリのベルをチリンチリンと鳴らす音がした。
見上げると、ママチャリに乗った歩風が「デート中悪いね」と言ってからんできた。
カゴの中のエコバッグには大量の野菜が入っている。

「僕たちが付き合っているように見えるか?」

「えっ?違うの?」

本気で驚いた感じで言うな。
純粋なのか天然なのか演技なのかわからないが、彼女はとにかくノリが良い。
クラスであまり好かれていない男子のだるがらみにも笑顔で応えるのは彼女くらい。

「宇佐美さんは何してるんだ?」

凪の問いに、舞台女優のようにオーバーリアクションで応える。

「憐れな美少女の哀しき物語を聞いてくれるのかい?」

美少女であることを否定はしないが、自らの口で言われるとなんとなくイラッとしたのでそこは触れないでおいた。

ベンチに横並びに座って彼女の話に耳を傾ける。
今朝、いつも通りカメラを首にぶら下げようとしたとき、手を滑らせてしまい落とした際に液晶モニターが壊れてしまったそうだ。
それを修理に出そうと思ったが高額で払えるお金がなく、バイトをする時間もないため仕方なく戻ってきて、少し離れたスーパーまで買い物に来ている途中だったそうだ。
道理で今日はカメラを持っていなかったのか。
彼女はイベントを除きいつも帰りが早い。
早くに父親を亡くし母子家庭で育った彼女には小さな弟と妹がいて土日も働く母親の代わりにできるだけ家事を手伝うようにしているそうだ。
だからいまはバイトをする余裕などないのだ。
そんな彼女の唯一の趣味が父の形見の一眼レフカメラ。
このカメラで景色や笑顔を撮ることが彼女の楽しみなのだ。
その大事なカメラが壊れたのに青菜に塩にはならず、笑い話にするあたり彼女の強さを感じる。

僕はあまり異性と話すのが得意じゃない。
中学のときは限られた人以外ほとんど話せなかった。
高校に入ってからは彼女がきっかけで少し話せるようになった。
夏海が良い例で、昱到と付き合う前から話すことができていたのは歩風の存在がすごく大きかったと思う。
家族を除いた女性という生き物と接することはレベル99の敵にレベル1の捨て身状態で挑むようなものだったから、そこにコミュニケーションという武器を与えてくれた存在でもある。
そんな彼女の力になりたいと思った。
おせっかいかもしれないが何かしらの恩返しがしたいと思った。
昱到や夏海にも話してカメラの修理代を工面してあげよう。

話題は転校生の話に戻った。

「歩風は瓊子のことどう思う?」

「まだよくわかんない。あの子人気でいつも誰かに話しかけられてるし、昼休みも放課後も1人でどこかに行っちゃうでしょ?話しかけるタイミングなかなかないんだよね」

転校初日から思っていたが、愛嬌もあるし人当たりも良い。ただどこか壁を感じるというか、当たり障りのない接し方に見えてならない。必要以上に踏み込まないでほしい。そんな雰囲気が醸し出ていて、本当の自分を隠しているような印象だ。
それに僕に対してはどこか素っ気ない。
女性とどう接して良いかわからないからうまく言葉にできないところがあるのは事実だが、それにしても他の人と明らかに態度が違う。

「あの子、新羅くんに少し当たりきつい感じする」

異性でわかってくれる人がいて少し安心した。
歩風ってキャラによらずけっこう人のこと冷静に見ているんだよな。

「この前、放課後に校舎裏で何か話してたでしょ?内容は聞こえなかったけど彼女の表情が少しこわく見えて」

学園祭の前、校舎裏に呼び出されて僕がクローンだと言われたことを思い出したが信じるはずもなく受け流した。
でもその日はなんだか気分が乗らなくてアニメを観られなかった。

転校生してきたばかりの子に僕の17年間を否定されたのだから。

「また何かやらかしたんでしょ?」

またってなんだ。
僕はこの学校でどんな印象を持たれているんだ。

「もしかして⁉︎」

急に大きな声を出さないでくれ。びっくりする。

「どっちが攻めでどっちが受けか知りたかったんじゃない?」

BLの見すぎだ。
僕と凪がそんな関係になったらそれこそ事件だ。
隠す理由もないので、そのときの内容を包み隠さず説明することにした。

「それ、本当なのかな?」

「俺にも同じ質問してきたよ。どこまで知ってるの?ってな」

「えっ?纐纈くんにも?詳しく訊かせて」

なんだこの態度の豹変(ひょうへん)ぶりは。
凪だからってあからさまに目を輝かせるな。

「人型のクローンがいるなんてそんなことありえるのかな?」

あるわけがない。
それがもし本当なら僕はなぜ作られた?
何の目的があって作られた?
たまに頭痛がしたり寝不足になることもあるけれど、それ以外はとくに問題なく生活できている。

「あの転校生、ちょっと苦手だ」

凪がそう思うなんて珍しい。
あまり人と深く関わらない分、好きも嫌いもないようなやつだ。
ただでさえウチの学校はひと学年に100人以上いるようなマンモス校。
一度も話したことない人もいれば顔と名前が一致しない人もいる。

「やばっ、こんな時間。ごめん、ご飯作らなきゃいけないから行くね。お話訊いてくれてありがとう」

そう言うと風のように去っていった。

やはり一度転校生としっかり話をする必要がある。