「書き終わりました」
「ありがとう。お前の字、美しいよ。すごく綺麗だ」
 急な攻撃をクリティカルで喰らい、私の心臓が過剰反応を起こす。自分を落ち着かせるため胸をなでおろし私は「ありがとうございます」と余裕を演じて対応した。
 黒板の字を見る限り彼の字のほうがどう見ても美しうえに何倍も綺麗だ。止め跳ねのメリハリがあって、だけど少し丸みも残っていて。努力していることが凄く感じられる、彼はそんな字をしている。
「では本題に入ります。一つ目はの悩みは男性からのアプローチが苦手というテーマ、ね……詳しく教えてください」
 真剣なその瞳を長く見つめてしまうともう戻れなくなってしまう、なぜかそう感じた私は無意識に目線を落とした。
「私には愛していた恋人がいたんです、だけど病気で亡くなってしまって。それからは好きな人を探す気も一切ないのにアプローチされることが増えてしまって。私は彼以外なんて想像もできないし嫌なんです」
 こんなこと夢でしか話せない。だからこんな時くらい気を張らなくてもいい、そうやって今この状況を選んだ私を私は許した。
「……なるほどな」
 だけど同情しているような何を考えているかよくわからないその目が、私にはやっぱりすごく痛いし、きっとこれからも慣れることはない。
「アプローチを掛けてきた上司は明らかに彼のことを否定してて、本当に手が出てしまいそうなの……」
「そんな職場、やめちまえばいいじゃん」
 言葉を遮る勢いで口を開いた彼の手の甲には、くっきりと浮き出た血管があらわになっていた。そこで私はやっと勘違いだと気づく。
「そうですね、周りの皆からもそう言われました。でもこれは一つの生きがいなので」
 そう断言する私を、彼は不服そうにチョークをいじりながら横目で見つめてくる。
「それは自分が嫌な思いをしてでも?」
「ええ、もちろん」
 自分でも驚くほどの即答に、彼のおでこには少しのシワが寄った。