三月は、所によりオフライン

「陽菜……なんでこんな所にいるんだよ!?」

 自分でも驚くほど甲高い声が、飛び出した。
 心臓がスマホのアラームみたいに鳴り響き、手の平には嫌な汗が滲む。

 振り向いた先に立っていたのは――朝倉陽菜だった。
 風になびく栗色のショートボブに、吸い込まれそうなほど大きな瞳。
 陽菜の身長は女子でも低い方に関わらず、今はなぜか異様に高く見える。
 僕がブランコに座っているせいだけじゃない。

「夕食の買い出し。翔太の姿が見えたから、驚かしてやろうと思ったの」

 陽菜は、右手に持つエコバックを少し上に持ち上げる。
 バッグには長ネギが剣のように突き刺さっており、白菜がひょっこりと顔を出していた。
 服装は、彼女にしてはめずらしいジャージ姿。
 まじまじと見ていると、陽菜はバツが悪そうな表情を浮かべる。
 話題をそらすには、格好のツッコミポイントだ。
 僕はおどけた調子で言う。

「『どんなに寒くても、女子力は絶対死守』って豪語してたのは、どこの誰だっけ?」
「今日はいいーの! 誰かに会う予定なんて、なかったんだから」

 陽菜は教室ではあまり見せない、不機嫌そうな表情を浮かべる。
 よし、いい調子だ。
 このままジャージネタで押し切れば――。

「そ・れ・よ・り!」

 陽菜の声が一段階、鋭くなった。
 僕の練り上げた作戦は、完成しかけのジグソーパズルを放り投げたみたいにあっけなく砕け散る。

「さっき、SNSに変なポストしてたよね? 私、後ろからばっちり見てたんだから」
「さ、さぁ……なんのことやら。僕はただ、知り合いのSNSを見ていただけだけど?」
「とぼけるの下手すぎ。顔、真っ赤じゃん」

 陽菜があきれたようにため息をつくと、僕の隣のブランコに腰かけた。
 僕の背を、大量の冷や汗が落ちていく。
 足元に、水たまりができるんじゃないかと思うほどに。
 
「あれ……裏垢だよね? 私、前から知ってたんだから」
「は!? お前、なんで知ってんだよ!?」

 僕の思考が完全に停止する。
 頭が真っ白になるとは、こういうことを言うのだろう。

 僕がネットに垂れ流していた本音。
 それを、全部見られていたっていうのか?
 頭の中で、過去のポストで発言した内容が、ドラム式洗濯機みたいにぐるぐると駆け巡る。

 落ち着け、翔太。
 君は大学受験を突破した、平均よりちょっと賢い頭脳を持つ少年だ。
 ゆっくりと深呼吸をしろ。
 もう少し冷静になるべきだ。

 こういう事態に備え、裏垢で具体的な個人名を上げたことは一切ない。
 問い詰められても、『これは僕が創作した人について適当に語ったポエム』という感じで、いくらでも言い訳はできる。

 ……わけがない。
 昨日のポストは、橘についてつぶやいたと、見る人が見れば分かる。
 さっきの『卒ハラ』発言だってそうだ。
 グループチャットで盛り上がる一軍たちを揶揄(やゆ)していることは、一目瞭然だ。
 
 僕が頭を抱えていると、陽菜の表情がふっと緩んだ。

「え……?」

 僕が間抜けな声を出すと、陽菜はこらえきれないように笑い出す。
 何が起きているのか、さっぱり分からない。

「ほーら、やっぱり! 翔太、今のは完全に自白だね」
「……は、はめやがったな!」
「あんな見え見えのブラフに、ひっかかる方が悪いって」

 陽菜はしてやったりという顔で、軽くブランコをこいだ。
 彼女の背中が近づいたり、遠ざかったりする。
 その動きに合わせ、僕の心は揺れ動いていた。

 陽菜がこんな巧妙な話術を使うなんて、予想外だった。
 同時に、少しだけ安堵した。
 裏垢の存在がバレたとはいえ、アカウントそのものがバレたわけではなさそうだ。
 過去のポストを見られていないのなら、ダメージは小さい。
 これ以上、墓穴を掘らなければ、どうとでも挽回できる。