……三藤さんは、強くて、やさしかった。
高嶺さんも同じくらい強くて、やさしくて。そして、悔しがってくれた。
だからわたしは、いま隣に昴君がいてくれるのが……。
正直、ちょっとつらい。
三藤さんが席を離れると、高嶺さんも無言で席を立ち。
ふたり分のカバンを持って、少し離れた前のほうの席に移動した。
昴君が、静かにシートの向きを元に戻す。
そんな三人の動きが、まるでわたしには。
「もしまたあの先輩たちがきても、なんの心配しなくていい」
そういってくれているのだと、よくわかる。
隣に座った昴君は、ひとことだけわたしに伝えたあと、ずっとわたしに肩を貸してくれている。
「一番最初に、立てなくてごめん」
……いいの、決して昴君が立てない人じゃないのは、ずっと前から知っている。
きっと、ほかのふたりもわかっている。
この三人はすでにそこまで、お互いのことを理解していて。
だから一番わたしが傷つかない方法で、わたしを守ってくれた。
ついこの先日の土曜日に出会って、まだたったの二回目なのに。
……どうしてあなたたちは、こんなにもわたしにやさしくしてくれるの?
「昴君、ごめん。わたし、三人の邪魔しちゃったね」
あぁ。
最初に伝える言葉にしては、我ながらイマイチだよね……。
「いいや玲香ちゃん。邪魔したのは、あの人たちだよ」
「えっ?」
「せっかく四人で、楽しく帰れると思ったのに……」
あぁ、わたしは。
昴君がいまも変わらずやさしいことを。
また、知ってしまった……。
……わたしは、顔を見られたくなくてのせた、昴君のブレザーの肩を。
とめられない涙で、ついに濡らし始める。
三藤さん。
お礼もいわず、この場所にいてごめんなさい。
高嶺さん。
わたしのほうが上の学年なのに、ここで甘えてしまってごめんなさい。
せめて声だけは我慢するから。
どうか、どうか許してほしい……。
わたしが、『坂の上』の放送部に入ったのは、
「県でも有名らしいよ」
そんなことを聞いたからという、軽い理由だけだった。
でも入部してすぐ。もう卒業した二つ上の先輩たちに、声がいいと褒められたのがうれしくて。
新しいことを、どんどん吸収した。
予想以上に練習は大変だったけれど、上手になれるならと耐えられた。
「新入りのクセに、生意気だよね」
ひとつ上の人たちのそんな嫌味だって、まぁよくあることだと思った。
「調子乗ってるよね」
あるある、そんなのは気にしなければいいはずだ。
……どこからボタンを掛け間違えたのかは、正直よく覚えていない。
わたしの慕っていた先輩たちが引退し、代替わりが進んだりする中で、もっとギスギスしたことが増えてきて。
きょうのわたしみたいな子がいて、それを助けたつもりが中途半端な正義感だけでかき回して。
結局最後に、周りから浮いてしまったのだと思う。
その結果、二年生になっても。
『わたしには』後輩ができなかった。
「……渉外担当、ですか?」
「そう。とりあえずそんな感じね」
高尾響子先生に顧問が突然変わった理由を、わたしは知らない。
それに響子先生って、放送部としての実績がすごいらしいけれど。
「わたしね、『臨時』顧問なの」
わざわざわたしに『臨時』を強調した意味もまだわからない。
ただ、それ以上に不思議だったのが。
「わたしは、なにをすればいいんですか?」
「とりあえず、待っていて。『いますぐ』は、放送部を辞めないで」
そうやって先生が、一番デリケートな話題に踏み込んできたことだ。
なにもしなくていいけど、辞めないでなんて。いったいどういうこと?
でも、太陽みたいな響子先生にいわれたことがうれしくて。
惰性でここまで、甘えて過ごす毎日を過ごしてきた。
「……そこまでの『ご縁』は、予想外だったわ」
昴君たちに会ったあと、響子先生がそんなことをいっていた。
いまも先生がなにをどこまで考えているのか、正直さっぱりわからないけれど。
「辞めてもいいよ」
多分きょうの出来事を話せば、先生は笑顔で受け入れてくれると思った。
……もう、部活を辞めよう。
教室に居場所はまだあるから、華やかでなくてもいい、隅っこにいればいい。
高校生活なんてあと、実質二年もないから大丈夫。
……あと、明日からはひとりで帰ろう。
土曜日と、きょうのうれしかった時間を手放しても。思い出にくらいはなるのだからそれでいい。
元々会うはずのなかった、この三人から離れるだけだ。
もっとずっと長い時間、わたしはひとりでつまらない時間を過ごしてきた。
だからこの決断は。ただ、元に戻るだけのこと。
ふと、気がつくと。
高嶺さんの降りる駅が次だと、車内にアナウンスが流れている。
せめて最後に、ひとことお礼を伝えないと。
そう思って頭を、昴君の肩から離したそのとき。
わたしの両目を覆うように、彼のものではない手がやさしく、タオルハンカチを当ててくれた。
昴君の声が、聞こえてくる。
「……玲香ちゃん、ごめんだけどもうちょっとだけ、顔をあげて貰っていい?」
わたしは前が見えなくて、いったいなにが起こっているのかわからなくて、そのまま止まっていただけなのに。
「はぁ? なにいってんのアンタ! バカなの?」
「イテッ!」
「ビービー泣いてる女の子に顔をあげろって、なにさまのつもり? ほんっと、無神経っていうか、サイアク!」
なんだか、昴君が怒られてる。
声をかけてもいいのか、ちょっと戸惑っていたら。
「……高嶺さん、いまは海原くんの絶望的な鈍さを責めているときではないわ」
「でも、バカすぎですよコイツ!」
「そのほうがいいじゃない」
「なんでですか?」
「もし海原くんが、赤根さんの気持ちをくんで真面目に慰めていたら。あなた、それはそれで怒るでしょ?」
「あの〜。三藤先輩、わたしにケンカ売ってません?」
「事実を述べているまでよ。だいたい、わたしは平和主義者よ」
ちょ、ちょっと……。いったいなんなの!
わたしは、悲しく泣いてたはずなのに。なんだか笑えてきた。
あなたたち三人とも、おかしいから!
「えっと、じゃあもうすぐわたし降りるんで。で、その前に三藤先輩が念のため伝えておけってすっごくしつこいんで、その姿勢でいいから聞いてください」
「だから、高嶺さん。いちいちわたしの存在を、会話に含まないでもらえないかしら?」
「もう、ふたりとも。いまは喧嘩しないでくださいよ〜」
「だから海原くん、わたしと高嶺さんを一緒にしないで!」
……ダメだ、やっぱりこの三人おもしろすぎる!
「あの! 明日からも、もちろん赤根先輩と一緒に帰りますから。連絡先ブロックしたり、こなかったり、避けようとか、そういうのやめて貰っていいですか?」
えっ……。
「高嶺さん、なんでそうやっていちいち上から目線でものを伝えるの? 伝えかたってものがあるでしょう……」
「きっと三藤先輩のが移ってきたんじゃないですかねー。あ、もうドアがやばい! じゃ『玲香先輩』また明日ー!」
バタバタと通路を走る音がして、大きな音が消えた瞬間。
扉が閉まる音がして列車が再び、動き出す。
「……まったく。人のことバカにするけど、アイツも大概バカですよね」
「まぁ、あれが高嶺さんのいいところなんじゃないかしら。そうそう、よかったら是非『玲香さん』も見てあげて。おもしろいものが見られるわよ」
うながされたわたしは、タオルハンカチをずらして窓の外をみる。
なに、このベタな展開?
今度は迷わず、泣き笑いになった。
……そこには、全力で手を振りながら。
駅のプラットフォームを列車に負けじと並走する、『由衣ちゃん』の姿があった。
「そのハンカチ、高嶺さんのだから自分で返しなさいよ」
わたしにそういうと三藤さんは、チラリと彼の濡れた肩を見て、言葉をつなぐ。
「海原くんの肩は、それじゃないので拭いたほうがいいわ。きっと呪われるわよ」
「でも……」
「なにかしら?」
「そういう三藤先輩は。さっきそのハンカチで、玲香ちゃんの涙を拭いてたじゃないですか……」
「そ、それは……」
「……ってことは、『月子ちゃん』にわたし、『由衣ちゃん』の呪い、かけられたってこと?」
わたしが驚いたようにいったので、安心したのか。
昴君が、楽しそうに笑ってくれている。
その昴君を見た、強くてやさしくて、ちょっと面倒くさそうな女の子は。
「あなたは……」
そこまでいって、わたしをまっすぐに見つめると。
「少しくらい、呪われたほうがいいじゃないかしら……」
そういって、ぎこちなくほほえんだ。
うん、そうかもね。
……ありがとう『月子ちゃん』。
昴君と、わたしが駅で降りると。
『月子ちゃん』が控え目に、動き出した列車から手を振ってくれる。
昴君は、かしこまってお辞儀をして。
わたしは、どこまで上手にできたのかは自信がなかったけれど。
白いタオルハンカチを、握りしめたまま。
できる限りの笑顔で手を振った。
見送った列車が見えなくなると、昴君が家まで送るよと提案してくれたが、キッパリと断った。
だってこれ以上は、あのふたりに『フェア』じゃないから。
「また明日ね!」
さっきまでのわたしは、家でも泣き続けるのだと思ったけれど、
いまはまったく、別の気持ちになった。
わたしには『みんな』がいる。
そして、やりたいことができた。
もしかしたらかなえたい想いも、できたかも知れない。
わたしは、カワリタイ。
みんなと一緒に、カワリタイんだ!


