ゴールデンウィーク後半の、連休最終日。
もちろん学校は、休みなのだけれど。
僕はいつものローカル列車に乗っている。
いや、正確には。
いつもの即席ボックス席の通路側に僕がいて。
その横の窓際に、三藤先輩。
それから僕の向かい側には、ご機嫌な赤根玲香と、仏頂面の高嶺由衣が乗っている。
「なんでさぁ! わざわざ制服着て。休みの日にまでこの四人で学校にいくわけ?」
「高嶺さん、正確には八人で駅で集合よ。それに学校にはいかないわ」
「月子ちゃんって、なんでもいい直さないと済まないタイプだよね。ね〜昴くん?」
「ぼ、僕を会話に挟み込まないでいいからさぁ。玲香ちゃ……、じゃなくて玲香先輩」
都木美也と春香陽子の両先輩とは、このあと学校の最寄り駅で合流する。
あと、いつもなら同じ列車にいそうな高尾響子と。
ついでに、藤峰佳織の両顧問は……。
「連休だから買い物いって、そのあとお泊まり会とかさぁ。なんか、女子高生みたいだよねー」
高嶺が栗色の髪の毛を左の人差し指でぐるぐる巻きながら、ブツブツ口にする。
「あなただって、女子高生の端くれじゃないかしら?」
三藤先輩が、真っ当だけどもめそうなツッコミを入れて、一瞬僕はビクッとしたけれど。
アイツはそれには触れず、それどころか。
「わたしはずっと家にいましたけどね!」
「そうね、わたしもずっと家にいたわ」
なんだか妙にふたりで意気投合してしまった。
駅に着くと、春香先輩と都木先輩が既に到着していて。僕たちを見つけて、元気に手を振ってくれる。
あとは、大人の『はず』のふたりを待つだけだ。
そろそろ時間だけどねぇ、と玲香ちゃんが手元のスマホを見ると。
「えっと、昴くんに伝言だって……。で、なにこれ?」
玲香ちゃんが、メッセージの意味がわからないという顔で画面を見せてくる。
「ジェントルマン!」
あぁ、画面越しに、あのふたりの声が聞こえてきそうだ……。
三藤先輩も、都木先輩も、春香先輩も、高嶺も。みんなわかったらしく。
「パン屋ね」
「パン屋だね」
「パン屋かぁ」
「パンだっ!」
そう口にしてから、お店に向かって歩き出す。
「みんな、すごいねぇ」
玲香ちゃんは、僕にそういったあとで。
「やっぱ、仲間はずれは嫌だなぁ……」
そんなことをいったのだけれど、あれ?
「昴君、どうしたの?」
「いや、いま寂しい気持ちにさせたならごめんって、いおうとしたんだけど……」
「けど?」
玲香ちゃんが、僕を試すような顔でじっと見る。
「なんか楽しそうにいった気がしたんだけど、気のせい?」
あぁ……。ハズレていたらさらに傷つけるやつだぞ、これ!
「ふぅ〜ん」
「え?」
「あのさぁ、昴君。ちょっとは女心、わかるときがあるとか?」
「はい?」
ま、まったくわからないけれど……。
「まぁ答え合わせは。きょうじゃなくてまだ先だけどね!」
玲香ちゃんは、ニコリと笑ってから。
でも、もうこの話しはここまでにしてねと伝えてきた。
……パン屋の前では。
藤峰先生と高尾先生が、特大の紙袋を四つも抱えて待っていた。
「あのワンピース、雑誌で見た。あと高尾先生のバッグも……」
「おっ! 高嶺さんさすがだねっ!」
思わず出たわたしの言葉に、高尾先生が満面の笑みを浮かべる。
「先生、きょうは買い物にいくのでは……」
三藤先輩は、相変わらず独自の道を進んで。
「かわいい〜。もしかしてそれ、昨日買ったやつなの、先生?」
都木先輩が、そんなことをいいながら藤峰先生に駆け寄っていく。
「昨日お店で見かけてね、買っちゃった〜」
先生が、まるでファッションショーのモデルみたいに。
……じゃなくて。
無邪気な女子高生みたいに、わたしの前でくるりと一回転する。
なんか、きれいというより。
たまにすっごくかわいいんだよなぁ、この先生。
「海原君。どう、このバッグ?」
「どうって……。確かに新品ですね」
「もう、そんなこといってないで! 素直に褒めないとおもしろくないぞ〜」
新品のバッグを、ためらいもなくアイツの背中にバシッと当てながら。
高尾先生が、楽しそうに笑っている。
なんかこのふたり、やけに仲がいい気がするのは……。
きっとわたしの、気のせいだよね?
……目の前で、海原君と高尾先生がやけに馴染んでいる。
先生の笑顔、かわいいよね……。
えっと。それはともかく!
そもそも、きょうは。
部室の備品をいくつか買い直す必要があるとかで、集合となったはずだ。
でも。
「美也。赤根さんと響子も誘うけどいいよね?」
あのとき藤峰先生が、わざわざわたしに賛同を求めてきたけれど。
なにか深い意味でもあったのだろうか?
「よし、海いくよ!」
「えっ?」
大量のパンを持って、買い物にいくのかと思っていたら。
藤峰先生がまた、突拍子もないことをいってくる。
「やった〜!」
隣で陽子が、無邪気に喜んでいるけれど。
「備品購入はいいんですか?」
そう、月子ちゃんとわたしは、同じことを考えた。
「あら? 都木さんはピクニックとか嫌いなの?」
高尾先生が、わたしに向けて聞いてくるけれど。
きょうは、好きとか嫌いとかじゃなくて……。
「そうだぞ、君たち!」
藤峰先生が、わざとらしく声を出す。
「みんなさぁ〜。見た目が華やかな割にはきっと連休中も部屋の中でこもってばかりでしょ? だからこうして、大人が外に連れ出してあげようという配慮なのよ!」
もう、相変わらずわけがわからない……。
「それに美也はさぁ、写真撮っとこうよ!」
あ……。
そうか、卒業アルバムの写真……。
「……三年だけじゃなくても、いいんじゃない?」
「そうなんですか?」
わたしが、『機器部』に戻って早々。
部活動のアルバム写真をどうするかと、藤峰先生が聞いてきた。
「連休明けまでに提出してくれって、担当の先生に念押しされちゃってね〜」
わたしは、部員ひとりの写真なんて、なくていいと思っていた。
「もしかして、もうバレー部のほうで撮ったの?」
「それはないです」
「じゃ、わたしとツーショットでもいいけど。たぶん卒業したら物足りなくなるわよ」
先生は、得意のウインクをしてから。
「ま、決まったら教えてね! オシャレしてあげるから、できれば前日には教えてね!」
あの話しは、もうそれでなしのまま終わった。
そう、思っていたけれど……。
「だからですか?」
「え?」
海原君、ごめんね。わたしは彼と会話中の藤峰先生に声をかける。
「だから、きょうは……」
「あぁ、制服なのはわたしじゃなくて、月子ちゃんが決めたんだよ」
「えっ?」
「月子ちゃんが、わざわざ『制服で』集合しましょうっていいにきたからさぁ」
「あ、たぶんそれは『たまたま』じゃないかと……」
海原君が、なんだか少し慌てているけれど。
どうやら、写真のことを知っていたからとは違うみたいだね。
「ねぇ、美也さぁ?」
藤峰先生が、わたしのすぐ近くまで、真顔を寄せてきて。
「もう、自由にやんなさい」
「えっ?」
「この子たちと楽しみなよ。美也はその権利をちゃんと、手に入れたんだから」
自分でいって、勝手にうなずいている。
……藤峰佳織は、不思議な先生だ。
ふざけているのかと思ったら、急に真面目になるし。
土足で人の心に踏み込むのかと思ったら。
実は……。
すっごく、あたたかい。
「美也も、変わっていいんだよ。あ、あとそれとね……」
「えっ……!」
もう少し、付け加えなくちゃ。
藤峰先生はなにも気にしていないようで、実は……。
誰よりも、『恋』に詳しいのかもしれない……。
「……よし、いくよっ!」
藤峰先生が、号令をかけて。
それから当然のように、特大のパンの紙袋を全部海原君に預け……ようとしたのだけれど。
……あれ?
「手伝うわ」
「手伝うね」
月子と美也ちゃんが、海原君の手伝いを譲り合ってる?
じゃなくて……。
え?
美也ちゃんが、譲らなかった?
「いいよいいよ、月子ちゃん。きょうはわたしが持つ!」
あれだけ爽やかな笑顔でいわれると。
さすがの月子でも、遠慮するらしい。
「どうかしました、春香先輩?」
「な、なんでもないよ。気のせい気のせい」
由衣ちゃんは、逆を向いていたから気づかなかったみたいだ。
それにしても、月子だけならまだしも。
まさか、ね?
バス乗り場に向かいながら、海原君と、美也ちゃんのうしろ姿が前に並んで。
このときわたしは、少しだけ。
……なんともいえない、複雑な気持ちになってしまった。


