「じゃあせめて、自分を守りなさい」
 間が空いてぶつけてきた返答に困惑している私を面白おかしく思ったらしい、彼は私にいたずらっぽいえみを向けてくる。
「上司に言い返さないなんてもう飽きたでしょ。たまには大きく出たっていいんです、誰も否定する権利はないんだから。あ、でも犯罪は絶対にダメなやつだからな?」
 冗談交じりの明るい声をきっかけに、さっきまでこわばっていた私の体が脱力を覚えていく。それと同時に私の中でさっきの彼の言葉がぐるぐると泳いでいる。
「それができたら私も悩まないんだけどね」
 首をかしげて悩むようなそぶりをする彼が絞って出てきた言葉は、少し衝撃だった。
「やってみて失敗しても、案外何とかなります。ならなかったら無理やりにでもなんとかさせようと努力すればいいよ」
 まず驚いたのは、いつも聞くような綺麗ごとではないこと。もっと言うと、あまりはっきりとしない答えなのになぜか信じたくなる謎の説得力。
 そして彼の返答に同意するかのようにチャイムが一限の終わりを告げた。
「えー、解決には全然なってないとは思いますがこれで終わりたいと思います。篠木さんは大丈夫ですか?」
「まあ……全然納得はいってませんが気は楽になったので大丈夫です」
 先ほどの彼の笑顔をまねてみる。そうすると彼はどこか嬉しそうに「調子がでてきたようでなによりです」と言って姿勢を正した。
「それでは、これで一限目の授業終了します。二限目も待っていますよ」
 篠木(しのき)さん。
 彼の声を反芻して、次にまばたきをした時にはいつも通りの日常。カーテンを貫通して差し込む一筋の光に、私は目を細める。
「目、覚めちゃった」
 彼に挨拶をしてはっきりと残っている夢の余韻に浸りながら、今日も出勤の準備を始める。