「えっと……。バス停のあたりに、コンビニとかあったっけ?」
 それが僕が都木(とき)先輩に追いついたときの、最初の質問だ。

「降りた少し先に、二軒並んでありました」
「ほんと、海原(うなはら)君は。いつもよく見てるよねー」
 都木先輩はそういって、前を向いたまま歩き続ける。

「……じ、じゃぁ。質問していい?」
 先輩は突然、いつもより少しうわずった感じの声になると。
「いま、わたしがなにを考えているか、海原君には見えるかな?」
 ま、また難しい注文を、出してきた。
 ……もし人の気持ちが、背中に文字で見えるのなら。
 こんなときに、どんなに楽なんだろう。
「大きくふたつあるんだけど。見えるかな?」
 いつもなら、僕の目を見て話してくれるのに。
 都木先輩は隣を歩いてはいるけれど、ずっと前のほうに視線を置いたままだ。

 普段あまり見かけない雰囲気を前に。
 答えないとう選択肢は与えてもらえそうになさそうだ。
 すでに皆のいる砂浜からは、離れていて。
 ここに他には、誰もいない。

 ……ん? 誰もいない?

 ふと、思いついた僕は……。

「も、もしかして、長岡(ながおか)(じん)先輩のことですか?」
「えっ?」
「いや、復縁するから、やっぱりバレー部に……」



 ……海原君が、せっかく頑張って答えてくれていたのに。
 ごめんね。途中で思い切り、笑い飛ばしてしまった。

「ご、ごめんねぇ〜。なんか海原君が、いきなり『らしくないこと』いいだしたから……」
「す、すいません……」
「ありがとう、でもおかげですっきりした」
「へっ?」
 ……いったい、どういうことですか?
 もう、わかりやすいくらいそんな顔をしないでよ。
 でもある意味、ストレートに話題を振ってくれたので。
 わたしは海原君に、とっても話しやすくなった。

「長岡君とは本当は、付き合ってなんかいなかったんだよ」
「え?」
 海原君はもちろん、学校では誰も知らないだろうけれど。
 いや、正確には。
 この海辺にいる数人だけは、わかっていたみたいだけれど……。

「……長岡君はね、バレーボールが大好きな子でね」
 だけど中学のとき。怪我をして強豪校には進めなくなった。
 そのつらさを忘れるために、彼は猛勉強して。わたしと同じ『丘の上』に進学した。

陽子(ようこ)とわたしが幼馴染なのは、知ってるよね?」
「はい」
 ……小学校も中学でも。陽子は、いつもわたしを追いかけてきた。
 それどころか、高校まで追いかけてきた。
 どうやら、陽子にはわたしが思う以上に、わたしが必要だったらしい。
 わたしが中学校を卒業したあとの陽子は、そのあとつらくて暗い一年間を過ごしたんだと。
 そんなことを、陽子の母親から高校合格後に聞かされた。
美也(みや)ちゃんと同じ高校に行けるように、頑張ったよ!」
 うれしかったよ。でも、当たり前のことだけど。
 高校でもわたしは、先に卒業する。

 だからわたしは。
 陽子には、同学年の親友が必要だと思った。
「もうひとり、誘わない?」
 同じ部活に入るといい張る陽子に、わたしはそう告げて。
 そうしたら、あの子は月子ちゃんと出会った。


 でね……。
 長岡君はずっと、陽子に片想いをしているの。
 陽子が中学に入ってしばらくしてから、聞かれたことがあるの。
「……なあ美也。新入生の、えっと。お、幼馴染の子いるよな? 何組だ?」
「陽子? 確か三組だけど……なんで?」
「いやぁ、こないだ女子バレーのほうを見学にきててさ……。でもせっかくなら男子のマネージャーとか、興味ないかと思ってさ……」
 長岡君は、結構モテる子だったんだけれど。
 それより陽子に、一目惚れしちゃったんだよね。

「……この怪我じゃ、強豪校は無理だ。だから次は勉強で美也と同じくらい頑張る姿を、見てもらう」
 彼は、わたしの知らないところでたぶん。
 陽子がわたしを追いかけて、『丘の上』を目指すことを知ったんだろうねぇ……。
 だから高校に陽子がきたら、きっと気持ちを告げたかったんだと思う。

 ……だけどそれを、わたしは望まなかった。

「陽子に必要なのはね、親友なんだよ!」
 長岡君には、わたしが陽子と同じ部活を辞めて。代わりに彼女のフリをすると申し出た。
「お願い! バレーに集中できるようにしてあげるから、陽子をそっとしておいてあげて」
「で、でも……」
「それが、それがね。陽子のためなの!」

 わたしは、ひどい女だよ。
 陽子に必要なのは、恋人ではなくて同学年の親友だと勝手に決めたの。

 幼馴染には、親友を作れと突き放して。
 その幼馴染を好きな同級生の邪魔をして、自分が犠牲になるからって悲劇のヒロインぶって。
 ほかの、長岡君を好きな女子たちの恋路も邪魔してきた。


 みんなのやさしさにつけ込んで。
 わたしの世界観で、わたしだけが過ごしやすい高校生活を組み立てた。
 こんな自分勝手なわたしなんかより、あのふたりのほうが。
 もっと、もっと光を浴びるべきなの。

「でも、思うだけでなにもしないから。あっというまに、あのふたりが二年生になってね」
 ……わたしにはあと一年しか残されていないのにって、悩んでいた。


「そうしたら、海原君が現れてくれたんだ」
「別に……。僕は、ただの偶然ですよ?」

 偶然、か……。
 そう。
 海原(うなはら)(すばる)は、それでいい。

 月子(つきこ)ちゃんは、変わった。
 陽子も、強くなった。
 おかげでわたしは……。
 長岡君の邪魔をしない、勇気を持てた。


「海原君が、こんな醜いわたしに、チャンスをくれたんだよ」
「いえ、僕はなにも……」
「違うよ、してなくなんて、ないの!」
 あぁ……。思わず声が、大きくなる。

 もう、途中経過を振り返りたくない。
 もう、わたしも自由になりたい。
 許されるなら、みんなと、楽しみたい。

「……こうして仲間に入る機会をくれたのは、海原君なんだよ」


 ……ごめん。
 目から出る涙が止められなくて、ちょっと前が見えにくくなってきた。
 一息ついてもいい?

 でね。

 これが、海原君へのひとつ目の告白。



 ……気がつくと、わたしたちはバス通りではなく、松林の中を歩いていた。
 波の音が聞こえるのに、周りは緑に囲まれていて海が見えない。
 でも上を見上げれば、青い空が一直線に続いている。

 ありがとう、こんなに素直に気持ちを表せたのはひさしぶり。
 それはきっと、海原君とこの道を歩けたからだと思う。

 ふたりの足音と、波の音だけが。
 それからもしばらくのあいだ続いて。
 ……おかげでなんとか、涙を止められた。


 少し先に、松林の終点が見えてきた。
 たぶんあの角を曲がると、コンビニが見えるんだよね?
 でも、そこまでに。
 わたしはもうのひとつ告白を、伝えられる自信がない……。


「……ふたつめは、もうしばらく都木先輩の心の中、ですね」

 もう、海原君は、とことんやさしいよね。

 無理に聞こうとしないのが、うれしくて

 でも少しだけ、さびしい……。


 そう、もうひとつの告白は、さっきの涙と同じ。
 なんとかわたしの中で、もうしばらく留めておこう……。


 ……松林が、終わる寸前。
 目を閉じて、どうにか心が落ち着きそうだと思えた、そのとき。

「う、海原くん!」
 松林を曲がった向こうから。
 三藤(みふじ)月子(つきこ)が、息を切らしながら現れた。


「あれ、三藤先輩? もしかして『また』迷子になったんですか?」
「ち、違うわよ! 『もう一度』あれを飲みたくて、お願いしたかっただけ!」
「え? 『いつもの』お茶じゃなくていいんですか?」
「だから、『あのときの』がいいから、わざわざ伝えにきたの!」


 そっか……。

 やっぱり、このふたりのあいだには。
 ふたりにしかわからない『符号』が、もうあるんだね……。


 わたしは、これ以上誰の邪魔もしたくはない。
 自分の心にも、蓋をすべきだとわかっている。


 でも。
 でも、せめてこれだけは……。



 わたしは。
 視線の先にいる、月子ちゃんの位置を確認すると。

 わたしと彼女のあいだに立つ、海原君の背中が。
 あの子の姿を、隠してくれるまで。
 そう、あの女の子が見えなくなる場所まで。
 ゆっくり、ゆっくりと移動する。


 ……あのね、海原君。
 目の前にあるその背中にさえ、届かなくてもいいから……。

 心の中でだけは。

 お願いだから、はっきりいわせて。



 もう、恋するだけでは、終われない。


 わたしは。


 ……海原昴が好きに、なりました。