「ねぇ、いったいどうなってんの?」
高嶺由衣が『機器室』からの帰り道に僕に聞くけれど。
……僕だってよくわからない。
あれから五日間、正確には週末を挟んでもっと長いのだが。
三藤月子も春香陽子も。
僕たちに、入部届を持ってきてはくれなかった。
もちろん、待っているだけでは埒が開かないので。入部を決めた翌日、昼休みに部室にふたりで行ってみたけれど。
「誰もいないね?」
残念ながら、『機器室』には鍵がかかったままだった。
放課後も寄ったが、同じく施錠中で。
翌日は高嶺が二年一組の教室に行って、ふたりは欠席していると聞いてきた。
以降毎日、高嶺が欠席なのを確認してきてくれるのだけれど。
「……理由、誰も知らないらしいよ」
そう、僕たちにはそれ以上のことはわからない。
ならばとふたりの担任で、かつ僕たちの英語の担当でもある藤峰先生にも毎日聞くのだけれど。
「ミステリーよね」
そういっていまのところ、理由のヒントさえ与えてくれない。
……そんな日が続いて、次の休み時間。
「カ、カイハラ……」
なんだよ、また山川か……。
「海原君なのにね、また呼び間違えてる」
近くの女子が、どこかに行っている高嶺の代わりにつぶやいてくれる。
「どうした、山川?」
「ろ、ろうか……」
「は?」
「ビ、ビジョが……」
山川が、アゴをカクカクさせながらいうもんだから。どうせ大したものでもないのだろうと、疑うような目で廊下を見る。
すると、都木美也と目が合って。
なんだ……。ただ、都木先輩が手を振ってるだけじゃないか。
「あのなぁ。ビジョじゃなくて、廊下に美女がいたたけだろ?」
山川は、毎回大袈裟だぞ……。僕は、そう口を開きかけて。
……って、ええっ!
「……ひさしぶりだね、海原君」
「と、都木先輩! し、失礼しました!」
「じゃ、行こっか?」
都木先輩は僕には答えず笑顔でそういうと、颯爽と廊下を歩き出す。
教室の中で、目を白黒させている山川はもちろん。他にもたくさんの視線が、都木先輩の姿に釘付けになっているのがわかる。
「あ、あの……。どこに行くんですか?」
「えっと。第四会議室、かな?」
廊下を進み、中央階段をのぼり、一年生の雰囲気が消えると。
「……ねぇさっき、迷惑だった?」
都木先輩が、ちょっと怖い顔で聞いてくる。
「えっ……」
「なんか、どうでもよさそうな顔で見られたからねー」
「とんでもないです! あれはいつもしょうもないことをいう山川に、廊下を見ろといわれたので……」
「……ので?」
「きっと、どうでもいいことだろうと思って見たら……」
「たら? わたしがいた?」
「あ、だから都木先輩だとは思っていなくて! す、すいません!」
「ふ〜ん」
ダメだ、うまく説明ができていない……。
やけに早足だった都木先輩の歩くスピードが、少しゆっくりになる。
「……はいはい。わかってあげるけどね」
それからいつもの歩幅に戻ると、ふっと息をついてから。
「次からはやめてね、それで許してあげる。だけど……」
このあとのセリフは、声がものすごく小さかったので……。も、もしかしたら、気のせいかもしれないし。
……ほ、本当は違ったら。
先輩に申し訳なさすぎるのだけれど。
「海原君が、わたしに最初に気付けばいいだけなんだよ……」
……僕には、そんなふうに聞こえた。
そうこうしているうちに、第四会議室の前に到着して、都木先輩が扉を軽くノックする。
「す、すいませんでした」
「え?」
「ど、どうぞ……」
あ、危ない危ない。
会議室の扉を開けるのを、忘れそうだった。まずいまずい。
「あ、ありがとう……」
いまの都木先輩の、戸惑いがちな声はなんだったんだろう?
そんなことを考えながら会議室に入ると、扉の先では藤峰先生が、妙に明るい笑顔で僕たちを迎えてくれる。
「……いやぁねぇ。ちょっと職員室ではなんだったからねぇー」
イタズラっぽい笑みを浮かべた藤峰先生は、会議室で開口一番そういうと。
机の上に身を乗り出すようにして、都木先輩に迫りながら言葉を続ける。
「ほんとはね、わたしたちにはもっといい部屋があるんだけど……。勝手に入ったら怒られる、でしょ?」
珍しく、一瞬だけ都木先輩が緊張したような気がして。
でも、すぐに普段の表情に戻る。
カチ、カチ、カチ……。
会議室の秒針の音が、たまたま静かになったこの瞬間に、室内に響く。
その静寂を破ったのは、都木先輩だ。
「で、先生はわたしたちに、いったいどうしろと?」
「ワォ、さすが美也! じゃぁふたりとも、わたしのお願いを聞いてね!」
……都木先輩と中央廊下で別れると、残りの授業をひとつだけ受ける。
きょうから今週いっぱいは短縮授業なので、放課後はたっぷりと時間がある。
大抵の新入生は、この期間に入部の最終決定をしたり、新しい学年やクラスでのとりあえずの友人関係を構築するために街で時間を潰したり、教科書やらなにやらの予習に勤しんだりして。
新しい高校生活のベースを、半ば確立したりするだろうけれど……。
僕はといえば。
下校用の一番最初のスクールバスに乗ると、ギリギリで乗れた列車を乗り継いで。
入学以来最速で、いつも降りる自宅の駅よりも『ひとつ先』に、到着する。
右手に持っているのは、藤峰先生手書きの、三藤先輩の家までの地図だ。
……そう、僕たちは藤峰先生から指令。いや、命令を受けた。
「ふたりには、『家庭訪問』をお願いするわね」
「へ?」
「あぁ、心配しなくていいわよ。お母さんたちには連絡済みだからさ」
「え?」
「でね、本人たちに会ったら明日学校に連れてきてね。じゃ、グッドラック!」
僕と違って、黙って話しを聞いていた都木先輩は。
小さな溜め息をついただけでなにもいわないのに、僕がいえるわけもなく……。
もう何度目かに見る、イタズラっぽい笑顔の藤峰先生に僕は……。
このときもやっぱり。
魂を抜かれた気がした。


