数日後。
いつものように、にぎやかなランチタイムを終えると。
「放課後の部活は、お休みにさせてもらえるかしら?」
各々の教室へと戻ろうとする直前、三藤先輩が突然いい出した。
「もしかして先輩、食べ過ぎたりして調子が悪いんですか?」
心配半分、嫌味半分で高嶺由衣が聞く。
「高嶺さん、残念かもしれないけれど、どちらも違うわ」
まぁ、そりゃそうだ。
「そもそもきょうも、高嶺さんがわたしのおかずを誰よりも食べていたはずよ」
そうだ、それも見た! 玉子焼きなんて、ほとんど全部食べたのも見た!
「あと……。余計なお世話かもしれないけれど。せめて摂取したカロリー相当については、きちんと消化したほうがいいんじゃないかしら?」
三藤先輩の嫌味返しに、アイツが反応するより先に。
都木先輩がすかさず、腰のあたりを軽くつまむ。
「ひ、ひゃいっ!」
いったいなんだ、その変な反応は?
「うん、由衣はまだ大丈夫だよ。いやー、食べざかりっていいよねー」
「す、少しは気にしてますけど!」
「由衣、ごめんごめん。で、月子ちゃんは放課後、なにか用事でもできたの?」
都木先輩が楽しそうに笑いながら、質問すると。
「先輩も同じですよ、もちろん海原くんも」
「えっ……」
僕が、なんだか嫌な予感を感じ始めたそのとき……、三藤先輩は。
「ではきょうは『委員会』の日だから部活はお休み、ということでいきましょう」
あっさりと、いい放つ。
「え……。きょうなの?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
都木先輩と僕が、同時に声を出して三藤先輩を見る。
けれど、見られた本人は涼しい顔だ。
「ギリギリに伝えたほうがよいかと、思ったのだけれど?」
ちょ、ちょっとギリギリすぎる気もするんですけど、ね……。
「都木先輩は書記ですので、議事録作成をお願いします。すでに体育系文化系それぞれの部活から毎回補助係を一名ずつ出すよう、順番も決めて通知を出しています」
すでに段取りを色々整えてくれていた三藤先輩に、文句をいうのも失礼だろう。
淡々と進む説明の最後に、先輩は。
「海原くん、きょうの司会進行はよろしくね」
そういって、これで解散だとみんなに告げた。
「ねぇ陽子、助けて〜。復部早々こんな仕打ちされるなんて、月子ちゃんひどいよぉ〜」
大袈裟に声を上げながらヨレヨレと歩く都木先輩の頭を、両手でよしよしと慰める春香先輩。
「都木先輩なら大丈夫ですよー。嫌なことは海原に全部やらせておけばいいじゃないですかー」
高嶺がテキトーなことをいいながらその輪に加わって。
三人が教室へと先に戻っていく。
一方機器室に残ったままの三藤先輩は、熱心になにかの書類を読み返しているようだ。
控え目に開けた窓の隙間から、大きく窓の開いた中央廊下を歩く三人の姿、というより高嶺のひときわ大きな笑い声が聞こえてくる。
念の為確認しておこうと、窓際に移動すると。
僕の視線に気づいたらしく、アイツがこちらに手を振ってくる。
同時に春香先輩が控え目に、都木先輩は元気よく、僕に向かって手を振ってくれているのも見えた。
「三人が、ご機嫌に帰っていますよ」
三藤先輩は特にうしろを振り返ったり、窓際に駆け寄ることもないけれど。
左手でその長い髪の毛を少し耳にかけ直す仕草で、僕の呼びかけには答えてくれた。
「お待たせ。ありがとう」
先輩の作業に一区切りがついて、僕が部室の鍵を閉めていると。
背中の右肩あたりに遠慮がちながらふわりと、小さいながらもやさしい感触がした。
……少し戸惑いの混じったやさしい声が、語りかける。
「お、お願い。ほんの数秒だけ、振り向かないでもらっていいかしら?」
カチ、カチ、カチ。
このときだけは、世界中の時が刻まれなくてもよいではないかと感じた、数秒間。
三藤先輩の指が一本だけ、控え目に僕に触れている。
これはきっと、先輩の人差し指だろう。
なんだか、あたたかい気持ちが、僕の中にじわりと広がる。
……そっとやさしく添えらているだけなのに、その力加減に反して。
僕の心臓へと届くメッセージは強烈だった。
「さぁ海原くん、授業に戻るわよ」
先輩の声の合図で僕は振り向くが、すでに先輩は数歩先へと歩き出していて。
その長い髪の毛が、急な動き出しのためか、風の勢いでほんの少しだけうしろにたなびいている。
それはまるでついこのあいだの、先輩の小指を握ったときのような。そんな余韻だった。
「待ってください、三藤先輩!」
放課後の『委員会』のことなど、すっかり忘れてしまった僕は。
中央廊下を渡った先の、階段までの。
わずか数分の貴重な時間を、先輩と一緒に過ごすべく。声に出して追いかけた。
「……待つなんて、当たり前じゃない」
わたしは思わず、海原昴にいってしまいそうになった。
『委員会』が、心配なわけではない。
海原くんなら、きっと平気。
ただ、わたしは。
皆の前に海原くんを連れ出すことで、この先。
いつか彼を傷つけたりはしないだろうかと、ふと不安になったのだ。
……それから数秒と開けず、彼が隣に並んだそのとき。
わたしは自分の口元がわずかに緩んだのが、自分でもよくわかった。
わたしは、ちゃんと『待って』いる。
だから、いつか。
わたしをきちんと、『見つけて』ください……。


