「いわゆる『機器部』の部長に就任致しました、海原昴です。入学したての若造ですが、『委員会』の議長も含め、拝命した以上何事にも真剣に取り組みます」
ゲッ……。
「さて僕たちの活動方針は、この手元のカードに記されています。個人的な想いや願いが込められたものなので、みなさんに直接お見せすることはできませんが、とても好きな言葉です」
ウソだろ……。
「カードには、『カワリタイ』と記されています。そうです、僕たちの部活はいま現在、若干中途半端な存在です。だから、部員たちとともに僕も『カワリタイ』と願っています」
もう、そろそろ、とめませんか……。
「願うだけでは足りません。だからこれから、僕たちは小さなことをひとつひとつ積み重ねがら、前に進んで行きます。つきましては、この言葉を今年の活動方針として……」
「なにこれ〜。選挙の応援演説じゃないんだからー」
「美也ちゃん? これリアルで、隣で見てたんだよねー」
「うんうん。なかなかよかったよ」
「いやー、顧問としてもなかなか堂々としていてよかったと思うわー」
「名演説、でした」
……。
僕はここが『機器部』なのを、完全に忘れていた。
まさか三藤先輩がこんなものを、録画していたなんて……。
いまはこの世の地獄、いや、いまは部室で。
一台のビデオカメラのモニターを、豪華女性陣が取り囲んでいる。
「き、機械の調整によいかと、会議を録画してみだだけよ。な、なんなら、もう一度見てもいいわ。陽子、キャビネットからテレビ出すの手伝ってもらえるかしら?」
少し耳を赤くしながら、三藤先輩がコメントする。
「い、いやさすがにそこまではいいかなー。ね、由衣ちゃん」
「あたしもー。そこまでファンじゃないんでいらないですー」
「では、わたしが持っておくわ」
「え、ちょっと三藤先輩。私物化するんならわたしが保管しますんで……」
「高嶺さん、あなたさっきいらないといったでしょう?」
「いえ、テレビでみんなで見なくてもいい、っていっただけです!」
「まぁまぁ、とりあえずパソコンに保存しとくから、また観たいときに観ようね」
「え、じゃぁ陽子。データわたしのスマホに送ってくれる?」
あぁ、春香先輩だけじゃなくて、都木先輩まで……。
恥ずかしい、頼むからもう、ヤメテクレ……。
結局きょうは、部活が休みどころか。
藤峰先生まで加わって現在僕は、みんなの晒し者にされている。
「でも、初回は無事に過ごせてほんとによかったよー」
「美也ちゃん、お疲れさま」
「都木先輩の現場での貢献には大変感謝しています。あと高嶺さんと陽子もありがとう」
「そうそう、君たちの美しい関係性に、わたしも顧問として安心しているわー」
……やっぱり、僕ってこの部活にいなくても問題ないんじゃ?
いっそあのまま帰ったほうがよかったんじゃないかと思うほど。
僕は、自分の存在が薄くなっている気がする。
こうしてひとしきり、僕以外が盛り上がってから。
学校から最寄り駅までのスクールバスではいつものように、最後列に四人が並んで座っている。
最近のバスでは、窓側から都木先輩、高嶺、春香先輩、反対側の窓側に三藤先輩の順で、三藤先輩の前の列が僕の居場所となる。
この座席順に落ち着くまでにも一悶着あったが、それはまた別の機会に置いておこう。
ただきょうは、なぜか三藤先輩が春香先輩に窓側を譲る。
高嶺が一瞬驚いた表情を見せ、さり気なく都木先輩の側に数センチ移動する。
もちろん、三藤先輩はそんなことでは動じないし。
春香先輩は、いつものように三藤先輩の意図を計りかねながらも。少し苦笑いしただけで受け流す。
バスの中では。
先ほどの藤峰先生の提案について、各自が想いを巡らせている。
「ねぇねぇ、君たちの『カワリタイ』のために提案があるんだけどね。みんな、土曜日の午後はあいている? よかったら部活動してみない?」
土曜日は基本的に、午前中で授業が終わる。
となると午後は、部活やら塾やら買いものやらデートやら、そのほか色々。
おそらく一般的な高校生は、それなりに予定があるのだろう。
そういう意味で、我らが機器部は。
土曜日の活動予定を決めていなかった。
「春香先輩、いつも土曜日は部活してたんですか?」
質問したのは、高嶺だ。
「うーん、そこまでやることなかったから、やってなかったねぇ。美也ちゃんはどうだったの?」
「わたしひとりなのに、土曜の午後まで学校いないよ〜」
「部活ではおひとりでも、プライベートはおふたりだったのでは?」
「つ、月子ちゃん……。もしかしてまだ根に持ってる?」
「いいえ」
「で、結局デートとかしてたんですか?」
「あのね由衣。そのころはまだ……っていうか、そんなのしてないから!」
「本当ですかぁ〜、ねぇどう思う海原?」
頼む、無理やり僕を会話にひきずりこむのはやめてくれ!
僕は高嶺を不満そうに見るが、アイツは逆にうれしそうにニヤニヤしている。
まったく、なんなんだか……。
「ちょっと!」
バスが信号待ちで停止し、僕が窓の外を何気なく眺めていたそのとき。
隣席に、甘い気配を感じたと同時に。高嶺の鋭い声がする。
「ところで、海原くんは土曜日なにか予定はあるの?」
なんじゃこりゃ!
なんと、三藤先輩が僕の真横に座って、ほほえみながら声をかけている。
そして先輩の肩越しに見えたのは……。般若の面を被ったような、高嶺の顔だ。
「いきなり移動して、なにいってるんですか!」
高嶺が続けざまに吠えるが、三藤先輩は涼しい顔だ。
高嶺から恐る恐る視線をずらすと、やってくれたといわんばかりに苦笑いを浮かべた、春香先輩の顔が見えた。
「きょうの月子ちゃん、やけに積極的よね?」
都木先輩、いまその冷静な分析とか不要なんで。
もめないように、隣の高嶺の首をつかんでおいてくださいよ!
次の信号待ちになった。三藤先輩がイタズラっぽくほほえみながら、口にする。
「まったく。わたし乗りものに弱いから、やっぱり窓際がいいわ。陽子、ごめんなさい」
そいういうと、引き続き噛みつきそうな顔をしている高嶺をさらりと交わし。
三藤先輩は、いつもの指定席に戻って行く。
春香先輩が、まるで勇気ある猛獣使いのように、高嶺の両肩に両手をのせてなだめている。
「月子がそんないたずらができるくらいになったのかー。いやぁ、由衣ちゃんも大目に見てあげてよー」
「海原の、バーカ!」
な、なぜ、僕なんだ……。
ちょっと同情しながら苦笑するのが春香先輩で。
都木先輩はというと、真顔で……。
「今度、わたしもやってみようかしら……」
お願いです、やめてください!
結果、駅に着く頃には。
土曜日の放課後も特に予定のない僕たちは、先生の提案に乗ってみることになった。
「わたしたち、暇なんだねぇ……」
「都木先輩、デートがなくなったのを後悔しているだけでは?」
「まだ絡むんですか? いちいち嫌味ですよねー、三藤先輩は」
「まぁまぁ、せっかくだから土曜日も部活しようってだけだから、ね?」
「そうですよ。頼むから、仲良くやりましょう。……って、また僕のセリフは、お願いモードですか?」
あぁ、どうして僕は部長なのに。
いつもお願いばかりしているのだろう?
あぁ。一致団結って、どうやったら手に入れられるんですか?
そう思うと、僕は土曜日がやってくるのが……。
なんだか、少しだけ不安になってきた。


