「ほんとにこれちゃった」
とぼとぼと廊下を歩いて昨日と同じ扉を横にスライドする。そして教室にはやはり彼が待っていてくれた。
「こんばんは」
「ああ、こんばんは。じゃあ席についてください」
少し目尻を下げて、私を出迎えてくれた彼の指示に素早く従う。
「なんだか今日は機嫌がよさそうですね?そんな篠木さんを見ると私も幸せです」
たまに出てくる発言に私は少し動揺してしまう。言われ慣れていないし、なんだかくすぐったい。
シャツの裾を整えていると、二限目の始まりを告げるチャイムが鳴った。
いつもならすぐ本題に入っているはずなのにチョークで黒板に絵を描き始める彼。私は疑問を浮かべながらも席を立ち彼のもとに近寄る。
「私も描いていいですか?」
「もちろんどうぞ」
無言で絵を描く私達。チョークの削れる音だけが教室に響いていた。
そして唐突に、学生の頃を思い出す。
「私の愛する人は喋れなかったんです」
「……急にどうしたんですか?」
急な語りを始めても、彼は私を見ることなく絵を描き続けている。それでも私は自分勝手にお構いなく話し続けた。
「だからこうやって何かに書いて思っていることを伝え合っていたんです、まあその時は絵じゃなかったんだけど」
「それは大変だったな」
「いえ、何も大変なことはなくてあの時はすごく楽しかったの。なにかで彼と通じ合うことができる、それがただただ楽しくて。まだ彼が亡くなったあとも仏壇に置いてるメモに一言書いてるの」
少しの間を埋めるかのように話題をすり替える。
「そうだ!それと今日あなた、じゃなくて先生のおかげで上司とおさらばできた…」
様子を伺うと彼はなんだか浮かない顔つきでぼんやりと教室の隅を見つめていて、私は焦燥感に包まれた。
とぼとぼと廊下を歩いて昨日と同じ扉を横にスライドする。そして教室にはやはり彼が待っていてくれた。
「こんばんは」
「ああ、こんばんは。じゃあ席についてください」
少し目尻を下げて、私を出迎えてくれた彼の指示に素早く従う。
「なんだか今日は機嫌がよさそうですね?そんな篠木さんを見ると私も幸せです」
たまに出てくる発言に私は少し動揺してしまう。言われ慣れていないし、なんだかくすぐったい。
シャツの裾を整えていると、二限目の始まりを告げるチャイムが鳴った。
いつもならすぐ本題に入っているはずなのにチョークで黒板に絵を描き始める彼。私は疑問を浮かべながらも席を立ち彼のもとに近寄る。
「私も描いていいですか?」
「もちろんどうぞ」
無言で絵を描く私達。チョークの削れる音だけが教室に響いていた。
そして唐突に、学生の頃を思い出す。
「私の愛する人は喋れなかったんです」
「……急にどうしたんですか?」
急な語りを始めても、彼は私を見ることなく絵を描き続けている。それでも私は自分勝手にお構いなく話し続けた。
「だからこうやって何かに書いて思っていることを伝え合っていたんです、まあその時は絵じゃなかったんだけど」
「それは大変だったな」
「いえ、何も大変なことはなくてあの時はすごく楽しかったの。なにかで彼と通じ合うことができる、それがただただ楽しくて。まだ彼が亡くなったあとも仏壇に置いてるメモに一言書いてるの」
少しの間を埋めるかのように話題をすり替える。
「そうだ!それと今日あなた、じゃなくて先生のおかげで上司とおさらばできた…」
様子を伺うと彼はなんだか浮かない顔つきでぼんやりと教室の隅を見つめていて、私は焦燥感に包まれた。


